「お疲れ様、ちゃん。夜道気をつけて帰るのよ」
「はい、お妙さんは朝までお仕事なんですよね…頑張ってくださいね!」
第220220曲 裏道帰宅
お先に失礼します、と言ってバイト先であるスナックすまいるの裏口を出る。
私はお妙さんたちみたいに朝までお仕事ということは無く、大抵22時前後には終わらせてもらっているのだ。
裏口から出て、大通りへ向かう。
かつ、かつ、と響く靴音を聞きながらいつもと同じ道のりで万事屋へと歩く。
かつ、かつ、ざり。
「………」
ほんの少しだけ私の足音から外れた、靴底と地面が擦れる音がする。
それもここ最近、ほんの2週間くらい前から。
振り向きたい気持ちを抑えて、心の中でせーの、と唱えてダッと走り出す。
目指すはかぶき町大通り、そして万事屋だ。
行き交う人を避け、大通りを走り一軒の建物の戸をガラッと勢い良く開き中へと駆けこんだ。
ばしん、と少し乱暴に戸を閉めて肩を上下させて息を整える。
「アンタ、ここ最近ずっとそんなんじゃないか。大丈夫かィ?」
「お登勢さん…。はは、だ、大丈夫ですよー」
へにゃりと笑って見せたけれど、駆け込んだ先のお店の店主であるお登勢さんは眉間にしわを寄せたままだった。
「マッタク、水デモ飲ンデ息整エルンダナ!」
「ありがとキャサリン」
ゴンッとカウンター席に置かれたコップから水が数滴飛び散った。
ゆっくりイスに座り出してもらった水で喉を潤す。
「なんか危ないことに巻き込まれてんじゃないだろうね」
「ないですって、ほら、夜のかぶき町はちょっと危ないとこもありますし、早く帰るに超したことないですし」
奥で客の相手をしに行ったキャサリンを見送ってお登勢さんと話をする。
「あんたなら相談する相手がすぐ近くにいるじゃないか」
あんなチャランポランでも一応男なんだし、と付け加える。
「…いえ、ほんとに何でもないと思います。私の思い違いだと思いますから」
大丈夫ですと繰り返しているうちに息は整ってきた。
小さく息を吐いて、お登勢さんとキャサリンにお水ごちそうさまと告げてスナックお登勢から外へ出た。
ひゅう、と冷たい風が頭を冴えさせてくれる。
こうしてお登勢さんにお世話になり、息を整えてなんでもなかったかのように万事屋に帰るのが最近の日課。
ただでさえ居候の身分なのだ、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
「ただいまー」
「おかえりアル、!」
いつものように何事もなかったかのように万事屋の戸を開けると神楽ちゃんが居間の方から走ってきた。
「今日は定春も先に寝ちゃうし、暇で死ぬとこだったネ」
「ごめんね、遅くなって。…あれ?銀さんは?」
「昼間からパチンコ行くって言ってまだ帰ってないアル」
ふああと眠そうなあくびをした神楽ちゃんの頭を撫で、そっか、と零す。
「大丈夫アルか、」
「えっ」
突然の問いかけに思考が止まる。
「なんか不安そうネ。心配すること無いアル、銀ちゃんがいなくても私がを護ってあげるヨ!」
どんっと自分の胸を叩いてニカッと笑う神楽ちゃんに私も笑い返し、ありがとうと言った。
「よし、今日は銀さんも遅いみたいだから先に寝ちゃおう!せっかくだし、一緒に寝る?」
「マジでか!と一緒に寝るの大好きヨ!明日銀ちゃんに自慢してやるネ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる神楽ちゃんに歯磨きしておいでと告げて私も寝る準備にかかった。
大丈夫。なんてことない、ただの私の思い違いだ。
翌日。
知らぬ間に帰っていた銀さんを起こして、朝ご飯がまだだった新八くんと4人でいただきますと手を合わせた。
それからやっぱり依頼の入ってこない万事屋はみんな好き勝手に一日を過ごしていた。
そして時間は過ぎ、今日もスナックすまいるの仕事を終えて裏口を出る。
今日は曇っているせいか月明かりがなく、いつも以上に裏道は暗い。
かつ、かつ、ざりっ。
冷たい風が吹いているというのに私の手は汗ばみ、体がやけに熱い。
ぎゅっと手を握りしめ、裏口を閉めてすぐに大通りへ向かって走り出した。
気のせい気のせい、思い違い思い違い。
そう心の中で唱えていたけれど世界はそんなに優しいものではない。
不意に、待てという声はなくともそういう意味だろうと感じるほどに、鎖骨あたりに人の腕が巻きついてきた。
抱きしめるなんてものじゃない、しがみ付くようにして巻きつけられた腕に一瞬にして悪寒が走る。
「ひっ、ぃやァァァアアアアア!!!」
喉がびりびり痛いほどの叫び声なんて初めて出したかもしれない。
なんとか腕から逃れようと暴れるけれど、男の人なのだろうか、なかなか離すことができない。
「どうして」
ぽつりと首筋あたりに息がかかる。
やだ、いやだ、気持ち悪い。
「どうして一人で帰っちゃうの、ずっと一緒に帰ってたのに」
「やだ、離して!離してッ!!」
会話になっていない、言ってる意味がわからない。私はずっと一人で帰っていたのだ。
どうしてどうしてと繰り返す相手に、離してと繰り返す私。
だめだ、頭がパニックになって何も分からない考えられない、誰か、誰か、お願い。
「オイ。そいつに触んな」
地を這うような低く重い声。
その声が聞こえるとほぼ同時に、ふっと頭上が暗くなったかと思うとドォォンッという轟音と砂埃がたち上る。
思わず目を閉じると、鎖骨辺りに感じていた人の腕の感覚は消えていた。
へたりと地面に座り込んで目を開けると、見なれた着流しの向こうにさっき私にしがみ付いていたのであろう人が倒れていた。
木刀の直撃を受けたのだろう。右肩から肘にかけての着物が赤く変色している。
地面に突き刺さった木刀を軽々と引き抜き、体を起こした男の首筋に付きつける。
「死にたくないなら、二度とここへ近寄るな」
低い声。
今まで一度も聞いた事がないくらい、低い、怒気を孕んだ声。
その声と空気に気圧された男は小さく悲鳴を上げて大通りと反対の方へと走って行った。
「ぎ…」
銀さん、と掠れた声で名前を呼ぶ。
振り返ったその人の目は、月も出ていないのに冷たい赤色に光って見えた。
「」
ただ名前を呼ばれただけなのに、体がさっきとは違う意味で震える。
「ご、めんなさい、ごめんなさいっ」
「…いいから謝るな」
木刀を腰に挿し、片膝をついて私と視線の高さを合わせる。
「……め、ん…ごめんなさ…」
その眼を見るのが怖くて、俯いたままひたすらごめんなさいと単語を紡ぐ。
「だー!もういいっつってんだろ、それ以上謝るんならその口キスして塞ぐぞ!」
「っ!」
銀さんの両手が私の顔を無理やり上向かせる。
包まれた頬は暖かく、そして銀さんの目もさっきみたいな怖い色ではなくなっていた。
「…あ。いや、その、あれだ、今のはその…」
今度は銀さんが顔を背け、ちょっと、その、あの、と煮え切らない言葉を紡いでいる。
やがて首をぶんぶんと左右に振り、そんなことはどうでもいい、と叫ぶように言った。
「…なんでもっと早く言わなかったんだ」
気付いてたんだろ、つけられてるの。
銀さんはそう言葉を続ける。
「だって…確信はなかったし、銀さんに迷惑かけちゃいけないと思って」
私の思い違いなら無駄な時間を過ごさせてしまうことになってしまう。
「バカヤロー、頼みごと引き受けんのが俺の仕事だろうが」
「でもたまに依頼きても断ってるよね」
「………」
ほんの少しの無言は、肯定ととってもいいのだろうか。
「んなもん、の頼みなら全部引き受けてやるよ」
頬に添えた手をするりと落とし、優しく引き寄せ抱きしめられる。
ぽす、と力の抜けた体は銀さんに凭れかかり首筋にふわふわの髪が当たった。
「怖かった」
「え?」
想像していなかった言葉に疑問の声が零れる。
「…怖かった、だろ」
「あ、う、うん…」
びっくりした。銀さんが怖かったのかと思った。
いつの間にか体の震えは止まっており、そっと銀さんの胸元に手を置いて少し距離をとる。
「ったく、今度は…いや、今度なんて無い方がいいけどよ。何かある前に、絶対俺に言えよ」
そう言って小さく私の額を指で弾く。
ぴし、という音と共に少しだけ額に痛みを感じる。
「特別に今日のところはそれで許してやる」
「うん、ごめんなさい」
少し眉を下げて言う銀さんに私はもう一度同じ言葉を返した。
「あーん?まだ謝るってことはそんなに俺にキスされたいのか?」
「あっ、や、いいい今のはノーカウント!テイク2を希望しますっ」
すっかりいつもの調子で笑う銀さんから離れるべく両腕を伸ばして距離をとり、すーはーと深呼吸する。
そうだ、ごめんじゃない。
今言うべき言葉はそれじゃない。
「気付いてくれて、助けに来てくれて、護ってくれて…ありがとう、銀さん」
あとがき
連載ヒロインでストーカーに襲われた所をぶち切れ銀さんに助けられる愛され甘話というリクエストでした。
絢さん、リクエストありがとうございました!
真選組は見えないところでちゃんとストーカー逮捕活動してくれてます。見えないところで。
怒り方もどうしようかなと悩んだ結果、静かに怒る怖い方にしてみました。
リクエストなんて趣味に走るものですよ!そして私もこういうお話好きです(笑)
それでは220220キリ番おめでとうございます、そしてありがとうございました!
2013/03/15
(掲載なさるときはあとがき消してOKですよー!)