何事もなく過ぎて行く日常。
ここ、かぶき町にもそんな日常が溢れていた。
しかしやはりその隙間にあるのは、ほんの一部の人だけが知る事件の陰。
それを解決するのが私たち真選組の仕事なのだ。
「待てコラァァァ!強盗容疑で逮捕してくれる!」
刀を構え、薄暗い路地裏を駆け抜けて強盗犯を追う。
「チッ、女のくせに…」
「…貴様、今、女のくせにって言ったな。絶対、許さん!!!」
「…で。まあ犯人逮捕したのはよしとする。だがな、人ん家の壁を壊すたァどういう了見だ!!」
「申し訳ございません、副長。犯人が私をバカにしたのでつい」
「ついで壁壊してたら大工が足りねーよ」
ぐしゃりと真選組副長である土方さんの右手で煙草の箱が潰された。
「気持ちはわかりやすぜ、。おめーはバカじゃなくてアホですからねィ、訂正もしたくならぁ」
「目玉に消毒液突っ込みますよ沖田隊長」
救急箱から消毒液を取り出して言うと、おお怖い、と棒読みの返事が返ってきた。
「それより怪我、大丈夫?この前の怪我もまだ治ってないのに…」
「大丈夫ですよ山崎さん。いつも手当してくださってありがとうございます」
右肩の後ろ側という、自分では手当しにくい部分に湿布を貼って貰ったのを確認して服を正す。
いつも山崎さんの手当ては的確でスピーディで、ちょっと女として負けたように感じるのは気のせいだと思っておこう。
「はあ…とりあえずお前は器物損害しないようにするか、自分が怪我しないようにするか、どっちかくらいはできるようになれ」
さっき潰した煙草の箱は空だったようで、副長はそれをゴミ箱に放り投げる。
それはゴミ箱の中でつい今し方私が捨てた絆創膏の空き箱に当たり、コン、と小さな音を立てた。
「どちらかですか…難しい選択ですね…」
「えっそこ真剣に悩むとこなの!?自分の体大事にしてください、さん!」
救急箱を片づけながら山崎さんは素早く反応を返してきた。ナイスツッコミ。
「ま、今回は俺も山崎の意見に賛成でさァ」
「え…沖田隊長に心配されるなんて…気持ち悪っ」
思わず口元を抑える。
「誰がを心配したんでィ。こんな消毒液くせーとこで毎回会議すんのうんざりだっつってんでさァ」
「山崎さん、やっぱ消毒液だけここに置いておいてください。今から沖田隊長の目に突っ込むんで」
「えええええ」
私と上司である沖田隊長の視線に挟まれてうろたえる姿を見ると申し訳ない気持ちになる。
山崎さんには今度個人的に何か恩返しをしよう。
さて。沖田隊長も言っていた通り、ここは医務室。
正直、男3人と私という4人もの人間が入るには狭い部屋だ。
「別にここで会議する必要はありませんよ。後で土方さんの部屋に伺いますから」
「ほう。そう言って今まで一回も来た事なかったから俺が直々に出向いてやってんだがなァ?」
「………」
言い返す言葉が思いつかず、とりあえず土方さんから目をそらす。
「ついでに報告書の提出も溜まってるんだが、分かってるだろうな」
「…はい、まあ、そのうち全部まとめて提出します」
何枚溜めてたっけ、と頭の中で机の引き出しに押し込んだ書類の数を思い出す。
「なんでィ。報告書も出してねーのに暴れてたんですかィ」
くすくすと厭な笑い方をする沖田隊長をギッと睨み、言い返す言葉を練っていると私より先に土方さんが口を開いた。
「総悟。お前も出してねーだろ」
「……嫌ですねィ土方さん、この前出したじゃないですか。もう忘れちまったとは…アルツハイマーですか…」
「違ェよ!正真正銘出してねーだろうがよ!!!」
傍にあったチューブの塗り薬を沖田隊長に向かって投げる。
ひょいと軽やかにかわした沖田隊長が小さく舌打ちしたことを私は聞き逃さなかった。
「とにかく、は明日まで外出禁止だ。その間に報告書を全部書いて提出すること」
「なっ、待ってください!私が報告書を書いてる間に事件が起こったらどうするんですか!」
今まで外出禁止令を出されたことは無い。
さすがに驚きを隠せず、身を乗り出して土方さんを問い詰める。
「その時は俺が出る。ザキ、お前はの見張りだ」
「えっ、俺ですか!?」
山崎さんは突然の指名に自分を指差して驚く。
「わ…分かりましたよ、部屋にいますから、山崎さんまで巻き込まないでください」
「あっ、えと、あの!」
私が提案を出すと山崎さんはピシッと手を上げる。
なんだ、と土方さんが問いかけると小さく息を吐いて吸って、私と土方さんを交互に見た。
「えと、別に俺は見張りに不満はないんですけど…その、さんは女性ですし、こういうのは同性の方が…」
「…何も24時間体制で見てろとは言ってねーぞ。勝手に見回り行かないように見てろっつっただけで」
「………」
しばしの沈黙。
そして数秒後、一番最初に反応したのは山崎さんだった。
「う、うわああああ!いいい今の忘れてください、俺の勘違いで、うあああああ!!」
一瞬で赤くそまった顔を隠すように頭を抱えて叫びながら蹲る。
「うわー、引くわー。まさか山崎がそんな…引くわー」
「やめてください沖田隊長ォォォ!!!」
口元を隠して山崎さんから少し離れる沖田隊長。
絶対口元は笑ってるよこの人。
「沖田隊長。山崎さんがかわいそうですから、やめてあげてください」
「かわっ…?!」
「、今のは追い打ちでさァ」
お前も引くわー、とすごく冷めた目で言われてしまった。腹立つなこの人。
しかし追い打ちとはどういうことかと聞こうとしたが、山崎さんは顔を引きつらせて固まっていた。
「お前山崎をどういう目で見てるんでさァ」
「どういう…?いや、怪我の手当ても上手で優しくて…ああ、あれですよね、女子力高そうな」
高そうなイメージと言いたかったのだがその前にバンッと畳から音が鳴り、言葉が遮られた。
何事かと思うと、先ほどまで蹲っていた山崎さんがなんともいえない、泣きそうな顔で私を見下ろしていた。
「お…俺っ、明日絶対厳しくしますからッ!さんが報告書書き終えるまで絶対部屋から出しませんから!!」
「え」
「優しくなんかしませんからね!!」
そう言い捨てて山崎さんは荒々しく戸を開けて医務室を飛び出して行った。
「…え、どうして明日のハードル上がっちゃったんでしょうか」
「男心ってやつでしょうねィ。若干間違った方向に走りやしたけど」
山崎さんが走って行った先をぼーっと見つめて沖田隊長は私を見る。
「ほんとってどうしようもない奴ですねェ…」
「沖田隊長ほどじゃありません」
ぽそりと小さく、独り言のように言ったはずが沖田隊長の地獄耳には届いてしまった。
「あぁ?なんだって?」
「沖田隊長ほど、どうしようもない奴じゃないって言ったんですよ」
聞こえてしまったなら仕方がない。
今度はしっかり聞こえるように言ってやった。
「ハッ、男心もわからねーし女子力皆無なに言われたくありやせんねェ」
「なっ…皆無じゃありません!バカにしないでください消毒液飲ませますよ」
「やれるもんならやってみろィ、返り討ちにしてくれる!」
各々片手に消毒液やら塗り薬やら、包帯やら。
そして始まった、私と沖田隊長の狭い部屋での攻防戦。
「…はぁ…。明日、有給とろうかな…」
切なく小さく呟かれた土方さんの言葉は、私たちの耳には届かなかった。
安静にできない私たち
(「あの、山崎さん、明日」「絶対外に出しませんから」「…まだ何も言ってない……」)
あとがき
怪我の絶えない女隊士さんにみんながハラハラするギャグ夢退オチというリクエストを頂きました!
ハラハラ、してない。
ギャグに重点を置きすぎて着地地点を見失った上、みんなハラハラしてない。
いや、たぶん心の中ではしてるんです。表に出してくれないだけで、みんなハラハラしてます、きっと。
そして彼の男心は…察してあげてください(笑)
224224キリ番おめでとうございました!
2013/04/14
(掲載なさるときはあとがき消してOKですよー!)