授業が終わり、掃除の時間へと移る。

かったるいと言いながら各々担当の場所へと移動を始めていた。

今週のあたしの担当場所は、高杉先生の城もとい保健室だ。

 

「あまり気は乗らんが、行くぞ

「うん、今行くー」

掃除で気が乗ったことなんて無いけどなあと思いながら教室の扉の外に立つ桂くんの元へ歩く。

 

 

「桂くんは鞄持って行かないの?そのまま帰れるのに」

「確かにそうだが…妙な薬品の匂いが鞄につきそうだからやめておいた」

「あっなるほど」

かくいうあたしも鞄は教室に置きっぱなしだ。桂くんの理由とは、少し違うけれど。

 

 

雑談をしながら保健室へ向かい、扉を開ける。

「高杉さーん。掃除しに来ましたよー」

ふわりと保健室特有の薬品の匂いが鼻をくすぐる。

 

「んだ、今週はとヅラか」

「ヅラじゃありません桂です」

「じゃあヅラはそこ、外の手洗い場掃除してこい。は…ちょっと頼みがある」

「ヅラじゃありません桂です」

うるせーよと言いながら高杉さんは、保健室から直接外へ繋がる裏口のような扉から桂くんを蹴り出した。

 

 

「こら高杉、なんのために保健室掃除が2人いると思ってるんだ」

「あ?外と中と両方掃除するためだろ」

「ふっ、それは違うな。教師と生徒の不純異性交遊が無いようにという戒めのためだ」

勝ち誇ったような顔で言う桂くんに、心底めんどくさそうな顔で高杉さんは舌打ちした。

 

「チッ、めんどくせーこと考えやがって」

「考えたの銀八先生ですけどね」

「あの天パ、ハゲにしてやる」

ぼそっと独り言のように呟いただけなのにしっかり聞きとられていた。地獄耳って怖い。

 

 

 

「とりあえずテメーはそっち掃除してろ」

「高杉!に何かしたら許さんからな!」

「こんな人目がある時間帯にするかよ」

「えっちょっと待ってどういう意味ですかそれ」

そのままの意味だろうが、と高杉さんは外へ続く扉を閉めてにやりと笑った。

 

!何かあったらこっちへ逃げるんだぞ!」

扉越しに聞こえてくる桂くんの声に小さく頷いた。

しっかり片手にタワシを握っている桂くんは、ほんとうに真面目な人だと思う。

 

 

 

「…えーと。とりあえず、掃除、しますね」

「何びくびくしてんだコラ」

思わず後ずさると、高杉さんは大きく一歩を踏み出してあたしの手首を掴んだ。

 

「ハッ、一人前に危機感感じてんのか?それとも、期待してんのか?」

ふっと耳に吐息がかかり、ぞくりと体が震える。

「ご、ごめんなさいごめんなさい!あたしまだハゲたくないです!」

「そっちかよ」

 

ため息を吐いて高杉さんはあたしの手を解放して机の方へ歩いて行った。

なんでそんな呆れたような顔してるんですか高杉さん。

 

 

、さっき頼みがあるっつっただろ。これを坂本のバカんとこに届けてきてくれ」

「なんですかこのプリント。それに掃除は…」

「掃除はいい、後でヅラにやらせる」

桂くんがかなりの過剰労働になっている気がする。

 

「あのバカ、数学準備室が物だらけすぎて机にスペースが無いってことで、ここでテストの採点してやがったんだ」

「なぜよりによってここ…」

高杉さんと坂本先生は昔の知り合いらしいし、気が楽ってことなんだろうか。

あまり楽になれるとは思えないけど。

 

 

「失礼なこと考えてねーで早く行ってこい」

「ちょ、高杉さんエスパー!?」

「考えてたのか」

「とんでもないです考えないです行ってきまーす」

クリップで留められた、つい数日前にやった小テストのプリントを抱えて保健室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

さっさと掃除を終わらせて帰っていく生徒たちとすれ違いながら数学準備室へとたどり着いた。

あんまり来た事ないから知らないけれど、そんなにひどい状態なのだろうか。

保健室よりこっちを掃除した方がいいのではないか。

 

そんなことを考えながらコンコンと扉を叩くと、中からがさごそと音が聞こえ、扉が半分ほど開いた。

 

 

「おぉ、どうしたんじゃ!めずらしーのぅ」

半分開いた扉に手をかけて顔を覗かせた坂本先生に、持ってきたプリントを差し出す。

「坂本先生に高杉…先生からお届け物ですー」

「おおお!探しとったテストじゃ、そーかそーか、高杉んとこに忘れちょったんか」

 

ガタガタと何かに引っ掛かっているような、不穏な音を立てながら坂本先生は扉を全開にする。

そしてあたしの持つプリントに手を伸ばしたとき、ガコッという謎の音がした。

 

 

「あ」

「えっ」

ふっとサングラスの奥の坂本先生の目が丸くなったと思った時には、もう遅かった。

倒れてくる先生の身体を受け止める事なんてできず、そのまま後ろへとあたしは先生に押し倒されるような形で倒れた。

 

 

「いったたたた、ちょ、痛い、坂本先生重い!」

「アッハッハ、下駄が挟まったみたいじゃのぅ」

しかしとっさに坂本先生があたしの腰に腕を回してくれたおかげで、見た目はアレだが衝撃はいくらか抑えられたようだ。

 

「バカなんですか!?なんで学校で下駄履いてるんですか」

「スリッパは滑るきー」

「下駄ですっ転んでる人に言われてもなんの威力もありませんよ!」

「つーかさっさと退けやこのもじゃもじゃ野郎ォォォ!!!」

 

あたしでも坂本先生でもない声に驚いたその一瞬で、視界から坂本先生がいなくなった。

 

 

「銀八先生…えっ今思い切り蹴り飛ばしました?坂本先生、ちょ、生きてますかー!?」

上半身を起こしてから辺りを見回し、廊下の端で転がったまま動かない坂本先生に向かって叫ぶ。

「大丈夫だって。あいつあれくらいで死ぬような天パじゃねーから」

「そこ天パ関係ないと思うんですけど」

ダルそうにあたしの傍へしゃがみ込んだ銀八先生に思わずツッコんでしまった。

 

 

「それよりお前の方だよ。大丈夫か?」

「大丈夫じゃないかと思ってたんですけど、案外大丈夫そうで」

「あーそうだよな大丈夫じゃねーよなそうだよな」

人の話聞いてます?と疑問を持ちかける前に、あたしの視線は突然高い位置へと浮き上がった。

 

 

「俺のクラスの生徒が怪我したら大変だからな。保健室行くぞ保健室」

「いやほんとに大丈夫ですって、あ、坂本先生プリント!」

銀八先生に横抱きにされたまま、坂本先生へプリントを差し出す。

 

弱々しくもプリントの端を掴み、空いた方の手でブイサインをしてくれたあたり、坂本先生も大丈夫なんだろう。

…たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラガラ、と足で扉を開けた銀八先生は無言のままあたしを傍にあったイスに下ろした。

「…あの、ここ、あたしの知ってる保健室と違うんですけど」

「第一保健室は掃除中だからな」

先生はそう言いながら入ってきた扉を閉めて、内側からカギをかける。

 

「第一とか初耳なんですけど、あたしの記憶が正しければ数分前までここって国語準備室だったと思うんですけど」

「数秒前に第二保健室になったんだよ」

机に立てかけられていたパイプいすを引っ張り出し、銀八先生はあたしと向かいあうような位置に座った。

 

 

 

「…ええと、あの、怒ってます…?」

目が死んでるのはいつものことだが、今日は眉間に皺が寄っている。

「…わかんねぇ」

 

そっと手を伸ばし、あたしの後頭部を撫でる手はとても優しかった。

「苛立っては、いるけど。に対して苛立ってるわけじゃねーよ」

痛くねえか、と続けて言う先生に小さく頷く。

 

「さっきのは事故ですから、何か…その、問題があったわけじゃないですから」

「事故、ねェ」

それでもまだ不満そうに、眉間に皺を寄せたまま銀八先生は私の言葉を繰り返した。

 

 

 

「なあ。キス、してくれよ」

 

「……は?」

「俺からしたら問題になるけど、お前からなら事故ってことで誤魔化せるだろ」

「いやいやいや。なりませんよ、完全に故意ですよ、身構えてますもん」

やけに真面目な顔をして何を言うかと思ったら、とんでもない爆弾発言が飛び出してきた。

さっきのは不可抗力、予想外、そういう意味で事故で片付けられるが、これはさすがに無茶だ。

 

 

「なんだよ、坂本に押し倒されるのはいいけど俺にはキスできねーのかよ」

「比べどころがだいぶ違うんですけど!される側がする側に変わってるんですけど!」

いくらなんでも、自分から、しかも学校でするなんて無茶だ。

 

たとえ、相手が彼氏と言うポジションの人であろうとも。

 

 

「じゃあ無理。もう今日はこのイライラおさまらねーから。ずっとイライラしてっから」

子供かこの人は。

そう心の中でツッコミを入れ、イスから立ち上がる。

 

「…っ、わかりましたよ!い、一回だけ、ですからね」

「いーぜ、一回で」

にやりと笑う先生にハメられた気がしなくもないが、大きく一度深呼吸して唾を飲み込んだ。

 

「目、閉じててください」

「へいへい」

すっと銀八先生は大人しく目を閉じる。

眠っているかのようなその顔を見つめ、もう一度深呼吸して落ちてきた髪を耳にかけた。

 

 

「……」

 

どうしよう、やっぱり無理かもしれない。

生徒はほとんど帰っているとはいえ、ここはまだ学校。

痛いほどに高鳴る心臓を抑えるようにぎゅっと手を握りしめ、もう一度深呼吸する。

 

 

「……」

ゆっくり顔を近づけ、目を閉じる。

 

一瞬。

ほんの一瞬で離れればいい、それだけでいいんだ。

頑張れ、自分。

 

 

 

「…ん、っ!?」

想定していた場所に柔らかいものが当たっているのは構わない。

ただ、驚いてしまったのは、それがなぜか自分の見計らったタイミングで訪れなかったからだ。

 

 

およそ一瞬とは言い難い時間で離れた銀八先生の唇と、ゆっくり開けられた目に釘付けになる。

 

「ばーか、遅ェんだよ。どこで焦らしプレイなんざ覚えてきやがったんだ」

驚きと恥ずかしさとで力が抜けたあたしは、すとんと銀八先生の足を跨ぐようにして座ってしまった。

 

 

「な、ななななな」

「なんだよ、すっげー緊張してたみたいだからしてやったのに」

けろりと笑いながらそう言って、銀八先生は自分の唇を舐める。

それがやたら扇情的で艶めかしくて、直視できなくなったあたしは先生の首に顔を埋めた。

 

 

「すっげーどきどきしてんな、の心臓」

「…誰のせいだと思ってるんですか…」

ぽんぽんと背中を叩いて撫でてくる手の感触は心地よいけれど、なかなか心臓は落ち着いてくれない。

 

「せっかくにキスして貰えるチャンスだと思ったんだけどな。結局俺からしちまったじゃねーか」

「事故なんて言い訳、できませんからね」

苦し紛れにそう言ってやると、ああそーか、という気の無い返事が返ってきた。

 

 

「ま、訴えられたところで口で負ける気はねーから」

その声音からして、きっとニヤリと笑っているのであろう先生に少し悔しくなりながらあたしはそっと目を閉じる。

 

 

とりあえずは、この心臓と赤くなっている顔を落ち着かせなければ。

 

そう思いながら先生の首に腕を回して、少しだけ力をいれた。

 

 

 

 

故意と遇いに揺らめいて

 






(…あのさ、。お前は落ち着いてきたかもしれねーけど今度は俺がやべーわ。もっかいキスしていい?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

3Z逆ハーでギャグ甘、銀八先生オチというリクエストを頂きました!

キスありで、というご指定を頂きましたので頑張ってみました。ヒロインが。

誰で逆ハーにしようかなあと考えた結果、今回は先生組…ではなく、攘夷組で逆ハーにしてみました。

保健室でありホテルであり私室という相変わらず便利な国語準備室です。

甘くなるように頑張ってみましたが、いかがでしたでしょうか。楽しんでいただけたら幸いです。

240000キリ番、誠におめでとうございました!

2013/09/29

(掲載なさるときはあとがき消してOKですよー!)