春雨第七師団に引き抜かれ、もとい、拉致されてもう随分経つ。

ここでの生活もそれなりに慣れて、天人たちとも話ができるようになってきた。

そんなある日、神威団長に書類を届けに行くときにすれ違った天人が呟いた言葉に足を止めてしまった。

 

はいいよなァ、団長に大事にされてっからよぉ」

「…はい?」

聞き逃すことができない言葉だった。

 

 

「え、待ってくださいよ、誰が誰に?」

「おめーだよおめー。は神威団長に大事にされてるよなってこと」

「ああ、確かに」

オオカミのような天人二人にそう言われて、私は持っていた書類を落としそうになった。

 

「どこをどう見たらそう言えるんですか!?」

あっ手が滑った、なんて言いながら壁に刺さる勢いで傘ぶん投げてきたことは記憶に新しい。

「命がいくつあっても足りませんよ…」

「そうかあ?」

そうですよ、と言い返すも私を見下ろす目はどこか優しい。

 

「団長の手が滑って、当たらないなんて珍しいと思うんだけどな」

「そうそう。オレらだったら確実に仕留められてるし、部屋にも入れないよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな話を聞いてしまったせいか、届けに来た書類を片手に私は神威団長の部屋の前で立ち止まっていた。

 

今まで何の気もなくノックして入っていた部屋だが、そんなに入るのは難しいんだろうか。

まあ、他人に干渉されるのは好きじゃなさそうだし部屋も入れたくないのかもしれないけど。

…どうしよう。扉を開けていきなり傘や刃物が飛んできたら。

今まで考えたことがなかった恐怖に扉をノックしようとする手の形から動けない。

とりあえず一度深呼吸をしてみようと思い、息を吸う。

「ねえいい加減入ってきたらどうなの?気が散ってしょうがないんだけど」

「うおああああああ!!!!!」

 

深呼吸は、無駄に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

団長の部屋の中で、机に向かうその背を見ながらそわそわと手を動かす。

「…あの、なんでわかったんですか」

「なにが」

書類に目を通しながら神威団長は振り返らず言う。

「その、扉の前にいるってこと」

「足音と気配。が来たな、って思ったのになかなか入ってこないから」

足音と気配で私だというところまで認識されていたのか。

 

「よかったね、俺の機嫌が悪かったら死んでたよ」

「ひっ」

思わず出てしまった声にぱっと手で口をふさぐ。

そこでようやく振り返った神威団長は私の顔を見て、ふっと笑った。

 

 

「大丈夫だよ。お前のことは殺さないように努力してるから」

「そ、そうですか…ありがとうございます」

努力とは、そういう風にするものだっただろうか。

でも、そこでふとさっきした会話が頭をよぎる。

 

 

――オレらだったら確実に仕留められてる

 

 

「……」

そういうこと、なんだろうか。

神威団長は私を特別にしてくれている、ということなんだろうか。

 

 

 

それを自分で認めてしまうのは、なんだか自意識過剰な気がして躊躇われる。

でも力のない地球人の私がここまで生きていられたのは、なんやかんやで神威団長が助けてくれるからだ。

ってば」

その分神威団長自身に平和を奪われている感じもするのだけど、あれ、わからなくなってきたぞ。

 

「ねえ

「うわっハイ!!」

突如視界に入ってきた、というか俯いていたところを覗きこんできた神威団長に驚いて一歩飛びのいた。

 

 

「何回俺に名前呼ばせれば気が済むの」

「え、そんなに呼んでたんですか?」

同じ空間にいたのに全然聞こえていなかった、というのが顔に出たのか神威団長の笑顔が深くなった。

背中を嫌な汗が伝うくらいの笑顔だ。

 

「呼んだよ、100回くらい」

「どんなマシンガン連呼したんですか!?なんかその、ごめんなさい!」

「嘘に決まってるだろ。5回くらいだよ」

嘘か!いやそうだよね、そりゃ私だって100回呼ばれればさすがに気付くよね。

そもそも100回も名前呼ばれるのはさすがに気持ち悪い。

 

 

 

「どうしたの、今日はいつにも増しておかしいね」

そう言って神威団長は首を傾げる。

「いつにも増してってどういう意味ですか…」

言っておくがおかしいのは貴方の方です、と心の中で言う。口に出すのは恐ろしすぎる。

 

 

「熱でもあるの?」

そう言って神威団長はそっと私の額にすっと手を当てた。

額どころか目まで覆われて、私の視界は真っ暗になる。

 

…神威団長って手、大きいんだな。

 

 

 

「んー、よくわかんないや」

「っわ、わわわ分からないなら熱なんて無いってことですよ!!!」

先ほどのようにひょいと一歩飛びのく。

 

あっぶない!なんだこれ、一瞬ドキッとしてしまった!

おかしいぞ、いつもは今日が私の命日か…っていうドキッなのに、今のは、違う。

 

 

「でも顔赤いよ」

「い、いつもこれくらいですって!私そろそろ部屋に戻りますから!」

きょとんとして私を指差す神威団長から離れるように扉へと近づく。

 

 

「お邪魔しました!!!」

 

ばんっと扉を開けてわき目も振らずに自分の部屋へ向かって足を進める。

走って誰かにぶつかるのは怖いので、競歩のような早歩きで部屋を目指す。

 

 

途中ですれ違った阿伏兎に「顔赤いぞ、風邪か」って聞かれたので「そうだと思う!」と返しておいた。

風邪だ、体調不良なんだ、きっとそうだ。

 

 

 

そうでなくちゃ、こんなに神威団長で頭が一杯になるわけない。

 

 

 

 

意識させないで

 






(「…機嫌、よさそうだなァ神威」「まあね。いいもの見れたし」「(嬢ちゃんがいた後の部屋は平和で助かる…)」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

神威団長で甘々、ふとしたしぐさにきゅん!というリクエストを頂きました!

甘い…のか…?と文字チェックしながら首を捻りましたが、団長にしては甘い方だと思います。

もう1話続きますので、じわじわ甘さを増していこうかと思っております。

ふとした仕草ということで、首傾げたり顔覗き込んでみたりを楽しんで頂けていたら幸いです。

259952のミラーキリ番、おめでとうございました!

2014/09/14

(掲載なさるときはあとがき消してOKですよー!)