無事に一日が終わるとほっとする。
第七師団の戦艦は、私にとってそういうところである。
一心不乱に余計な事を考えないように仕事をしていたせいか、今日はいつもよりはやく終わった。
まだ時計は夜の10時になっていない。
お風呂から出て髪を拭いていると、コンコンと扉がノックされた。
別に取り込み中ではないが、今は出たくない。
いくら服は着ているとはいえ寝巻だし、髪は濡れて風呂上り丸出しの状態である。
居留守にしよう。
答えは3秒とたたずに出た。
しかし3秒きっちりした後、バキィッという音と共に部屋に廊下の明かりが差し込んできた。
「なんだ、いるじゃないか」
「うわあああ扉が!何回修理したと思ってるんですか!」
無理やり鍵をぶち壊して入ってくる人なんて一人しかいない。
蝶番が壊れなかっただけマシだが、また扉を修理するまで鍵がかけられない。
「なんなんですか、神威団長。もう今日は仕事終わりました、閉店です」
「仕事じゃないよ。が風邪って聞いたからさ」
「は?」
風邪なんて引いていない。
首を傾げると、神威団長も同じように首を傾げて視線を合わせてきた。
「誰ですかそんなこと言ったの」
「阿伏兎」
…ああ…そういえば言ったかもしれない。
「えっと、その、もう治ったので大丈夫です」
首の傾きを直して言う。
それにしても風邪の人を訪ねる扉の開け方じゃなかったぞさっきの。
なんだ、と少し残念そうに言う神威団長に、ふと頭に浮かんだ疑問を投げかけてみる。
「あの…もしかして、心配して来てくれたんですか?」
「ううん。笑いに来ただけ」
「この野郎!!」
相手が神威団長じゃなければ今持ってるタオルで首絞めてやるのに!
くっ、期待した私がバカだった!というか何を期待していたんだ私のバカ!
「でもそのままだと明日風邪引くんじゃない?」
「あ」
言われて髪を拭いている途中だったことを思い出した。
「そうですね、ちゃんと乾かすので、神威団長はお帰りに」
「やってあげるよ」
「え?殺ってあげる?」
何を急に物騒なことを言いだしたんだと顔を歪めると、神威団長はにこりと笑って私の手を引く。
そのまま近くのイスに座らせ、後ろへと回り込んだ。
「ちょ、ちょっと神威団長」
「たぶんが思ってるのとは違うよ。扉壊したお詫びに、乾かしてあげるって言ったんだ」
「え、え?」
頭がついていかない。
お詫びなんて言葉を知っていたのか、乾かしてあげるってどういうこと、そう聞きたかったのに言葉が纏まらない。
髪に触れる手とタオルの感覚に意識が持って行かれる。
水気が溜まった毛先をぽんぽんとタオルで拭かれ、時折髪を梳いていく手がくすぐったい。
しん、と静まった部屋にタオルと髪がすれ合う音だけが響いている。
どうしよう、なにか、世間話はないだろうか。
そもそも神威団長と世間話って一体どうやってしたらいいんだろう。全部物騒な話になりそうな気がする。
「伸びたね」
「へっ!?」
話題を探していると、主語も何もない言葉が背中から聞こえてきた。
「髪、ここに来た時より伸びたねって言ったんだよ」
「あ、ああ…そりゃあ、少しは」
伸びますよ、と呟くように言う。
「あ、枝毛」
「ぎゃあああああ!」
思わず立ち上がって髪を押さえながら神威団長と距離をとった。
「うるさいよ」
「ご、ごめんなさい」
手元に残ったタオルを掴んだままにこりと笑う神威団長。
なんてものを発見してくれたんだこの人は。しかも、このタイミングで。
「もう十分ですから、あとは自分でやります」
神威団長に背を向けないように横歩きで移動して、ドライヤーに手を伸ばす。
鏡の前に立って風を起こして残った水分をとばしていく。
「……」
鏡に映る神威団長は私のベッドに座り、足をぱたぱたと動かしている。
その視線はこちらに向けたままだ。
気にするな、気にしたら負けだと心の中で念じながら髪を乾かし、一呼吸してから振り返る。
「あの、いつまでいるんですか」
「朝までの予定だけど」
けろりと言い放った神威団長の言葉に私は目をまるくした。
「なにその顔。添い寝して腕枕してあげようかと思ったけど、逆にしてあげようか」
「逆ってそれ首の上に腕乗せるってことですか殺す気ですか」
よくわかったね、と笑うがこっちは笑っている余裕なんてない。
「ほんとに今日はどうしたんですか。変なものでも食べた…いや、食べなさすぎの空腹でおかしくなったとか」
「わかった直接首絞めてあげるよ」
ちょいちょいと手招きをする神威団長にごめんなさいと叫んだ。
「でもやっぱり今日おかしいですって。神威団長こそ、熱でもあるんじゃないですか」
そっと自分の額に左手を、神威団長の額に右手を当てる。
…私の方が高いくらいだ。そもそも夜兎の体温って地球人と同じなんだろうか。
あれ、なんだっけ。すごくデジャヴ感がする。これって確か昼間に…。
「ってさ」
何かを思い出しかけていると、ぽつりと名前を呼ばれた。
「ばかだよね」
「なんてこと言うんですか」
ぱっと神威団長の額から手を離すと、その手を素早く掴まれ引き倒される。
ぼふ、とベッドに背中が当たり、腰が変な位置に乗ってしまって少し痛い。
ぎしりといつもと違う重みにベッドが鳴いた音に顔を上げると、神威団長が私に覆いかぶさっていた。
「…ちょ、うわ、うわああああ!?」
「もう少しどうにかならないわけ、その悲鳴」
どうにもならない、と返事をしたかったが頭がうまく回らない。
「そうやって何気なく触れてくるくせに、俺が何かすると逃げるのはなんで?」
「…い、命の危機を感じているからかと」
「今も?」
するっと神威団長の肩から三つ編みが前に落ちてくる。
きれいな髪しやがって、なんて思っても意識はすぐ目の前に戻ってきてしまう。
「今も、です、たぶん」
苦しいほどにどくんどくんと脈打つ心臓を押さえるように、両手を握り合わせる。
「そう」
あっさりとした返事と共に神威団長の目が私を捕らえる。
綺麗な色、と純粋にそう思った。
「いいこと教えてあげようか」
にこりと目を細めて笑い、神威団長はそっと私の耳元に顔を寄せる。
息が、近い。
「俺は、のこと手放す気はないよ」
妙に艶っぽい声が身体を突きぬけ、ぞくりと震えた。
瞼の向こう側がすっと明るくなったのを感じて目を開ける。
神威団長は既に立ち上がっており、私も身体をゆっくり起こす。
「今もこれからも、ね」
にこりと笑って最後にこう言い残して部屋を去っていく。
「おやすみ、」
ギギィ、と軋む音を立てて扉が閉まり、部屋が再び暗くなった。
再びぱたりとベッドに倒れ込み、天井を見上げて手の甲を額に当てる。
「…やっぱり、熱、ありますよ神威団長」
意識させてあげようか
(そろそろこの温い感じにも飽きてきたからね。いい加減認めなよ、。)
あとがき
神威団長で甘々、ふとしたしぐさにきゅん!続編のリクエストを頂きました!
前のお話とちょっぴり繋がっています。
ついギャグが出しゃばってしまうのですが、団長の読めない行動にどきどきして頂けたら幸いです。
るるる様、260000キリ番おめでとうございました!
2014/09/26
(掲載なさるときはあとがき消してOKですよー!)