「…?どーしたアルか?」

「う、ううん、何でも、ないよ」

「でも顔色よくないですよ?体調悪いんですか?」

「大丈夫、大丈夫…心配しないで、ね」

 

 

 

 

第13曲 衝動的走行劇

 

 

 

どくんどくんと心臓が脈打つ。

どうしよう、どうしよう。

 

向こうのことを、全て忘れてしまったら。

 

「…ごめ、ん。ちょっと、外…出てくるね」

「本当に大丈夫なんですか…?」

ごめんね、そんな不安そうな顔、させたくないのに。

 

 

「夕飯までには、戻るよ。だから心配しないで、ね!」

すぅ、と息を吸って、笑顔でそう言って万事屋の玄関を開けて、外へ出る。

 

それと同時に、私ははじかれたように走り出した。

行く当てもなく、ただ、ひたすら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ、はあ…っ」

ただひたすら、目的地も無く町を走り抜ける。

 

息が切れて、足がもつれてくる頃には、もう町は遠くなっていた。

はあ、と息を切らして膝に手をついて息を整えていると、前から聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

「何だ、今日は随分と余裕がなさそうだなァ」

 

 

顔を上げると、ククッと喉で笑う高杉さんが目に入る。

その瞬間、私は倒れこむように高杉さんにもたれかかり、その着物を掴んだ。

 

 

?何かあっ…」

「高杉さんッ!!」

高杉さんの言葉を打ち消して、私は叫ぶ。

 

 

「高杉、さんっ…どうしよう、私、わ、たしっ…向こうのこと、忘れちゃう…!!」

 

 

走り続けたせいか、喉からはかすれた声しか出てこない。

高杉さんの着物を掴んだまま、視線は足元に向けて、叫ぶ。

 

「忘れたくないのにっ…思い出そうとしても、思い出せないの…!!」

学校の名前は?いつも一緒にいた友達の名前は?遊びに行った場所は?

全部、思い出すことが、できない。

 

 

「…もしも」

頭の上から、低い声が降ってくる。

 

「もしも、この世界にいる代わりに…お前がいた世界を忘れるのだとしたら、お前はどうしたい?」

その声は、慰めでもなく罵倒でもなく、問いかけ。

 

 

「私は……」

 

いたい。

まだ、ここにいたい。

みんなと一緒に生きていきたい。

 

 

けれど、そのためにもとの世界を忘れるのだとしたら。

 

 

「……どっちも、嫌」

着物を掴む手に力を込めて、言う。

「私は、どっちも嫌です。忘れることも、ここから消えることも」

欲張りだ、なんてことは承知の上。

怒られたって仕方ないと思っていたのに、見上げたときに見えた高杉さんは、笑っていた。

 

 

「悪ィ答えじゃ、ねーな」

 

 

「…え…?」

ぽかん、としていると、高杉さんは私の手をとって、ゆっくりと着物から離す。

 

「あ…ご、ごめんなさい、思いっきり、掴んじゃって…」

皺のよった着物を見て申し訳ない気持ちになる。

 

 

「そんな泣きそうな顔してんじゃねェよ、

フッと小さく鼻で笑うような声を出して、高杉さんは、私の目元に軽く口付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあー…いててて…ただいまーっと…」

額を押さえながら玄関を開けると、どたどたとやかましく走る音が聞こえてきた。

 

「銀ちゃん!に会わなかったアルか!?」

「は?会ってねぇけど…なんだよ、そんな血相変えて」

「夕方くらいに出て行って、まだ帰ってきてないんですよ。もう日も沈むのに…」

2人して泣きそうな顔して…何言ってんだ。

が帰ってこねェって、何の冗談、だよ。

 

 

「…、いなくなっちゃいそうだったアル」

「あ?」

 

 

―――「もし…私が…ここで、銀さんの目の前で、急にいなくなったら、どうする?」

 

 

何を、思い出してんだよ、俺は。

 

「よくわからないけど…辛そうだったネ。私心配ヨ」

神楽はぎゅ、と強く強く手を握り締めて俯いて言う。

 

 

「……お前らはここで待ってろ。夕飯の準備でもしとけ!」

2人の間を通って部屋に入り、普段の着物に着替える。

 

 

「銀さんっ…絶対、さん連れて帰ってきてくださいよ!」

はいはい、と返事をしながら靴を履く。

 

 

「連れて帰らなかったら…命は無いと思うヨロシ

 

「…行ってきます」

 

 

……どうかがなるべく近場にいますように。

そう願いながら、俺はバイクに跨った。

 

 

くそ、前に1人で悩むなって…いなくなったら心配するって言っただろうが、ッ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

出しゃばり高杉さん。思ったより出番ありました。っていうか親のようですね言動が。

ラストはほんのり銀さん語り。これまた娘を心配する父のよう。

2009/03/26