「朝だよー!ほら、銀さん起きて起きて!」

「うー…今日は仕事ねぇんだし、もうちょい寝てても…」

「何言ってるんですか、もう10時ですよ!お昼になっちゃいますよ!」

「そうヨ!銀ちゃんの分のお昼ご飯食べちゃうヨ!」

「あーうるっせーなー!わかったよ、起きればいいんだろ、起きれば!!!」

 

 

 

 

第1曲 トリップ二乗

 

 

 

 

銀さんが顔を洗いに行っている間に、布団をたたむ。

洗面所の方で聞こえる三人の声に、微笑みを浮かべながら、押入れの戸に手をかける。

 

「…っ、あ、あれ?」

開かない。

 

「ぬっ、ぐぐ…なんで開かないんだ…!!」

枕でも挟まってしまったんだろうか。

それとも、もう一組仕舞ってある布団がつっかえているのだろうか。

 

 

「ぬおおおっ、開けェェェ!!!」

 

スパンッと音を立てて、戸が開く。

 

 

「よしっ、開い……」

戸が開いた喜びもつかの間。

目の前には、先に仕舞ってあった一組の布団と枕が、私に、なだれ込んでくるのが、見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どこよ、ここォォォーー!!!??」

いつの間にか閉じていた目をぱちり、と開けると目の前には和風の建物があった。

私、さっきまで万事屋に…いなかったっけ…?

 

っていうか、なんか、前にも、こんなことがあったような…なかったような…。

うーん…デジャヴ…?

 

 

 

うんうんと頭を捻りながら唸っていると、背後から声をかけられた。

 

「ここは松下村塾ですよ」

 

優しい声が、響く。

 

「!!……え、あ……!」

 

振り返ったそこにいたのは、優しい表情で私を見る、男の人。

今、松下村塾って言った…ってことは…。

 

 

「おや…見かけない方ですね。道に迷ったんですか?」

地面に座り込んでいる私と目線を合わせるようにしゃがみこんで、男の人は言う。

「あ、えと、そんな感じ……です」

トリップしてきました、とは流石に言えないよね。

 

 

…っていうか、万事屋にいること自体、トリップなのに、これ何なの。

過去トリップ?ああもう、わけわかんなくなってきた!!

 

 

 

「家は、どこに?」

「…えーと…ここからは、かなり、遠いところに…」

俯いてぼそぼそと答える私を見て、男の人は、ふむ、と少し考える仕草をして言った。

 

 

「ひとまず、塾へいらしてください。そこの建物ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

塾へ向かう途中に、男の人は「吉田松陽、といいます」と教えてくれた。

部屋からトリップした所為で、靴下のみの私の足を心配してくたり、変わった着物ですね、という話をしたり。

そんなことをしている間に、塾の前にたどり着いた。

 

 

 

「わ…結構大きい…」

中から子供の声がする。

「どうぞ、中へ。お茶でも淹れましょうか」

「ええっ、そんな、お、お構いなくっ!」

 

 

 

 

 

…とは言ったものの。

「美味しいですか、さん」

「はい。すっごく美味しいです、えっと、松陽先生」

えらく、寛いでます。

 

 

ど、どうしよう。

これから、私どこへ行けばいいんだろう。

カタンと湯のみを置いて、正座した膝の上で手をぎゅっと握る。

 

 

 

「…家が遠い、と言ってましたが…もしかして、家へ帰る旅の途中ですか?」

「へ…?」

まぬけな声が出てしまった。

 

にっこりと優しく笑っている松陽先生。

…この人は、すごい、と思った。

きっと、私がこの時代の人じゃない…ってとこまではわかってなくても、何か違うって、わかってる気がする。

 

 

「…は、い」

「では、しばらくここで休んでいかれてはどうですか?」

今は行くアテが、無いのでしょう?といわんばかりの笑顔に、驚きしかでてこない。

 

「いい、んですか?ここにいても…」

「ええ。ただ…彼らの世話を、手伝って頂きたいのですが、よろしいですか?」

「は、はいっ!私にできることなら、何でも!」

…ってちょっとまって、彼らって…?

そう尋ねると、松陽先生はゆっくり立ち上がって、襖をあけて、庭のほうにいる子供たちに声をかける。

 

 

「皆さん、少しお話があります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

松陽先生に連れられて、庭に出る。

そこには私の腰より少し上くらいの背の子供達が大勢いた。

さん、あいさつを」

そう言われて、すぅと息を吸って、子供たちを見る。

 

 

、です。えーと、今日から少しの間、皆と一緒に暮らすことになりました!よろしくお願いしまーすっ!」

幼稚園の先生にでもなったかのような気分で、にっこりと笑顔をつくって言う。

「お姉ちゃんいつ来たの?」「よろしくねー!」「お姉ちゃんって呼んでいい?」なんて、フレンドリーに接してくれる

子供達に、笑顔で良い返事を返していく。

 

 

けれど、まあ、そう上手くはいかないわけで。

「ふん、俺は納得いかねーな。そんな変な格好した怪しい女、信用できねー」

言われた言葉は最もながら、グサリときた。

でも、それ以上に、驚きが勝った。

 

 

…ちょっと待って、今の声って…。

 

 

「そういう言い方はないだろう、高杉」

「ふん」

 

えっ、ちょっ、ちょっと、嘘、でしょォォォォ!!??

 

 

 

驚きに声も出ない私にガンを飛ばしてくるミニ高杉さんを、松陽先生が宥めて。

「すまない」と謝る…桂さんとは打ち解けて。

まあ、桂さんって呼ぶのはちょっと違和感があるから、「小太郎」と呼ぶことになったり。

とにかく、驚きばかりの一日が更けていった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

トリップ連載第3章と言う名の間奏曲。

原作でも詳しく語られていない昔のお話なので、読み飛ばしても支障はありません。

2009/06/07