「そんなこんなでお別れの時間です!」
「いや、わけわかんねーんだけど」
「急にどうしたんだ、殿」
「ついに頭が沸いたのか」
「晋助ェェ!頭沸いたとか言うな!!」
第7曲 さよなら、ただいま
庭で稽古前の自由時間を過ごしていた三人に、『家へ帰る』ことを告げた。
さすがに未来へ、なんて言えるわけもなく。
それで帰るといった結果がさっきの会話なわけで。
「何お前、帰るって家あったのかよ」
「少しの間お世話になりますー、って最初に言ったと思うんだけど」
「聞いてねーし」
「お前は寝てたからな、銀時」
そういえばそうだ。最初にここへ来たときの挨拶、銀時は寝てて聞いてなかったんだっけ。
「まあとにかく!短い間だったけど、楽しかったよ!んじゃ!」
ぴっと手を顔の辺りの高さまで上げて、そう言う。
「いやいやいや。んじゃ!じゃねーっつの。急すぎんだろーがよ」
歩き出そうとした私の服の袖をぎゅうと掴む銀時。
「そ、そうだ。いくらなんでも…今からというのは…」
控えめながらも眉根を下げて小太郎もそばに寄ってくる。
「俺は止めねぇからな」
むすっとしたまま、腕を組んで晋助は言う。
「お前みてーなどんくさい女、一生ここにいても剣術なんか身につかねーよ!」
「なんですとォォォ!!!」
べーっと舌を出してそう言ってから、晋助は草履を脱ぎ捨てて縁側へ行く。
最後までこいつは!
袖に銀時がひっついてなかったら、ほっぺつねってやるのに!
ぬぐぐ、と唸っていると晋助は縁側に上ったところで足を止めて、振り返らずに言う。
「……もう、会えなくなるわけじゃ、ねぇんだろうな」
「…うん。また会えるよ、絶対に」
すぐにとは、いかないけれど。
そう心の中で呟くと、晋助はくるりと私のほうを向いて、ビシッと指をさして叫んだ。
「じゃあ、絶対また来いよ。そのときは俺が特別に、その…の稽古に付き合ってやるからな!!」
言い進めるたびに顔が赤くなっていく晋助は、そう言い切ると走って塾内へ入っていった。
「…負けないんだからねーー!!!むしろ、特訓して晋助追い越してやるわ!!!」
近所迷惑も考えず、晋助まで届くように叫んだ。
「つーかあいつ何かっこつけてんだよ!」
むきー!と唸りながら袖をぐいぐいひっぱる銀時。そろそろ袖が伸びそうだ。
「そろそろ離してやれ、銀時」
ぽんぽんと銀時の背中を叩く小太郎の声に、やっと袖が解放された。
うん、なんとか伸びてないみたい。
「さん。これを、どうぞ」
「へ?」
松陽先生が渡してくれたのは、一本の木刀。
それも、少し傷があるもの。
「…これって…」
「ええ。昨日、貴女が使っていたものですよ」
にっこりと笑う松陽先生から木刀を受け取る。
「木製であろうと、刀は刀。使わないのが一番ですが…護身用、そして貴女の大切な人を、魂を守るために使いなさい」
「…はいっ!ありがとうございます!!」
ぎゅ、と両手で木刀を抱える。
すると松陽先生は、すっと私に近づいて囁くように言う。
「志定まれば、気さかんなり」
「え?」
小さく、風にかき消されそうな声で囁かれた言葉に疑問の声を上げる。
「決心さえすれば、貴女は何にでも立ち向かえます。あの日、貴女はとても成長しましたよ、さん」
「……!えへへ、ありがとうございます!」
松陽先生はほんとうに、飴と鞭が上手いなあ、なんて思いながら御礼を言って、三人を見る。
「それじゃあね、銀時、小太郎」
まだ不満そうな顔をしているものの銀時は、ふう、と息を吐いて言う。
「今度、また美味いもん作りに来いよ、!」
「うん。今度、ね!」
「殿、お元気で。またいつでも遊びにきてくれていいからな」
ふわりと笑う小太郎は、いつもより増して大人っぽく見えた。
「おうよっ!今度…そーだなあ…蕎麦でも食べに行こうか!」
言ってから、2人の頭を順番にがしがしと撫でてから、松陽先生に頭を下げる。
「今まで、お世話になりました!色々と…ほんとにありがとうございました!」
「いえ、こちらこそ。楽しかったですよ」
今度は逆に、私が松陽先生に頭を撫でられる。
なんだかちょっと照れくさくて視線を斜め下へずらした。
じゃあね、と手を振ってから塾を出る。
三人が見えなくなったところで、すばやく裏口へと回る。
家に帰る、ってことになってるから、さよなら言った後に塾に入ったらおかしいからね!
そして押入れの前に立って、深呼吸をする。
「いくぞっ…開け、押入れ!」
来たときと同じように、力いっぱい戸を引く。
あの時と同じように開かないと思っていた戸は、驚くほど軽く開いた。
「えっ、ちょ、軽っ!!」
そう叫んだ瞬間。
目の前は真っ白に染まった。
「……いっ、おい!!おおーい!!ちゃああーーん!?」
声が、聞こえる。
「さん!しっかりしてください!」
「何があったアルかー!!」
ううーん…何も見えないんだけど…。
ってあれ、私いつの間に目、閉じてたんだろ。
ゆっくりと目を開けると、目の前に銀さんの顔が見えた。
「っ!おい、大丈夫か!布団で窒息死とか一生笑われるぞ!」
「ちょ、銀さん!何ですかその起こし方!」
久しぶりに聞こえる、歯切れのいいツッコミ。
かえって、きたんだ。
「あー……おはよ、銀時」
「いやおはよーじゃね………っ、は!?」
どかんっと赤くなった銀時……じゃないや。銀さんの顔を見て、あっれ今私なんて言った?なんて思う。
周りを布団に囲まれながら、体を起こす。
そのすぐ後、驚いたまま固まってる銀さんを押しのけて神楽ちゃんがお腹あたりにどーんっと乗ってきた。
「ーー!心配したアル!もうちょっと発見が遅かったら布団窒息だったヨ!」
「いやだから、その表現はやめようよ!」
新八くんのツッコミを聞くのも久しぶりだなあ、と思いながらふと思う。
「もうちょっと?」
「そうですよ。銀さんがやっと起きてきたと思ったら、今度はさんが来ないから…」
びっくりしたんですよ、と言う新八くんに心配かけてごめんね、と笑った。
どうやら、こっちでは数分くらいしか時間が進んでいないみたい。
「早くお昼にするアル!」「先に向こう行ってますね」と言って神楽ちゃんと新八くんは居間へ向かった。
まだ呆然としている銀さんに「大丈夫?」とたずねようとしたところで、手の違和感に気づいた。
「…ぼ、くとう……」
ぎゅう、と握られた木刀。
やっぱりあれ、夢じゃなかったんだ。
銀さんが呆けてる間に、こっそりとその木刀を押入れの奥へしまった。
いつか使うときまで。しばらくここにいてね、と心の中で呟いてから。
「もー、銀さん、いつまでぽかーんってしてるのー!」
ぺちぺちと頬を叩いてやると、ぴくっと反応が返ってきた。
「ぽかーんて、そりゃ、おま、お前、今っ…!」
「それより朝…じゃなくてお昼ご飯でしょ。早く行こっ」
ふらりとしながらも立ち上がる銀さんの背中を押す。
ついさっきまで、私よりも小さかった背中を思い出して、一人こっそり笑った。
「あ、そうだ銀さん。今日のおやつにさ、ケーキか何か作ってあげるよ」
「マジでか」
心なしか足取りが軽くなった銀さんの大きな背中を見つめながら、ただいま、と心の中で呟いた。
あとがき
ちょっと長くなりましたが、完結です!
うっかり癖で名前で呼んじゃって「!?」ってなってる銀さん(大)が書きたくて始めた間奏曲だったりします。(ぇ
2009/10/12