「朝ご飯ですよー、神楽ちゃーん、さーん、銀さーん」
「ふああ…まだ眠いアル…」
「ぐー」
「立ったまま寝ないでください銀さん。ってあれ、さんは?」
第12曲 痛いものはやっぱり痛い
坂本さんが突撃してくれちゃったおかげで崩壊中の万事屋にいるわけにもいかず、
私たちは新八くんの家にお世話になっていた。
私は上半身だけを起こしてまだ布団に入ったまま。
見慣れない天井を仰いでから、ゆっくりと視線を自分の足元へとおろす。
…足が、ものすごく痛い。
「…昨日のアレだよなぁ…ていうかアレ以外思いつかない…」
昨日のアレっていうのは、マムシ工場で銀さん救出のために看板を蹴り飛ばした、アレ。
あの時は無我夢中だったから、痛いとかそんなに気にならなかったのに。
昨日は普通に生活できていたわけだから、骨折とかではないはず。
多分ものすごい打ち身なんだろう。…青痣に、なってるんだろうなあ。
「あ、想像したら余計に痛くなってきた…」
「あら、どこが?」
「そりゃあ足が………」
にこにこ、と効果音がつきそうな笑顔を浮かべて私の布団の横に座る、お妙さん。
「あっ、いや、別にそんな痛くは」
「痛いのよね?」
「大丈夫です、これくらい大丈」
「痛いのよね」
「…はい」
負けた。
笑顔の圧力というのはこういうものなのか。
「いつもは銀さんがやんちゃしてるみたいだけど…今日はちゃんが何かしたのね」
ごめんなさい、と謝ると「それより、足見せてね」と言ってお妙さんは布団をめくる。
「あら。結構腫れてるわね…何か硬いものでも蹴った?」
「思いっきり蹴り飛ばしました」
ちらりとそこに視線を向けると、やっぱり赤いのを通り越して青っぽくなっていた。
「ちょっと待ってて。水とタオルと…色々持ってくるから」
すっと立ち上がったお妙さんに申し訳なく思いながら、あ、と声を出す。
「あ、あの…このこと、銀さんには黙っておいてくれませんか?」
お妙さんは一瞬ぽかんとしてから、にっこりと笑って「わかったわ」と言って部屋を出ていった。
ぱたん、と障子が閉まってから小さくため息をつく。
「…銀さんに知られたら、怒られるだろうなあ…」
少しぼーっとしてお妙さんが戻るのを待っていると、障子に二人分の人影が映った。
「ちゃん、入るわよ」
「あ、はい」
返事をすると、水の入った桶と救急箱を持ったお妙さんと、朝ごはんのお膳を持った新八くんが部屋に入ってきた。
「おはようございます、さん。あの、姉上から聞いたんですけど…足、大丈夫…じゃなさそうですね」
「おはよう、新八くん。まあ、見てのとおり大丈夫じゃないよ」
あはは、と乾いた笑いをこぼす。
新八くんはそばにあった小さめの机にお膳を置いて、お妙さんの持ってきた水桶でタオルを冷やす。
食べてていいわよ、と言ったお妙さんの言葉に甘えて、いただきます、と呟いて箸をとった。
「本当は水に足入れて冷やした方がいいけれど、歩くの辛そうだからタオル巻いておくわね」
ぎゅっと水気を絞ったタオルを新八くんから受け取り、お妙さんは私の足首にそっと巻く。
「あー、やっぱり冷やすといい感じ…」
「じゃあしばらく冷やしてから湿布貼ったほうがいいわね」
もぐもぐとご飯を口に運んでいると、居間の方から銀さんと神楽ちゃんの声が聞こえてきた。
「新ちゃん。私はちょっと銀さんの足止めをしてくるから、ちゃんのことよろしくね」
「足止め?」
「ふふ、女の子には色々あるのよ」
ね、と目配せしてきたお妙さんに軽く微笑んで返す。
いや、ただ怒られるのが怖いだけなんだけど。
お妙さんが部屋を出て行ってから、居間の声がピタリと止んだ。
「…何、したんだろう」
「なんとなく僕は想像つきます」
どこか遠い目をして新八くんは苦笑いをした。
「ごめんね、お世話かけちゃって」
「いえっ気にしないでください!」
何も言わなくても丁度いいタイミングでタオルを冷やしてくれる新八くん。
すごいなあと思いながら朝ご飯を口に運ぶ。
「ところで今日のご飯は新八くんが?」
「はい。他にやらせられる人もいませんし…」
確かに、お妙さんに料理を任せるのはちょっと心苦しい。
「今日もご飯おいしいよ。いい嫁になれそうだね新八くん!」
「さん、僕、男です」
私の足に湿布を貼ってから、新八くんは掃除をしに行った。
起きた端のことを思えば、痛みはかなり引いたけど…立てる、かなあ。
「よ、いしょ…」
とりあえず壁まで寄って、柱を支えにぐっと怪我をしていない方の足を軸にして立ち上がる。
「おっ、結構いけるんじゃ…ッ!」
両足を床につけた瞬間に、ビリッと痛みが走った。
「あだだだだ!痛い!」
ばっと片足を上げて、ひょこひょこと片足で飛び歩き、柱にしがみつく。
だめだった!さすがにまだ駄目だった!
「一人で楽しそーだね、ちゃん」
「楽しくないですよ全然……」
そう言ってから、冷や汗が頬を伝う。
「お妙ならゴリラの相手をしに行ったぞ」
「あ、あーそーなんですかー」
これは、足止めを頼んだことすら、バレている。
「あ、あの、銀さん」
とりあえず謝ろうかと思ってギギギ、と後ろを振り返る。
そこにはとてつもなくにこやかに笑った銀さんが立っていた。
超、怖い。
銀さんを見て固まっていると、ふいにすっと手を私の頭の高さまで上げる。
「ひ、ひええ、あの、ごごごごごめんなさい!!!」
今までの経験ゆえ、デコピンかチョップか何かしらの制裁が下ると思って、ぎゅっと目を閉じた。
「ばーか。そんな怯えんな」
くるはずの痛みはなく、むしろぽんぽん、と優しく頭を撫でられていた。
「ぎ…銀、さん?」
「本当なら、無茶してんじゃねーって怒ってやりてぇが…今回は俺のせいでもあるしな」
銀さんはわしわしと頭を掻いて、視線を反らす。
そして少し屈んだかと思うと、私の体をひょいと横抱きにして布団へ運ぶ。
「え、ちょ、何!?」
いきなりの出来事に羞恥心がこみ上げる。
「暴れんなって。ちゃんと足休めてやれっつってんの」
ぽす、と布団に下ろされる。
そしてそのまま、銀さんは私の目を自身の手で隠す。
「いいか。そのままで聞けよ」
真っ暗な視界のまま、小さく頷く。
「まァ、その…ありがと、な。俺の記憶戻すの、諦めないでいてくれて。…もう、忘れねーから」
それだけだ、と言って銀さんは足早に部屋を出て行った。
残された私は、布団に座ったまま、呆然と開けっ放しの戸を見ていた。
おやつと称してりんごを持ってきてくれた神楽ちゃんに「、なんか顔赤いネ」と言われて慌てるのは、すぐ後のこと。
あとがき
志村家での療養話。よく考えれば今回怪我してるのヒロインだけですね。
なんやかんやで銀さんもしばらく顔赤いと思います。新八あたりに「風邪ですか?」って言われてると思います。
2010/06/19