「ハイもしもし万事屋アル」
「もしもし、拙者拙者グスッ」
「?誰アルか?銀ちゃん?」
「そうだよ銀ちゃんだよ銀ちゃん、グスッ。さっき事故で妊婦はねちゃって大変なことに」
「とどめさして逃げてこいヨ」
「おいィィィ!!何言っちゃってんのダメだよそんなこと言っちゃ!」
第1曲 振り込む金自体が無ければ問題ない
居間でぼーっとしながらお茶を飲みつつ、新八くんとテレビを見ていた。
机に湯飲みを置いたところで、銀さんが厠から戻ってきて私の横に座った。
「あ?なんか一人いなくね?」
「ああ、今さっき神楽ちゃんが電話とって…あれ、どこいったんだろ」
部屋を見回しても姿が見当たらない。出かけたのかな。
「実家からの電話じゃないスか?それよりコレ、銀さんも気をつけてくださいよ」
「拙者拙者サギ?」
テレビに映し出された文字を読み上げる。
「電話で名乗らずに拙者拙者を連呼して近しい人を装い、今ピンチで金が入用なんだと大金を振り込ませるサギです」
「アッハッハ、俺ァ誰がピンチになろーが振り込まねーぞ。覚えとけ新八」
「あー、確かに銀さんなら振り込まなさそうだよね。寧ろ逆に振り込ませそう」
「褒めてんの?貶してんの?ちゃん、どっち?」
…まあ、どっちもかな、と返事をしておいた。
それにしても、どこの世界でもサギってあるものなんだなあ。
そもそも今万事屋には振り込めるほどのお金無いから、そんなに心配することないと思うけど。
「大体んなもんひっかかるのはどっかのバカなチャイナ娘だけ…」
銀さんの呟いた言葉は、そこで止まる。
「「「ん」」」
私たち三人、おそらく同じことを考えたんだろう。
今ここに一人足りないあの子を探しに、私たちは急いで万事屋を飛び出した。
勢いよく万事屋を飛び出し、私たち三人は大江戸信用金庫の前に辿り着いた。
そこには大勢の人だかり、そして奉行所の人たちが集まっていた。
「でてきなさーい!君は完全に包囲されている!」
…え、あれ、これ大事になりすぎじゃね?
「ぎ、銀さん。どういうこと、これ」
「…遅かったか」
「え?まさか神楽ちゃん?コレ神楽ちゃんが?」
ぐっと目頭を押さえて俯く銀さんに私と新八くんは口々に疑問をぶつける。
「そうだよ、拙者拙者サギにだまされて金を振り込もうとしたはいいが、当然金なんかある訳ねーだろ」
「まあ、お金あったら酢昆布でも買いに行ってるよね…」
そもそも家賃すらまともに払えていないのに振り込めていたら、どこから金が出てきたんだと不思議なくらいだ。
…あれ、なんかものすごい貧乏生活じゃね?私たち。
「どうしよう、僕らどうすれば…」
新八くんが呆然と銀行を見ながら呟く。
その横を、すっと銀さんは通り抜けて銀行の扉の前に立った。
「銀さん?」
奉行所の人が止めに入る声に耳を貸さず、銀さんは扉の前に立ったまま。
私と新八くんはその背中をじっと見つめる。
「アイツたァやり合っても勝てる気がしねーが、俺が止めずに誰が止める」
町の雑踏にかき消されず、銀さんの一言はこの場の皆に届く。
「奴の家族がここにいてもそうするはずさ」
「銀さん…っ僕もいきます!」
「私も行く!神楽ちゃんは大事な友達だもの!」
ばっと前に飛び出し、銀さんを真ん中に銀行の扉の前に立ちふさがる。
そして、扉が開く。
自動ドアの先には、口からよく分からない物体を出している男と、その物体に襲われてるっぽい神楽ちゃん。
「「「間違えました」」」
銀行の自動ドアが閉まる直前、私たちの声は、きれいにハモった。
「ギャアアアア!」
「化け物いたァ!!」
そう口々に叫びながら一斉に散っていく町の人たち。
「…いやー良かったな。神楽ちゃん犯人じゃないみたいだよ」
「…そうですね。でも…なんか襲われてませんでした?」
「っていうか、あまりにも予想外の展開が広がってて何て反応したらいいか困るんだけど」
逃げ遅れたというより、逃げる気力がどこかへ飛んでしまった私たちは、
呆然と立ち尽くしながら閉まった扉の向こうを見ながら話す。
「アレじゃねーか、親父だろアレ」
「あ、ああ。電話でちょっと待ち合わせーみたいな感じ?」
「そうそう。そんなんだよちゃん」
「そーか親子の抱擁か、アレ」
よし、じゃあそういうことで。
くるりと来た道を戻ろうと回れ右をしたところで、再び自動ドアが開く。
「銀ちゃぁぁーん、ひどいヨー、なんで助けてくれないネ」
自動ドアから這って出てきて銀さんと新八くんの足をがっちりと掴んでいる神楽ちゃん。
問題は、その体中にひっついてる物体。
「「「ぎゃあああああ!!!」」」
同時に振り返って悲鳴を上げる。
そして逃げ出そうとした私の手を銀さんがばっと掴む。
「えっ、ちょ、何すんの!やだ離してェェ!」
「お、おおお、おま、!一人で逃げようとすんなよコラァァ!」
「無理だから!私そういうの免疫ないから!もうほら鳥肌立ちそう!」
ぐいぐいと手を引っ張ってみるも、銀さんの手は離れない。
「つーか神楽ァァ!なんかいっぱいついてるぞ、親父さんの内臓的なものが!」
体どころか顔にまでひっついた、その内臓的な物体は神楽ちゃんから離れそうに無い。
「私銀ちゃんのためにいっぱい振り米したヨ、神父の件はどうなった?カタついたか?」
「神父の件って何!?お前どんな騙され方したんだオイ!」
本当にどんな騙され方したんだろう。
…まあ、頑張れば思い出せそうな気がするんだけど、今はそれどころじゃない。
「じゃあアレが拙者拙者サギの犯人ってこと!?」
「オメーの親父さんじゃねーのか!?」
「しらないヨ!フラッとやってきて勝手にでろでろし始めたネ!」
その効果音どおり銀行内の男は未だ口からでろでろと、このよく分からない内臓的なものを吐き続けている。
そして突如銀さんと新八くんの体が引っ張られる。
手を掴まれてる私の体もぐいっと銀行の中へと引っ張られる。
「うぎゃあああ!離して!マジで離して銀さん!」
「ほらもこう言ってるだろ離しなさい神楽ちゃん!!メッ!!」
「だァァァ!離せ!引きずられるゥゥ!!」
「お前ら全員道連れじゃー!!」
そう叫んで銀さんと新八くんの足を掴む手に力を入れたのか、私を掴む銀さんの手にも力が入る。
ちょ、やめて!本気でやめて!
なんとかして引き込まれないようにと床に手をついて踏ん張っていた時。
ウィーン、と自動ドアの開く音がした。
「おっ、いたいた」
その声はこの場に似合わない、やけに落ち着いた声。
声の主は羽織ったマントの下から、大きな傘をばっと出し、内臓的な物体の中心部へともの凄い勢いで投げた。
剛速球のように飛んだ傘は内臓的な物体を貫き、私たちもそれから解放された。
何事かと呆然としていると、神楽ちゃんがぽつりと口を開いた。
「…パピー?」
「「「ぱ、ぱぴィィィィィ!?」」」
ああ、今日はやけにハモるなあ私たち。
なんてことを思いながら私たちの前に立つ、ゴーグルとマントを羽織った男の人に視線を集中させた。
あとがき
トリップ連載第5章!「俺らはいいからお前は逃げろ!」的な台詞が出てこない。それが万事屋です。
復習ですが、ヒロインはちゃんと原作知識持ってます。普段は原作のことを気にしないで生活してます。
2010/08/22