「おはよう、ございます。っていうかもうお昼ですけど」
「いーんだよ、万事屋の朝はいつもこんくらいだろ」
「新八ィ、早くごはん作れヨ」
「え、今日の当番って…あ…」
第15曲 彼女のいない日々
居間のソファにどかっと座り込んだ神楽からは、不機嫌オーラが駄々漏れになっている。
ったく、不機嫌オーラ出してぇのはお前だけじゃねーんだぞ。
「…はいつになったら戻ってくるアルか」
「さあな。そのうちひょっこり戻ってくるんじゃねーの」
「そう言ってもう何日経ったアルか!なんで、なんで…っ」
もう、こんなやりとりを何日やってることやら。
が突然いなくなってから数日、俺たちは心にもやもやとしたものを抱えたまま生活していた。
下のババァや新八の姉、真選組の奴らにのことを聞かれるたびに神楽は暴れるし。
…ほんと、どこ行ったんだあいつ…。
朝ごはんです、と言って新八が持ってきたご飯をかきこむように食べる神楽。
お前、食欲だけは変わらねーのな。
「あの、銀さん。さんのことですけど…あれから桂さんにも聞いてみたんですけど、知らないって…」
「ヅラか…」
あいつも何やかんやでと仲良かったもんな。
「僕、今日も話聞きに行ってみます」
「どこにだよ。もう聞きつくしただろーが」
ずず、と啜った味噌汁はいつもより濃い味がした。
「なら銀ちゃんは諦めるアルか!?がこのまま戻ってこなくてもいいって思ってんのかコラァ!」
「んなことは言ってねーだろ。つーかご飯粒飛ばすんじゃねーよ!」
がちゃん、と食べ終わった食器を乱暴に机に置いて立ち上がる。
「…コンビニ行って来る」
それだけ言って、俺は万事屋を出た。
がいなくても、この町は何も変わらない。
この広い世界では、ひと一人の存在なんてそんなもんだ。
「あいつ実家にでも帰ったのか…?」
でも家売り払ったとか何とか言ってたっけか。まあ、多分ありゃ嘘だろうけどな。
そして俺は重い足取りで色んな場所を回り、再び万事屋の近くへ戻る頃には既に空が夕焼け色に染まっていた。
チッと舌打ちをして路地裏にあったポリバケツを蹴り飛ばそうとして、足を止める。
「…こんなとこで何してんだ、テメェ」
「ククッ、一応まだ…牙は折れてねぇんだな」
ゆらりと路地裏の陰から出てきたのは、高杉だった。
「お前指名手配されてんだろ。こんなとこにいていいのかよ」
「なんだ、今日は随分と機嫌が悪ィな」
俺の問いかけの答えになっていない返事を返した高杉を見据える。
別になんでもねえ、と返事をする前に高杉はにやりと笑って口を開いた。
「あいつが、がいなくなったから、か?」
どくんと心臓がはねる。その名前を、まさかこいつの口から聞くことになるなんて。
「な…なんでおめーがあいつのこと知ってんだ」
「まあ色々あってな。だが…多分あの女をここで探したって無駄だろうよ」
クク、と喉で笑うようにして言う。
「無駄って、どういうことだ」
掴みかかりそうになる衝動を抑えて俺がそう言うと、高杉は少しだけ驚いたような顔をした。
「…なんだ銀時、お前あいつから何も聞いてねーのか?」
何も、って。何の話だ。
こいつが知ってて俺が知らないことが、あるとでも言うのか。
無言のままの俺をどう受け取ったのか高杉はフン、と大きく息を吐いて嘲るように笑った。
「へえ、銀時…よほどに信頼されてねぇんだな」
「…るせえ」
ぐっと手を握り締め、噛み締めた歯が軋む。
「決心はついたって言ってたんだがなァ。…まあ、いい。ひとつ教えておいてやるよ」
「てめーから教えられることなんざねぇよ」
俺の言葉を聞かずに高杉はくるりと背を向けて一言、呟いた。
「と俺らは生きてる世界が違う。今はどう足掻いて探しても、見つかりっこねェよ」
懐から取り出した煙管に火をつけて高杉はそのまま路地裏の陰に消えていった。
「…なんなんだよ、意味、わかんねぇ」
大体なんであいつがのことを知ってる。
なんで、俺よりも…。
―――「あのさ、銀さん…ちょっと話したいことがあるんだけど…」
そういえば、がいなくなる少し前。そんなことを言われた気がする。
―――「うー…あ、そうだ銀さん…その前に話したいことが…」
―――「とりあえず朝飯食ってからな」
あの時、俺がの話を聞いていたら、こうはなっていなかったんだろうか。
「くそっ…!」
舌打ちをしてドンッと壁を殴りつける。
開いた手に残った爪の痕、そして殴りつけた手が赤くなっていた。
はあ、とため息をついて万事屋へ向かって再び歩き出す。
なあ。俺は、俺らはどうすりゃいいんだ。
お前を忘れればいいのか。それとも、探して探して見つけ出せばいいのか。
「…いや、忘れるのは無理だな。それにもう忘れねーって約束もしちまったし」
これだから、もう何も抱え込まないようにしようと思っていたってのに。
「ひとの店の前でシケた顔してんじゃないよ」
漂ってくる煙草の匂いと声がした方へ目を向ける。
「…ここ、俺の店の前でもあるんだから顔くらい好きにさせろババァ」
開け放ったままのスナックの入り口に凭れ掛かったまま俺の目を見据える。
「相当落ち込んでるねェ。アンタも、上の連中も」
くいと顎で2階を指す。
「別に。落ち込んでなんかねーよ。あいつらの辛気臭えのが移っただけだ」
自分を嘲るようにして笑い、万事屋への階段へ足を踏み入れる。
「あの子が、黙っていなくなるような子だと思ってんのかィ」
「……」
カンカンと階段を上る足が止まる。
はそんな奴じゃないことくらい、分かってる。
心の中で呟いて再び階段を上って万事屋の玄関に手をかける。
何か、理由があったとすれば。
思い当たることは…ひとつ。
高杉が言ってた、生きてる世界が違うって意味。
お嬢様と田舎者とかそんな次元じゃないとしたら。
「…さすがにありえねーか」
でも、もしも本当にそうなら。
手をかけた扉の向こうに、が生きる世界があったとしたら。
ごくり、と唾を飲み込んで勢いよく扉を開ける。
ガララッと壊れそうな音を立てて開いた扉の先は、いつもどおりの万事屋の廊下だった。
「…だよ、な。ありえねーよな、そんなの」
小さく呟いてブーツを脱いで部屋へと歩く。
たとえ生きてる世界が違ったとしても、絶対に忘れない。忘れてなんか、やらねーからな。
あとがき
特別編、銀さん語りのなんだか重い話。
追想曲にお付き合い、ありがとうございました。あ、ちゃんと次章へ続きますよ。
2011/03/03