あれから数日。
今までどおりの生活に戻り、学校へ通う日々を過ごしていた。
そして今日は、卒業式。
この学校、制服、そして思い出の掃除用具倉庫とも、今日でさよならをする。
第1曲 あなたを忘れない
こっちの世界に戻ってから、銀魂の漫画も買うだけ買って積み上げるだけになっていた。
読んだらあの世界での生活を思い出して泣いてしまうだろうから。
だから怖くて、辛くて読めなかった。
やっと今になってそれを読むことができるようになった。
卒業式前夜に部屋で一人溜め込んだ漫画を読み、ぎゅっと唇を噛み締めて涙を堪えていた。
そして今日、私は再び裏庭へと足を向けた。
鞄を校舎に立てかけ、掃除用具倉庫の前に立つ。
あの日から何度この扉を開けてもその先に見える景色は変わらなかった。
こっちに戻ってきてからはほとんど毎日のように扉を開けていたけど、最近はそれもしていない。
はあ、とため息をついたところで風の音にまぎれて声が聞こえた。
「ー!」
遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえ、その方向を振り返る。
「はー、あんたなんつーとこにいんのよ…」
「探したんだよぉー」
「ふたりとも…」
2人の友達に私も駆け寄ると、ざあっと木の葉が風でゆらめいた。
「それにしても、あたしたちももう卒業かー」
「うん…寂しくなるね」
皆進学先はバラバラで、こうやって毎日学校で会うこともなくなってしまう。
新しい始まりもやってくるが、終わっていく、無くなっていくものも多い。
「なに言ってんのよ」
しんみりした空気を打ち消すように、刹那は凛とした声で言う。
「確かにあたしたちは今までみたいに毎日会えないし、きっと連絡もあんまりとれなくなる」
「忙しくなるもんね。特に春亜は医療系でしょ?」
うん、と控えめに頷いた春亜と私の手を、刹那はぎゅっと握った。
「でもね。どんなに離れてても会えなくても、あたしたちはずっと友達よ」
にっこりと笑って、そう言い切った。
「どんなに、離れてても…?」
「そう。3人共、学校バラバラだから連絡もとれなくて不安になると思う」
ぎゅっと握り締めた手にもう一度力を込めて刹那は言う。
「それでもあたしたちは友達よ。ていうか、離れろって言ってもあたしが離さないからね!」
にっと悪戯な笑みを浮かべて笑う。
その笑顔を見つめていた私の横で、涙目になっている春亜も笑って頷いた。
「うぅ…わ、私だって離さないんだからぁああー!」
「ちょっとあんた式の間泣いてなかったのに何で今泣くのよ」
「だってぇぇー!」
ごしごしと目を擦っている春亜の頭をそっと撫でて、私も泣きそうになるのを押さえて笑った。
「うん、私も絶対忘れない。ずっと、忘れないから」
「当然よ。忘れたらぶっとばすわよ」
「え、ちょ、怖っ!」
いつもと同じようなやり取りに戻り、私たちは笑いながら校舎を後にした。
「あ」
ふとしたことに気が付き、私はぴたりと足を止める。
「?どうしたの」
「やばっ、裏庭に鞄置いたまま来ちゃった!!」
「あんたほんとドジね…」
呆れたように言われ、あははと乾いた笑みを浮かべてくるりと方向転換する。
「ごめん、先行っててー!」
2人に向かって両手を合わせて謝りながら裏庭へと駆け出した。
「はいはーい、いってらっしゃーい」
手を振ってくれた2人に私も手を振り返した。
ふう、と息を整えて置き去りにされていた鞄に手を伸ばしかけてぴたりと動きを止める。
「……」
おそらくもう、ここへは来ない。
ぎゅっと手を握り締めて掃除用具倉庫をじっと見つめる。
どんなに離れてても友達だと言ってくれた、この世界の大切な人。
「…私は」
ぽつりと呟いて、向かい風を受けながら足を踏み出し、掃除用具倉庫の前に立つ。
「私はもう、迷わないから」
こっちの世界に残してしまうことはたくさんあるけれど。
それでも、私は。
「今度は忘れたりしないから」
不安になってもきっともう、大丈夫だから。
「どうかもう一度…」
皆に、会いたい。
ガラッと勢いよく開いた扉の先。
その先に見えたのは、深い青色をした、宵闇の世界だった。
あとがき
トリップ連載第6章。タイトルはヒロインのデフォルトネームの花言葉からきてます。
2011/03/16