「おっ、ちゃん!やーっと戻ってきてくれたかぁ」
「もー聞いてくれよ、うちの娘がさあ…」
「はいはい。ちゃんが戻ってきてくれて嬉しいのは分かりますけど、手出したら捻り潰すぞ」
「声がものすごく怖いですお妙さん!」
第10曲 警察も結構怖い
スナックすまいるの仕事に戻って3日。
無断で随分長い間仕事を休んでしまったのに、また働くことを許してくれた店長。
そしておかえり、と言ってくれた常連のおじさまたち。
本当にまた戻ってこれたんだ。
そのことが嬉しくて、ほんの少しだけ泣きそうになった。
「お疲れ様、もう大分暗くなっちゃってるから気をつけて帰ってね」
「はい!それじゃあお先に失礼します!」
おりょうさんに見送ってもらって、スナックすまいるを出る。
さてと、それじゃあ万事屋へ帰りましょうか。
そう思いながら夜道を歩いていると、急に目の前に人影が立ちふさがった。
「久しぶりですねィ、」
「沖田さん!お久しぶりです!」
言葉通り、久しぶりに会った沖田さんに駆け寄る。
その瞬間。
ガチャン、となんだか嫌な音がした。
「…あの、何なんですかこれ」
「あーもしもし土方さん?、逮捕しましたんで今からそっち連れて行きまさァ」
返事もせずに真選組の隊服から携帯電話を取り出して連絡を入れる。
逮捕って、え?
「え、ちょ、私何もしてませんよ!?」
「それは屯所で聞くんで。とりあえず大人しく着いてきてくだせえ」
そう言って近くに停まっていたパトカーを親指で指し示す。
「あの、早く帰らないと銀さんが怒るんですけど…」
「それなら心配いりやせん、ちゃんと万事屋の旦那には連絡いれときやしたから」
抜かりないというべきか、余計なことをしてくれたというべきか。
一体何をしたのだろうかということを悶々と考えながら私はパトカーに乗せられて真選組屯所へ送られた。
夜の真選組屯所は、なんだか少し怖い雰囲気が漂っていた。
沖田さんに促されるまま向かった先は、取調室。
「待ってェェェ!!ほんと私何も悪いことしてませんから!勘弁してくださいー!」
「犯人は大抵そう言うんでィ。ほら、大人しくしろ」
沖田さんは逃げようとする私の手錠をがっちり掴んで離してくれない。
人生で二回もこんな部屋に入りたくはない。
「…オイ総悟。確かに呼んで来いっつったけどな…どうやって連れてきてんだテメーは!!」
「おっと」
鞘に入ったままの刀が私の目の前にブンッと振り下ろされる。
寸前で沖田さんは軽やかにその刀を避けて私の後ろに移動した。
「ったく…悪かったな、やっぱり総悟に行かせるべきじゃなかった」
ため息を吐いて手錠をはずしてくれたのは、相変わらず苦労してそうな土方さんだった。
「特に呼び方を指示されなかったんで。俺好みのやり方で連れてきただけでさァ」
さらっと言ってのける沖田さんに向かって吐かれたため息はふたつだった。
取調室から屯所の食堂へと移動して、私の前に土方さんと沖田さんが座って尋問は始まった。
その際、いつぞやのカツ丼土方スペシャルを用意されそうだったので丁重にお断りした。
「それで、私はどうしてここに呼ばれたんですか?」
「急にいなくなった奴が急に現れたら、おかしいと思うのが普通だろ」
まあ、確かに。
「それもタイミングがタイミングでさァ。高杉一派が江戸に近づいたって情報があった日に戻ってきたんだろィ」
そう言われてみればそうだ。
よりによって過激派と言われている高杉さんたちが江戸に来た日に戻ってきたんだもんなあ。
「つまり、私が攘夷志士だ…っていうのは前に否定したじゃないですか!違いますよ!」
一体何度これで疑いをかけられれば済むのやら。
「ああ。そこは分かってる。お前は刀の使い方もわからねーだろうしな」
「そうなると、可能性はもうひとつ。…、お前今まで高杉と一緒にいたんじゃないんですかィ?」
二人の目線が私に集中する。
うう、悪いことしてないのになんだか怖い。
「違い、ますよ。今までは…ちょっと江戸じゃない、もっともっと遠い所へ里帰りしてたんです」
この説明で、間違ってはいないはず。
「万事屋の旦那に何も言わずに、ですかィ」
「……」
言葉が詰まる。言わなかったんじゃない、言えなかった。
でも、その説明をするのは…ぶっちゃけめんどくさい。
「急だったんです。私だってちゃんと一言言って行きたかったですけど、そんな時間も余裕もなかったんです」
「自分の意思で里帰りしてたんなら一言くらい言えたんじゃないですかねェ。拉致られたんじゃないんですかい?」
「だから、高杉さんは関係な……」
ハッと息を呑む。
「高杉さん、ねえ…」
あ、う、と声にならない息がこぼれる。
どうしよう、伊達に警察やってないよ沖田さん…尋問が上手すぎる。
私が鈍くさいわけじゃない、たぶん。
にやりと笑いながら私を見る沖田さんから視線が逸らせない。
じわりと手に汗が滲み、鼓動が早くなる。
「総悟。もういい」
静寂を破るように土方さんの声が食堂に響いた。
「何ですかィ。今いいとこなんでさァ、邪魔しねーでくださいよ」
「お前ただ単にこいつを困らせたいだけだろ。にドS発揮すんな」
そう言って沖田さんを睨むように視線を向けた土方さんに向かって、沖田さんは盛大にため息を吐いた。
「しょーがないですねィ。ま、久々にのそういう顔が見れて楽しかったからいいですけど」
ということは、今まで私はからかわれていたってことなんだろうか。
どんだけ心臓に悪いからかい方をしてくれるんだこの人は。
「まあ尋問ってわけじゃねえから、正直に答えろ。、お前高杉のことをどれだけ知ってる?」
そう言った土方さんの目は真剣で、私もちゃんと答えなくてはいけないと思った。
けれど。
「…あれ、私…何も知らない、かも。身長と…お祭りが好きそうだなってことくらいしか知らないです」
「……お前、一体何してたんだ」
「人生相談です、私の」
ポカンとする土方さんと、何を考えてるのか分からない沖田さんの視線が集中する。
「あのな…」
土方さんがそう言いかけた時。
屯所の入り口の方からドガァァン!と門でも破壊されたんじゃないかという音が聞こえてきた。
「やっと来たみたいですねィ」
にやにやと笑いながら沖田さんはちょっと見てきやーす、と言って食堂を出て行った。
それに続いて私も席を立つと、土方さんに呼び止められた。
「お前は高杉を信用してるみたいだが…あいつは過激派の攘夷志士だ。良い様に使われるだけかもしれないぞ」
「…で、も…」
とはいっても、ここで力いっぱい否定するわけにはいかない。
それに土方さんが言ってることも、事実だ。
「だから、何か起こる前にちゃんと相談しろよ。…高杉に会ったら、俺か近藤さんに連絡しろ」
何かあってからじゃ遅いんだ、と言った声は、随分と優しかった。
はい、と返事をして私たちもさっきの音の現場へと向かった。
「テメェェェ!このゴリラァァ!警察が誘拐してもいいと思ってんのか、あぁ!?」
「待て待て待て、何の話だ!」
そこにいたのは銀さんに首元を掴まれて前後に思い切り揺さぶられてる近藤さんだった。
近くには横転した原チャリがある。…本当に、門破壊した音だったんだ、アレ。
「てめーんとこのサド野郎が、は預かった、返してほしくば土方の命を取れって電話してきたんだよ!」
「総悟ォォォ!!!」
私の隣にいた土方さんが叫ぶと同時に木陰に隠れていた沖田さんが顔を出した。
「あーあー、旦那ァそれ言っちゃ駄目ですぜ」
へらへらと笑う沖田さんに向かって土方さんが飛びかかっていく。
そんな乱闘を他所に、私は近藤さんを助けるべく銀さんに駆け寄る。
「銀さんっ、近藤さんは悪くないから離してあげて!」
「!お前何やってんだこんなとこで!」
ぱっと近藤さんから手を離して今度は私の肩をガッと掴む。
「え…ええと、誘拐されて尋問されて、た?」
そう言うと銀さんはピシッと固まって軽蔑の眼で、土方さんを見る。
「待て、俺じゃない。俺は何もしてない!」
「うわ、土方さんってばに色々やっておきながら言い逃れですかィ。さすが鬼の副長でさァ」
沖田さんがそう突っ込んだとこで収拾がつかなくなりそうだったので、
私が銀さんを宥めて近藤さんが二人を宥めてその場を抑えた。
舌打ちをして帰るぞ、と言って原チャリを起こす。
「てめえ、警察の目の前で二人乗りして帰るんじゃねーだろうな」
「……」
近藤さんに挨拶をして見送ってもらい、銀さんと一緒に歩いて万事屋へ帰ることにした。
逸れるなよ、と言われたので私は銀さんの着物の袖を掴んで帰った。
あとがき
最近出番が少ない真選組話。
山崎の報告書には「ちゃんが元気に帰ってきてくれてよかったと思いました。」と書いてあったそうな。
ちなみに銀さんは屯所までは真っ青に、帰り道は真っ赤になってました。こっちも心臓に悪かったようです。
2011/09/23