「ほーらー定春ぅぅー、こっち、行くよぉぉー…!」

「わふ」

「わふ、じゃなくて動いてほしいんだってば!」

「あおんっ」

「へ、ちょ、ぎゃあああああ!早い早い待ってえええええ!」

 

 

 

第11曲 ペットは大事に

 

 

 

 

川原で蝶々を追いかけている定春を土手の上から眺めながらふうっと息を吐く。

なんてこった、散歩がこんなに大変だなんて。

銀さんはパチンコに、新八くんはお通ちゃんのコンサートに、神楽ちゃんは朝からどこかへお出かけ。

…必然的に、散歩は私になる。ていうか銀さんは絶対逃げただけだ。

 

 

「でっかいもふもふで可愛いんだけどなあ…」

言うことを聞いてくれればいいのだけれど。

ぼーっとしていると後ろで甲高い犬の鳴き声がした。

 

「ん?」

くるりと振り返ると、可愛いダックスフントが足元に寄ってきていた。

 

「わー、可愛い子!よしよし」

首輪してるところを見ると、おそらく誰かの飼い犬なんだろう。

散歩の途中で迷子になっちゃったのかな。

 

 

土手から転げ落ちてしまわないようにそっと膝に抱き上げる。

可愛いなあ、と思っていると橋のほうからダッシュでこちらに向かってくる人が見えた。

 

「おああああ!おった!メルちゃんんん!」

その声にびくりと肩を震わせる。

その人はキキィーッと車もびっくりなほどの急ブレーキをかけて私の前にしゃがみ込んだ。

 

 

「嬢ちゃん、うちの子に何かしとらんやろな」

ギッと明らかに堅気じゃないよね、という雰囲気を持った男の人にそう問われ、ブンブンと首を横に振る。

「い、いえ、土手から落ちないように、と、思いまし、て」

そう言うとその人はぱちぱちと瞬きを繰り返してから、少しだけ表情を和らげた。

 

 

「そーかィ。そら、エライすまんかったな」

「い、いいえ」

そっと膝にいたダックスフントをその人に渡す。

顔に似合わず、と言っては悪いが随分と優しい手つきで男の人はその子を受け取った。

 

 

「この子、メルちゃん言うてな。もうすぐ母親になるんや。だからちっとピリピリしとってなァ」

「わあ、子供が生まれるんですか!」

その人と一緒に立ち上がって、腕の中にいるダックスフントのメルちゃんを見る。

 

「元気な子が生まれるといいですね」

そう言うと、その人は少しだけ笑って「おーきにな」と言った。

 

 

「で、譲ちゃんは何しとんねん」

「私もうちの犬の散歩で…おーい定春ーそろそろ戻るよー!」

ぱたぱたと川原に向かって手を振ると、定春はわん、と一吠えしてこちらを向いた。

 

「…エライでっかい犬やなあ」

「ええ、まあ。なんだか久しぶりに小さい犬に触れられて嬉しかったです」

定春も可愛いけど、この子も可愛いのだ。

「ほんなら、また会えたらそんときに撫でさせたるわ」

少しだけ笑みを浮かべ、そんじゃな、と言ってその人は町の中へと消えていった。

 

 

「…っていうか。あの人ってたぶん…」

とんでもない人と会ってしまったんじゃないかと思う自分の頭を軽く振ってぱっと前を向くと目の前は真っ暗だった。

 

「あー、たぶん定春だよね。ごめんって、定春も可愛いから。可愛くてもっふもふでかっこいいから」

顔の周りに手をやると、ぽふぽふ、と毛の感触が伝わってきた。

本気で噛まない代わりに、結構頻繁に甘噛みされるんだよね。

 

 

よしよし、と定春を撫でて万事屋への帰り道を歩く。

行き交う人の注目を浴びている定春の影に隠れながら歩いていると、聞きなれた声に呼び止められた。

 

ではないか、今日は銀時たちと一緒ではないのか?」

「桂さん、それ私じゃないです。定春です」

薬局の名前の入った羽織を着た桂さんは私ではなく定春の顔を撫でる。

 

 

「わふ」

「あーあー定春、だめだってば!噛んじゃだめ!」

がっぽりと桂さんを頭から銜えこんでいる定春をぽふぽふと撫でながらなんとか桂さんと分離させた。

 

 

「あの、大丈夫ですか桂さん」

「うむ」

桂さんはだらだらと流れる血を拭いながらも、どこか嬉しそうに見える。

 

「え、ええと、今日はどうしたんですか、その格好」

「市場調査のついでだ。ということで、も貰ってくれんか、このティッシュとマスク」

…薬局でバイトもとい市場調査してるだけある。

 

 

「今日中に捌かないと給料が出ないのでな。できれば人数分貰ってくれると助かる」

「じゃあ、4つずつ貰っていきます」

万事屋の貧困生活が身に付いたのか何なのか。

貰えるものは貰っておこう精神が最近身に付いてきた気がする。

 

 

「ところで…あれから銀時の様子はどうだ?」

「怪我も治って今日なんか朝からパチンコですよ」

帰ったらソファにうつ伏せになって倒れているか、元気にいちごを牛乳飲んでいるかどちらかだろう。

 

「お前はどうなんだ。あれから、何か変わったことは無いか?」

「私ですか?いえ、まあ……特には何も」

真選組に拉致されました、とは言わないでおいた。

 

 

「その間が気になるが…まあいい。それで、これからはずっと江戸にいるのか?」

じっと私の目を見つめる桂さん。

ぎゅっと手を握り締めると、定春が少しだけ腕に擦り寄ってきた。

 

 

「はい、追い出されない限りずーっと万事屋に寄生してやるつもりです」

笑いながら言うと、桂さんもフッと笑みを零した。

 

「そうか。なら、安心だな」

「安心?」

少し首を傾げると、桂さんはそっと右手を私の頬に添えた。

 

 

が急にいなくなってから、銀時も随分と参っていたみたいだったからな」

なんでもないように取り繕ってはいたが、俺にはバレバレだ。と、桂さんは得意気に言う。

「それに俺も…」

 

桂さんの綺麗な手がそっと頬を滑ったときだった。

器用に定春は桂さんの手だけにがぶりと噛み付いた。

 

 

「ぎゃああ!ちょ、さ、定春!噛んじゃ駄目だってば!」

なんとか桂さんの手を救出して、今すぐ薬局戻って手当てしてくださいと言ったが、桂さんは大丈夫だと笑っていた。

いや、血だらっだら出てますからね!大丈夫じゃないですからね!

 

 

これ以上の被害が出ないように私は定春を引っ張って桂さんに別れを告げた。

「またな」と言ってくれた桂さんに、はい、と大きく返事を返して万事屋への道を再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

あとがき

定春は銀さんにヒロインを守るように言いつけられてます。男前定春。

2011/10/20