「そうネ。じゃあドンペリでも持ってきてもらおうかしら」

「おやでもお嬢さん未成年でしょ?ジュースとかの方が…うぶっ!!」

「あんまり私を怒らせないでくれる?ボウヤ。お嬢さんじゃない、女王様と呼べと言ったはずよ」

「申し訳ございませんでした!かぶき町の女王さま!!」

 

 

 

第13曲 親子の絆は強いもの

 

 

 

私たちが八郎さんを探しに行っていた間に銀さんと、このホストクラブ高天原の下っ端の人がモメたらしい。

現場に駆けつけたときにはすでに事態は収拾していたけど、チラッと見た感じどっちかといえば銀さんが

その下っ端さんをボッコボコにしていた気がする。

それなのに、迷惑をかけてしまった御礼と言って狂死郎さんは私たちを高天原へと招待してくれた。

 

 

「で。お前これの逆バージョンみたいなとこで働いてんだろ?何でそんなガッチガチに緊張してんの?」

「き、緊張するに、決まってるじゃん!ほ、ほほほホストクラブだよ!?」

人生のうちに一度も足を踏み入れずに終わると思っていた場所なんだから、そりゃあ緊張もする。

けれど神楽ちゃんは、右も左もかっこいい男の人だらけのホストクラブをしっかり楽しんでいる。

 

 

といっても、私の右と左は銀さんと新八くんなんだけど。

 

 

「この席順はなにゆえ…?」

「なにって、が緊張するって言うから。別に俺はどこに座ろうが酒さえ飲めりゃいーけど」

その割には随分と銀さんが近い。広いソファなんだから、もう少し離れても大丈夫なのに。

 

 

「と、ところで…いつお母さんに言い出します?結局八郎さんのこと伝えられてませんし」

横に並んだソファに座るお母さんに聞こえないように、こそっと耳元で新八くんが言う。

「うーん…まあ、タイミングを見計らって、かなあ」

そう言ったところで、ざわりと店の中に一際賑やかな声が上がる。

 

 

「皆さん、お楽しみいただけてますか?」

ふわりと綺麗な物腰で現れたのは、このホストクラブのナンバーワンである、狂死郎さん。

 

 

「野郎に酒ついでもらっても何だかねェ」

「フフ…すいません、ホストクラブゆえ我々はこのようなもてなししか」

ぶつぶつ言う銀さんに何でも好きなものを頼んでください、と言って笑う。

 

「いらないよ、ちゃんと持ってきたから。ホラ煮豆!コレ年の数だけ食べな、そこの派手な兄ちゃんも!」

ぱかっと持ってきたお重のふたを開けて皆に箸を渡すお母さん。

その行動に驚きつつ、少しだけ新八くんと席を詰めて狂死郎さんにも座ってもらった。

 

 

「あの、狂死郎さんに聞きたいことがあるんですけど…あの、八郎さん?っていつから働いてるんですか?」

「彼はこの店の立ち上げの時から一緒にやってきた僕の親友です」

私の問いに優しい笑顔で答えをくれる。

視線を八郎さんに向けて笑う狂死郎さんは、なんだかとても綺麗だった。

 

 

「…さっきのような事も八郎さんの仕事なんですか?」

煮豆を食べる手を休めて新八くんが言う。

その間に私も煮豆をつまむ。あ、なんかすごく家庭の味がして美味しい。

 

 

 

狂死郎さんの話によると、整形に失敗してから八郎さんは用心棒のような仕事をしているらしい。

「この街でのし上がるにはキレイなままではいられないですから」

失ったものの方が得たものよりも多いと言う狂死郎さんの横顔が、すこし寂しく見えた。

 

「恥ずかしい話…親に顔向けできない連中ばかりですよ」

 

その笑顔がどこか切なくて、狂死郎さんから目が逸らせなかった。

けれど突然店の入り口から聞こえてきたガラスが割れるような音に私たちはびくりと体を震わせる。

 

 

 

「アニキ、おりましたわ。コイツが八郎です」

「ほーかィ。ほな早うこっち連れてきてェ。店に迷惑かかるやん」

音のした先で、腕に刺青をした男の人が八郎さんの足を掴んで引きずっているのが見えた。

ばっとその方向へ走り出した狂死郎さんを追おうとすると、銀さんに腕を引っ張られてソファの影に引き込まれた。

 

 

 

「ありゃ恐らく溝鼠組の黒駒の勝男。かぶき町四天王の一人、侠客泥水次郎長んトコの若頭だ」

うつ伏せになったまま、私に覆いかぶさるようにしてソファから店先を覗く。

でも何でモメてんだ、と呟いているとぐいっと神楽ちゃんが隙間に入り込んできた。

 

 

「ヤクよヤク。チャラ男どもが言ってたアル」

神楽ちゃんの話によると、勝男たちは自分たちが仕入れたヤクをここで売るように指示していたらしい。

それを狂死郎さんが断ってからこうやって嫌がらせするようになった、と。

 

「ったく、次から次に手のかかる息子だぜ。なあ母ちゃんよ」

くるりと私たちが座っていた場所を振り返ると、そこにお母さんの姿はない。

「ぎっ、銀さん!あそこあそこ!狂死郎さんのとこ!」

小声で銀さんを呼んで指をさす。

 

 

「ちょっとォォォ!何やってんのォォ!!血だらけじゃないのちょっとォォォ!!ちょっと、これっ、あの、ちょっとォォ!」

「何回言うねん」

勝男さんの冷ややかなツッコミが入る。

 

「あのババア…めんどくせーことしやがって…。、お前はここで待ってろ。絶対動くなよ」

そう言い残して銀さん達は奥のスタッフルームへと入っていった。

 

 

 

 

 

いつの間にか勝男さんとお母さんの間で7:3柿ピー談義が始まってしまった頃。

お客さんも逃げるように帰ったホストクラブに、聞きなれた声が響いた。

 

 

「今宵はホストクラブ高天原へようこそいらっしゃいました。当クラブトップ3ホストの一人、シンです」

「ギンです、ジャストドゥーイット」

「グラだぜフゥー」

 

なに勝手にスーツ着てホスト名乗ってんのあの三人。

おそらく狂死郎さんはそう思ったのだろう。顔がそんな感じにゆがんでいる。

 

 

その隙に髪型をオールバックにした神楽ちゃんがお母さんにボディブローを食らわせた。

「アレ?お客さん、もう潰れちゃったぜフゥー」

「いやオバはんまだ飲んでへんで」

 

 

銀さんたちの邪魔が入りつつも、勝男さんは話を進めた。

けれど狂死郎さんはきっぱりと勝男さんの誘いを断る。

「僕らはあなた達の力を借りるつもりはない。僕らは自分達の力だけでこの街で生きてきた」

これからも変わるつもりはない、としっかりした口調で言い切った。

 

 

「狂死郎さん!オラに構うことははい!」

溝鼠組の男に拘束されたままの八郎さんが狂死郎さんに向かって叫ぶ。

「泥水すすって顔まで変えて、それでもオラ達自分達の足で歩いていこうって決めたじゃないか!」

咳混じりの叫び声に銀さんたちも目を向ける。

 

 

 

「ええ度胸やないかァ」

勝男さんはぐっと八郎さんの髪を掴んでダァンッと床に叩きつけ、うつ伏せになった八郎さんに跨る。

 

「ほなこの街で生きてくゆーのがどんだけ恐いか教えたるで」

すっと腰に挿した刀を抜く。

「エンコヅメゆーのしっとるか?ワシらヤクザはケジメつけるとき指おとすんや」

まずい。これは非常にまずい。

このまま放っておいても銀さんたちがなんとかしてくれる、けど、私の足は考えるより先に動いていた。

 

 

 

「あー!この前の川原で会った方じゃないですか!」

「あん?」

私の大声に勝男さんは振り返り、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 

「ああ、あん時の犬の嬢ちゃんやないか。って何でこんなとこにおるん?」

刀を振り上げたまま私の方を見ながら言う。よし、覚えててくれたなら大丈夫、なんとか、なるはず。

「臨時バイトで奥にいたんですよー。あっ、それよりメルちゃん元気にしてます?お子さん生まれました?」

「いや、子はもう少し…」

そう呟いたとき、勝男さんの懐から携帯電話の着信音が響いた。

 

 

「うおああああ!!メルちゃんがたったいまワシのいぬ間にママになってしまいよったァァ!!」

「ほんとですか!おめでとうございます!あっ、でもそれならすぐ帰ってあげたほうがいいですよ!」

私の声に携帯電話をぱたんと閉じて、刀をしまって立ち上がる。

「そうやな!こうしちゃおれん、スグ引き上げるでェ!」

お前ら覚えときィ!と定番の台詞を残して走り去っていった勝男さんたちを見送り、私たちは胸を撫で下ろした。

 

 

 

ちゃーん…じっとしてろっつったよなァ?」

随分と低い銀さんの声に体が固まる。

「あ、あははは、いや、じっとしてるつもりだったんだけど、うん、なんかつい」

誤魔化すように笑っていると、店の奥から神楽ちゃんが走ってきた。

 

 

「大変アル!!おばちゃんがどこ捜してもいないアル!ひょっとして連中にさらわれてしまったのかも…!」

その言葉に一番最初に反応したのは、狂死郎さんだった。

「っ!母ちゃんが!!」

え。という声が、万事屋の三人からこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

店を飛び出した狂死郎さんを捜して、私たちと八郎さん…元花子さんの八郎さんと一緒にかぶき町を駆け回る。

「チッ、どこいったんだあいつ…」

さん、どこか心当たりっていうか、予想つきませんか」

新八くんに尋ねられ、視線が集中する。いや、知ってるけど、どこって言えばいいんだろう。

 

「ええと…話からして取引してるんだよね?だったら人目につかない…工事現場とか、かなー」

たぶん、と強調してみたけど新八くんは全面的に私の言葉を信じてくれてるらしい。

そしてハッとしたように、八郎さんは近くにある建設中の建物を教えてくれた。

顔を見合わせて頷いた私たちは、八郎さんに高天原で待機するように言って工事現場へと向かった。

 

 

 

 

 

いつの間にか日が暮れて真っ暗になったかぶき町の外れに、建設中の建物があった。

私と新八くんは近くにあったショベルカーやらの機械に乗り込み、銀さんと神楽ちゃんは建物に乗り込んだ。

 

 

屋根の方の鉄骨を見上げて、狂死郎さんが持っていたアタッシュケースを投げた瞬間。

ガァンッ、と銀さんが投げた木刀がケースを貫いて鉄骨の上の勝男さんに渡る前に地面に落下する。

 

「んな薄汚ねー連中に金なんざくれてやることねーよ」

どうして、というような目をしている狂死郎さんに向かって銀さんは言う。

「そいつは大事にとっとけ。母ちゃんにうまいモンのひとつでも食わせてやりな」

 

 

私と新八くんで目配せし、機械を思いっきり動かして建物に突っ込む。

鉄骨を運ぶための機械に揺られるようにして神楽ちゃんがお母さんを救出する。

ー新八ー!こっちは任務完了アル!」

「神楽ちゃんナイス!」

適当操作によって建物と一緒に溝鼠組の組員もなぎ倒し、残るは勝男さんだけ。

 

 

「溝鼠組だか二十日鼠だかしらねーけどな、溝ん中でも必死に泥かきわけて生きてる鼠を」

ぐっと木刀を握り締めて銀さんは狙いを定める。

 

 

「邪魔すんじゃねええええ!!!!!」

どがああんっと轟音が響き、勝男さんが積みあがった鉄骨に突っ込むように吹き飛んだ。

 

 

 

「あ、兄貴ィィィ!」

このやろう、と鋭い目を向ける組員の人に待ったをかけたのは、勝男さんだった。

 

「…ほっときほっとき。これでこの件から手ェ引いてもオジキに言い訳立つわ」

組員の人に肩を借りながら、勝男さんは銀さんに視線を移す。

 

「溝鼠にも溝鼠のルールがあるっちゅーこっちゃ。わしは借りた恩は必ず返す。7借りたら3返す」

やられた借りもな、3借りたら7や。

 

そう言って勝男さんは組員の人たちを連れて去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレだよ!砂糖とお酒入れて煮て食べるんだよそのカボチャ!」

「しつけーな何回同じ事言うんだよ!!」

 

あれからお母さんを連れて万事屋へ戻った私たちは、すぐに帰るというお母さんを玄関で見送っていた。

うん、すでに5分くらいはカボチャの煮方についてしゃべってる気がする。

 

 

「あの…結局…力になれなくて…すいませんでした」

お母さんが玄関の扉を閉める前に、新八くんが申し訳なさそうに言った。

結局、八郎さん…狂死郎さんも名乗ろうとしなかったから私たちも本当のことは黙っておいたのだ。

 

 

「何言ってんのさ」

ふっと笑って、お母さんは優しい笑顔で言う。

 

 

「会わしてくれたじゃないのさ」

 

 

 

 

 

 

ぴしゃん、と閉まった玄関。

「…もしかして、気づいてたのかもね。お母さん」

「だとしたら並みの勘の良さアルな」

ぎゅっと私の手を握って神楽ちゃんは笑う。

 

 

「せっかくですから、食べましょうか。カボチャ」

そうだね、と言って私たちは珍しく皆で夕飯の準備をした。

 

いつもよりちょっぴり暖かい食卓は、一日の疲れた体を優しくほぐしてくれるように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

長ェェェ!途中で切るタイミングが掴めませんでした。色々端折ってごめんなさい。

2012/01/06