「あっはっは、今日もおりょうちゃんは手厳しいのー」

「うちの店はセクハラ厳禁なんですー」

「あ、おりょうさん。お先に上がりますねー…ってうわ、どうしたんですか坂本さん!?」

「気にしなくていいわよちゃん。それより、夜道気をつけてね」

「あっはっは、泣いていい?」

 

 

 

第14曲 馬鹿だって風邪はひく

 

 

 

 

スナックでの仕事を終えて、かぶき町にネオンが点灯して昼間のように賑わう時間帯。

店の入り口に転がっていた坂本さんと共に万事屋への道を歩いていた。

夜も遅いから、ということで途中まで送ってくれるらしい。

 

 

「駄目ですよ、セクハラとかしちゃ。うちのお店はそういうの…徹底的に潰しますから…」

主にお妙さんが。と心の中で呟いた。

「セクハラじゃなかかー。ちょーっと、肩に腕まわしただけじゃき」

「あ、それうちの店じゃNGです」

 

 

からん、ころん、と坂本さんの下駄の音が心地よく響く。

「おお。そうじゃった、すっかり忘れちょった」

もう少しで万事屋に着くあたりで坂本さんがぽん、と手を打ってごそごそと懐を漁った。

 

「この間取り寄せた商品がひとつ余ってしまったきー、せっかくじゃからおんしにやるぜよ」

にかっと笑って坂本さんは私の前に一枚のハンカチを出した。

落ちついた色合いの、和柄のハンカチ。見ただけでも高そうな雰囲気が漂っている。

 

 

「こ、こんな高そうなもの貰えませんよ」

「わしが持ってても似合わんじゃろ。こういうのは可愛いおなごが持っててこそじゃき」

さらりとそう言って、私の手にハンカチを握らせる。あ、材質もすごく良い…。

 

「ほ、本当にいいんですか…?」

そう尋ねると坂本さんは笑顔で大きく頷いた。

「ありがとう、ございます。大切にしますね!」

大事にそれを握り、服のポケットにしまい込む。

 

 

「じゃ、金時によろしくのぅ」

「はい、銀さんによろしく伝えておきますねー」

いつまでたっても名前が覚えられないのか何なのか、銀さんを金時と呼ぶ坂本さんに手を振って別れた。

またお店来てくださいね、と思いながら万事屋への階段を上っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

なるべく静かに玄関を開けて、ただいまと言いながら居間の方へ向かう。

 

「遅い!!!」

「うおおっ!?」

居間の戸を開けた先に仁王立ちしていた銀さんにびっくりして思わず半歩下がる。

 

「び、びっくりした…」

はあ、と息を吐くと目の前にいつも和室にある置き時計をずいっと突き付けられた。

 

「今何時だと思ってんですかちゃん」

「え、えと、じゅ、10時半…ちょっと前です」

銀さんの声のトーンが低くて、少しびくびくしながら答える。

 

「そうだよなあ、10時過ぎてんだよなー。なんか最近、すこーしずつ帰りが遅くなってきてんですけどー」

「ごっ、ごごごごめんなさい!!」

笑顔なのに目が、目が笑っていない。

それどうやってやるんですか、といつも思う怖い顔で言われて思わず頭が下がる。

 

 

「…何かあって遅くなってるわけじゃ、ねーんだろうな」

「うん。それは無いから、大丈夫」

するりと銀さんの手が私の頬を滑り、冷えてる、という声が落ちてきた。

 

「たまには早く帰って来いよ」

「…うん。ごめんね、銀さん」

なんか、台詞の立場が逆な気がするけどあえてツッコミは入れないことにした。

 

 

「うし。んじゃ、さっさと風呂入って温まってこいよ。あ、なんなら一緒に入って」

「いってきまーす。あ、銀さん先に寝てていいからね!」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

おはようございますーと言って新八くんが万事屋にやってくる頃、神楽ちゃんも押入れから出てきた。

朝ご飯作っておいたよ、と言って居間を見渡す。

 

「あれ?銀さんまだ起きてきてないの?」

「しょうがない人ですね…。僕起こしてきます、神楽ちゃんお茶の準備しておいてね」

あくびをする神楽ちゃんにそう言い残して新八くんは和室へ入っていった。

 

 

そんな新八くんが、ばたばたと慌てて居間に戻ってくるまでにそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

「えーっと…うわ、40度も熱あるじゃん…!」

見事なまでにしっかりと風邪を引いた銀さんを囲むようにして私と神楽ちゃんと新八くんが座る。

 

「私のマミーが言ってたよ、バカはカゼひかないって。なのに何故アルカ?」

布団に寝転んだままの銀さんを覗きこんでいる神楽ちゃん。

それに対する返事は銀さんのかすれた咳だった。

 

 

「あ。そういえばこの前桂さんに貰ったマスクがあったはず…えーとどこにしまったっけ」

「僕、お粥作ってきますね。あと薬も探してみます」

そっと部屋を出て行く私たちの背中に突き刺さる、銀さんの視線。

 

「ねえ何故アルカ、なんで銀ちゃんカゼ引いたアルカ?」

「………」

黙ったままの銀さんをとりあえず放置して、私と新八くんは必要なものを探しに居間へ戻った。

 

 

 

 

戸棚や箪笥、押入れを捜索して冷えピタと風邪薬を持って銀さんの元へ向かう。

「銀さん、もう少しでお粥できるみたいだから。マスクして冷えピタ貼って待っててね」

ばり、と粘着部分のビニールを剥がして銀さんのおでこに冷えピタを貼る。うわ、おでこ熱い。

 

「いいなーマスク…。カッケーな、私もつけたいなー。ねー、私にも冷えピタ一枚ちょうだいヨー」

「あー。でもこれでラストなんだよね」

銀ちゃんは今使ってるから大丈夫アル、と言って神楽ちゃんは私の手から冷えピタを奪って自分のおでこに貼った。

今度また買いに行かなくちゃなあ…。また桂さんいないかな、いたらおまけしてくれないかな。

 

 

 

「銀さーん、お粥できましたよ」

そんなことを考えているとお粥を持って新八くんが和室に戻ってきた。

のそのそと体を起こして銀さんはお粥に目を向ける。

 

「スイマセン、あんま食欲ないんですけど」

「食べないと治りませんよ。食べて汗かいて寝る、それが一番風邪にきくんです」

お鍋から少しお粥を小皿にとって銀さんに差し出すが、銀さんはぼんやりそれを見つめるだけ。

 

 

「ちょっとは食べないと、薬も飲めないんだから。ほら、あーん」

新八くんの手から小皿を受け取って、スプーンでお粥を掬う。

 

「…え、なに、どうしたのちゃん。いつもはやってって言ってもやってくれないのに」

「アンタさんに普段何を言ってるんですか」

冷めた目で銀さんを見る新八くんを乗り越えて、神楽ちゃんが声を上げる。

 

 

「銀ちゃんばっかりズルイアル、お粥食べてマスクしてにあーんされてちょっとしたパーティアル、私もカゼひきたいネ」

「バカだろお前。カゼをひけ、頭がカゼをひけ」

結局神楽ちゃんがお鍋からお玉でお粥を食べつくした。

どうしたものかと思っていると、玄関の方からインターホンの音が聞こえてきた。

 

 

「あ、ヤベ。今日仕事入ってたんだ」

「起きちゃ駄目だよ、40度も熱あるんだからおとなしく寝てなくちゃ」

のそりと布団から出る銀さんを押しとどめようとした手を、ゆるく掴まれる。

 

「仕事断るわけにもいかねーだろ」

銀さんはいつもより熱く、力の入っていない手で私を押しのけるようにして立ち上がろうとする。

「この寒い中カゼもひかねーバカ共に任せちゃおけねーってんだよ」

 

「コラ」

びしっと、銀さんの目の前に手を突き出したのは神楽ちゃんだった。

 

 

「待つアル。誰がバカだって?」

 

そう言った神楽ちゃんの目は、何かを思いついたように輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

何かとヒロインと銀さんの立場が逆です。

しばらくシリアスだったり真面目だったりなので、ちょっとゆるいお話にする予定です。

2012/01/21