「すみませーん、おじゃましまーす。先日仕事の依頼をした者なんですが」
「オイオイノックもなしにズカズカ人んち入り込んでくるたァ、随分と不躾なお客さんだ」
「インターホン押してたよ」
「何の用だィ?万事屋グラちゃんたァ俺のことアル」
第15曲 万事屋役割ローテーション
居間の方で神楽ちゃんと新八くん、そして依頼人の奥さんの話声が聞こえてくる。
カゼを引いている銀さんの代わりに自分がなんとかすると言い張った神楽ちゃんは
いつも銀さんが着ている着流しを羽織って、依頼人さんの話を聞いている。
「銀さんはそんな風に隙間から居間を覗いてないで、ちゃんと寝てカゼ治してよね」
「いやだって、不安だろ。心配とかじゃなくて、不安なんだよ」
それもどうなのかと思いながら冷えピタの換えが無いか探そうと立ち上がる。
「…ちゃん。何、その恰好」
「え?ああ、神楽ちゃんが銀さん役やってるから、今日は私が神楽ちゃん役なんだって」
前にスナックすまいるでチャイナ娘強化月間をしていたときのチャイナ服がこんなところで役立つなんて思わなかった。
「あ、ああ、そう。俺の幻覚か何かかと思ったじゃねーかコノヤロー」
もぞもぞと布団に潜り込んでじっと見つめられるが、なんだかむず痒い。
「…えーと。とりあえず、お水とか持ってくるからー」
「待てよ」
ぱしっと今朝よりは少しだけ力の入った手で足首を掴まれる。
ほんのり赤い顔で、やや焦点がぼやけているのだろう銀さんの視線が私に注がれる。
え、いや、ちょっと待って、何この流れ…!
そう思っていると、突然居間に繋がる方の襖がバーンと開いて、依頼人さんの子供と定春が乱入してきた。
きゃっきゃとはしゃいで部屋の中を走り回る3人の子供と定春。
「………」
「…私、お水持ってこようかな!じゃ、銀さんのこと頼んだよ定春!今日は噛んじゃだめだからね!」
わふ、と銀さんのそばであくびをした定春を後にして私は銀さんの手を振り払って台所へ向かった。
「びっ…くり、した…」
はあ、と息を吐いて深呼吸をする。
息を整えてからお水を準備して再び深呼吸を繰り返した。
「おっ、落ち着け!お前まだあの事疑ってんのか!?俺は猿飛さんとは浮気なんて」
「とはってなんじゃコラァァァ!!!」
部屋に戻ろうとしたら襖に穴があいていた。
というか、依頼人の奥さんとその旦那さんらしき人とさっちゃんが部屋にいた。
「あら、久しぶりね」
「さっちゃん!久しぶりー!」
銀さんの枕元にお水を置くと、銀さんの布団にもぐろうとしていたさっちゃんがにこりと笑った。
「あれ。ってこのドM女とそんなに仲良かったっけ?」
ぐいぐいと布団から追い出そうとさっちゃんを押しのけてはいるが、いつもの力が入っていないのかさっちゃんも負けていない。
「たまに町で会って…まあ色々女同士の話し合いが盛り上がってね」
知らぬ間に良い女友達になっていた、というわけだ。
そんな話をしていると、銀さんの横に旦那さんがどしゃりと倒れ込んできた。
ふん、と鼻を鳴らして手をぱんぱんと払って居間に戻って行った奥さんを呆然と見送る。た、たくましい。
さっちゃんから聞いた話では、旦那さんの浮気調査が今回の依頼内容のようだ。
「…で。どうなの、実際のところ」
「やってませんよ」
布団から蹴りだされたさっちゃんは、今度は銀さんの枕元であり私の隣に正座した。
「まーま、わかりますよ。あんなカミさんじゃ他の女に逃げたくなる気持ちも」
「やってないって言ってるでしょ」
ちらりと居間にいる奥さんに目を向けると、煙草をふかしながら舌打ちをしていた。
「でもあんだけ怒り狂うってことはアンタにほれてるって証拠だからねコレ。俺もちったァ妬いてもらいてーよ」
「あ、さっちゃん。お茶飲む?」
「気を遣わなくていいのよ、でも折角だからもらおうかしら」
「ほらこれだよ全然聞いてねーもん」
寝返りを打った銀さんが何かもごもご言っていたが、とりあえず台所へ戻った。
お茶を淹れて、居間の方へ立ち寄る。
奥さんにもお茶を出すと、少し気持ちが落ち着いてきたのかチラリと和室に目を向けていた。
「…あの、もう少し、待っててください。きっと旦那さんは浮気なんてしてませんから」
でも、と奥さんは口ごもる。
「大丈夫ですよ。あの二人が、浮気してないって証拠を持ってきてくれますから」
ぽかんとした奥さんに笑いかけて私は和室へと戻った。
さっちゃんにお茶を渡して、しばらくすると玄関がカラカラと開く音がした。
神楽ちゃんと新八くんが浮気調査から帰ってきたのであろう音に、私たちは皆で居間に続く襖に張り付いた。
「奥さん、旦那さんからの贈り物です」
二人が持っていた額縁に入った絵は、花びらで作られた顔…なんだけど、随分とのっぺりしている。
けれど、まち子へと名前入りでそこには愛情がこもって…いるんだろうなあと…思うんだけど、うん。
「贈り物?なにそれ」
「旦那さんは浮気なんかしてませんでした。コレを奥さんに内緒でつくるためにコソコソやってたようです」
すっと二人が奥さんに差し出した花絵を受け取った奥さんはその絵をじっと見て、ぴしりと表情を強張らせた。
「まち子って誰だコラァァァ!バカにするのも大概にしろォォォ!!!」
ばっしーんと絵を床に叩きつけて奥さんは万事屋を飛び出していった。
それを追うように旦那さんも万事屋から飛び出していった。
「…あれ、名前間違えちゃったの?」
和室から居間へと出て行くと新八くんがひきつった顔でこっちを向いた。
「さん…。忘れないように道に花びらで名前書いてきたんですけど、どこで間違ったんですかね…」
「花びらで、名前書いてきたの?」
そう問いかけると新八くんと神楽ちゃんは、こくんと頷いた。
「…じゃあ、きっと大丈夫。あとは二人がうまくやってると思うから」
首を傾げている二人に背を向けて、奥さんたちの子供にも後を追うように言う。
おじゃましましたー、と笑いながら家を出て行った子供たちを見送った。
それから日付が変わって、奥さんと旦那さんはちゃんと仲直りしたらしい。
今ではまた仲良くやっているみたいよ、と、そんな話を町でさっちゃんから聞いた。
よかった、と相槌を返して私は薬局の袋を持って万事屋へと戻った。
「ただいまー。冷えピタ買ってきたよー」
「す、いません…まさか僕らまでカゼ引くなんて…」
「まち子かみち子か考えてたら熱出たアル」
くしゃみをしながら神楽ちゃんは布団の中でごろんごろんと寝返りを打つ。
「バカだろ、お前らやっぱりバカだろ。まち子だよまち子」
みち子さんだよ、と一応訂正を入れてから私は三人分の看病をする生活を送った。
あとがき
さっちゃんとも仲良くなりたいのです…!
ちょっとゆったりしたお話で今回の章は締めくくり。
2012/02/12