「お妙さァァァん!!どうか局長の女房に…俺たちの姐さんになってくだせェェェ!」

「なんですかコレは。腰の低い恐喝?」

 

 

 

 

第1曲 赤飯を炊くにはまだ早い

 

 

 

 

「あー?姉貴が朝帰り?」

「そーなんです。朝帰りって言うか仕事柄いつも朝帰りなんですけどォ」

とあるお屋敷の屋根修理の依頼を受け、トンカンと鳴る金づちの音にまぎれて銀さんと新八くんの声が聞こえる。

 

 

「今日はいつもより遅く帰ってきて僕と目も会わせずに着替えてまたすぐ出てきました」

「新八、そういう時はなァ黙って赤飯炊いてやれ」

「やめてくんない!!!姉上は結婚するまでそーいうのはナイです!!しばき回しますよ!!」

がしゃん、と積み上げてあった瓦が崩れる音がする。

 

 

 

「ふああ……」

、今日はなんだか眠そうアル。昨日何かあったアルか?」

修理をしているのか破壊をしているのか微妙な作業中の神楽ちゃんが私の顔を覗きこむ。

 

「あーうん。昨日ちょっとね、お店で色々…ありまして」

新八くんの話していることに直結する出来事があったのだけど、まあ、私が口をはさめるわけもなく。

壮絶な場面を、ただ呆然と見ていたのだ。

 

 

「もしかしても赤飯アルか」

「何だとォォォ!!お前結婚するまでそういうのはナイって言ってただろ!」

「言った覚えはないけど、まあ、ないよ。っていうか私はほんとに何もないから!」

突然割り込んできた銀さんの声で少し眠気が飛んだ。

 

 

銀さんはそれならいい、と言ってお昼ご飯用に持ってきた豆パンを皆に配る。

「あの、さん…。ほんとに昨日何があったんですか?」

銀さんから貰った豆パンの袋を開けると同時に新八くんが隣に座ってそう尋ねてきた。

「うーん。説明するのがちょっと大変なんだけど…とりあえず、赤飯はいらないと思うよ」

 

たぶん。

そう心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

午前から始めていた屋根の修理も終わり、新八くんと一緒に依頼料を受け取ってきた。

神楽ちゃんと銀さんは持ってきた道具の片づけをしているはずだ。

 

「結構貰えましたねー」

「うん、折角だからお妙さんの分も入れてハーゲンダッツでも買って帰ろうか」

「そうですね!」

なんてことない会話をしながら屋敷の廊下を歩いていると、ガタガタと物音が聞こえてきた。

 

 

なんでしょうね、と言いかけた新八くんの言葉と歩みが突然止まる。

どうしたのと尋ねるよりも先に、目に飛び込んできた光景。

 

 

 

お妙さんと昨日お店に来ていた男の子の影が重なる。

一瞬、この空間の音も時間も何もかもが止まったような気がした。

 

 

 

「やめてっ!!」

静寂を破ったのはお妙さんが男の子を突き飛ばした音だった。

 

 

そこでやっと、私たちとお妙さんの目が合う。

「し…新ちゃん、ちゃん…ち、違うの、これは…」

その声も聞こえていないのか、新八くんは襖も机も気にかけることなく男の子に掴みかかる。

 

 

 

「何やっちゃってんのお前らァァァァァ!!!!」

ドンッと男の子の襟元を掴み上げて叫ぶが、顔色一つ変えず男の子はじっと新八くんの目を見据える。

 

「相も変わらず姉離れができていないらしい。いい加減君も、強くなったらどうだ」

すっと新八くんの足を払って、一瞬の隙を突いて新八くんを背負い投げた。

「新ちゃん!!」

隣の部屋へ続く襖を破り倒して吹き飛んだ新八くんに、私とお妙さんが駆け寄る。

 

 

「別れの時だ。君がそんな事では妙ちゃんも心配で家を出られんだろう」

「!あんた…九兵衛さん…柳生九兵衛さんか!」

壊れた机や襖の切れ端を払って新八くんは体を起こす。

 

「いきなり現れて何言ってるんだ!家を出るって一体どういう…」

「そういう意味さ。君はしらんのかもしれんが、僕と妙ちゃんは幼い頃夫婦になる誓いを共に立てた許嫁だ」

じっと新八くんを見下ろす隻眼がちらりと私に移る。

 

 

「君は…昨日あの店にいた子か」

できれば私に話を振らないでほしかったとか、そんなことが頭をよぎる。

こくんと頷き、視線を泳がせながら口を開く。

 

「ええと…許嫁と言っても、幼い頃のことなんですよね?大事なのは今のお妙さんの気持ちなんじゃないですか?」

「そうですよ、姉上!何か…何か言ってくださいよ」

ゆらゆらと揺れるお妙さんの目。

ぎゅっと手を前で組み、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

「新ちゃん、ちゃん…ごめんなさい、私…」

 

すっと九兵衛さんに向かって歩みを進めたお妙さんの背を見つめる。

何て言葉をかけたらいいのか分からずにいると、突然銀さんと神楽ちゃん更に近藤さんが転がり込んできた。

 

 

 

「ぐえぶ!」

「いでででで!オイぃぃ、お前!アレなんとかしろよ、お前のペットなんだろ!」

転がり込んできた三人の後ろには動物園でも飼育が難しそうな大きさのゴリラがいた。

 

「違う!実はアレ王女!!ってアレ?お妙さん!!」

ぱっと近藤さんが顔を上げた先に立っていたお妙さんが少しだけたじろいだ。

 

「アレ何これ、なんかマズイとこ入ってきた?」

「アネゴ!こんな所で何やってるアルか!?」

同じように体を起こす銀さんと神楽ちゃんも周りを見渡す。

いつもなら入るはずの新八くんのツッコミも無く、私も声が出せない。

 

 

「…みんな」

お妙さんがぎゅっと手を握りしめ、少しだけ私たちの方へと振り返る。

 

 

「さようなら」

 

 

その声に強さは無く、かたかたと小さく震えていた。

目に溜まった涙が意味するのは何なのか。その答えは、おそらく皆心のどこかで分かっていた。

 

 

 

「オイ」

銀さんが伸ばしかけた手はお妙さんに届かず、それよりも暴れ出したゴリラによって破壊される屋敷から離れることの方が先決だった。

その崩壊の中を九兵衛さんはお妙さんを連れて振り返る事無く走り去って行く。

 

 

 

残された私たちの逃げる音、屋敷が壊れる音、そして新八くんがお妙さんを呼ぶ声が頭に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

トリップ連載第7章。またシリアスからスタートしますが、お付き合いいただけたら幸いです。

2012/03/24