「新八、今日も来ないネ。ねえ銀ちゃん、アネゴもう帰ってこないアルか?」

「嫁ぐ前なんだ、花嫁修業でもしてんだろ。なんせ柳生家っちゃ名家中の名家だからな」

「私のマミー言ってたヨ、結婚する…笑ってられるの最初のうちアル。鬼ババになることもアルネ」

「……」

「でも、最期の時また笑えたらそれ上々な人生ネ。アネゴ…笑って死ねるアルか」

「…笑うだろ、あいつなら。それよりもいねーんだけど。どこいったんだよアイツ」

「それなら手紙預かってるネ」

「早くだせよそれェェェ!!!」

 

 

 

 

第2曲 正義でも悪でもない、君の味方

 

 

 

 

「木刀?」

「はい、一本貸してほしいんですけど」

ぽつぽつと雨音が真選組屯所の中にいても襖越しに聞こえてくる。

 

「なんでい、お前戦えたんですかィ」

「え、いえ。違いますよ、その…一応?恰好だけはー的な感じで持っておこうかと」

ばりばりと音を立てて煎餅をかじりながら沖田さんは私に目を向ける。

 

 

「戦う術を知らねぇ奴がなんで木刀なんざいるんだよ」

「…ちょっとしたヤボ用です」

何かを探るような土方さんの視線から逃れるようにさっと目を逸らす。

私が前に松陽先生から貰った木刀は、紅桜の時に折れちゃったし。

銀さんに言っても留守番してろとか言われるっていうか、たぶん、万事屋に木刀2本も無いと思う。

 

「まあいいじゃないですか土方さん。意外な所で才能が芽生えるかもしれませんぜ」

「……」

チッと小さく舌打ちをして土方さんは立ち上がり、ついて来いと言った。

 

 

「んじゃ、腹ごしらえも済んだことですし。俺も行きやすかねぇ」

「え?沖田さんお出かけですか?」

立ちあがって体をほぐすように伸びをする沖田さんは私の言葉にくすりと笑う。

 

「…ちょっとした、ヤボ用でさァ」

 

 

 

 

 

 

 

ぽたり、ぽたりと落ちる雨音が小さくなる。

そんな雨音をかき消すようにばたんがたんと騒々しい音が屋敷の門の向こう側から聞こえてくる。

すっと木刀を構えた我らが万事屋の主は、その扉を叩き壊すほどの勢いで打ち開いた。

 

 

「新八ィ、今日から俺らも門下だ。なんだって?天然パーマ流?」

 

 

「銀さん!!神楽ちゃんにさん!!」

「お前ら!!」

屋敷、柳生家の庭で繰り広げられる戦闘の中心にいた新八くんと近藤さんが振り返る。

柳生家の前で示し合わせたかのように合流した私と土方さんと沖田さん、そして銀さんと神楽ちゃん。

ギッと柳生の門下生を睨みつけた後、弾かれたように飛びかかって行く4人。

 

 

「新八ィてめェは減給だぜバカタレェ!!なんでこんなマネする前に俺に一言言わなかった!」

「そうアル!一人でこんな面白そうな事シコシコ計画して!お前はもう今日からシコッ八な!!」

道場破りでもしに来たかのような勢いで、柳生の門下生をなぎ倒していく二人。

 

「ついでにも減給だからな!一人で真選組なんか行くんじゃありません!」

「だから一応書き置きしたじゃん!」

それなのに減給とはどういうことよ。まあ大して給料貰ってないから変化ないだろうけど。

 

「失礼でさァ旦那。なら丁重にもてなしやすぜ」

「君の丁重は信用ならねーんだよサド野郎。あとそっちのマヨラーもな」

「なんでだ」

木刀を振るいながら普通に会話をしていく三人を後ろから眺める。

 

 

いつの間にか柳生の門下生はわらわらと散って逃げ出していた。

雨も止み、静まった柳生家の庭に新八くんの声がぽつりと零れた。

 

 

「銀さん…僕ねェ、もうシスコンと呼ばれてもいいです。僕は姉上が大好きですよ」

ぎゅっと木刀を握る新八くんの背を、銀さんたちが見つめる。

「姉上が幸せになれるなら誰だって構やしないんです。泣きながら赤飯炊く覚悟はもうできてるんだ」

かたかたと木刀を握る手が震え、新八くんの声も小さく震える。

 

「そりゃ僕は泣きますよ…でも、泣いてる姉上を見送るなんてマネはまっぴら御免こうむります」

ずず、と鼻水をすする音にまぎれながらも新八くんははっきりと、言う。

 

「僕は姉上にはいつも笑っていてほしいんです。それが姉弟でしょ」

 

 

ぐっと銀さんに手を引かれて私は足を前に進める。神楽ちゃんも同時に、歩き出す。

「銀ちゃん、アネゴがホントにあのチビ助にほれてたらどうなるネ。私たち完全に悪役アル」

「悪役にゃ慣れてるだろ。人の邪魔するのもな。俺達ゃ正義の味方でもてめーのネーちゃんの味方でもねェよ」

新八くんに目を向けず、迷いの無い足取りで柳生家の屋敷へと歩みを進める。

 

 

「てめーの味方だ」

 

 

 

銀さんの言葉にこくりと大きく頷いて、私たちは柳生の道場へと足を踏み込んだ。

家族を、姉を大切に思うのは何も悪い事じゃない。幸せになってほしいと思うのが、普通なんだから。

 

 

 

さっきまでの騒々しさが嘘のように静まった柳生家の道場へ向かう。

真っ先に道場の戸を開けた神楽ちゃんに向かって、なぜか突然御膳が飛んできた。

 

「オイ、チャイナ。股から卵たれてるぜィ。排卵日か?」

すぐ後ろを歩いていた沖田さんが神楽ちゃんの隣に立ってさらりと言った。

瞬間、神楽ちゃんは沖田さんの顔面を鷲掴み、道場の奥へと思い切りぶん投げた。いやまあ、気持ちは分かる。

 

「今のは総悟が悪い」

「ていうか女の子に対してセクハラですよあれ」

ハンカチで神楽ちゃんの服を拭いてあげながら、土方さんの言葉に頷いた。

 

 

 

「いやァよく来てくれましたね、道場破りさん。天下の柳生流にたった7人で乗り込んでくるとは…いやはやたいした度胸」

道場の奥から現れたのは、どこかさっきまでの門下生と違う強者の雰囲気を醸し出す男の人たち。

 

「しかし快進撃もここまで。我等柳生家の守護を司る柳生四天王と対峙したからには、ここから生きて出られると思いますな」

 

 

「あん?てめーらみてーなモンに用はねーんだよ。大将出せコラ」

銀さんが言う中、さっき神楽ちゃんに投げ飛ばされた沖田さんの首に刀が当てられる。

「アンタらのようなザコ、若に会わせられるわけねーだろ。オラッ、得物捨てな。人質が…」

「おりゃああああ!!!」

 

 

「ぎゃああああ!!!ちょっ、何してんの!?」

ドスドスッとほぼ沖田さんがいた場所に命中する皆の得物。

間一髪逃げた沖田さんも顔が引きつっている。

 

「捨てろって言うから」

「どんな捨て方!?人質が見えねーのか!しかも一番戦力外っぽい女の子が一番危ねェ!」

首飾りをした軟派っぽい雰囲気の男の人、南戸さんがちらりとこっちを見る。

「えっ、ごめんなさい!こんな長いもの放り投げたことなかったんで!」

ていうか、あれ真選組に借りたやつだった。あとで回収すればいいか。

 

 

、気にするな。残念ながらそいつに人質の価値はねェ」

「殺せヨー殺せヨー」

さっきの恨みだろうか、神楽ちゃんはたぶん狙って沖田さんの所へ傘を投げたのだろう。

「てめーらあとで覚えてろィ」

眉間にしわを寄せながら沖田さんは隙をついてこちらに戻ってきた。

 

 

「東城殿、こ奴らの始末、俺に…」

眼鏡をかけた男の人が刀に手をかけた時。凛とした声が道場を一気に静まらせた。

 

 

「やめろ。それは僕の妻の親族だ。手荒なマネはよせ」

 

そう言って柳生四天王を制した九兵衛さんはちらりと私たちに目を向けてふっと笑みを浮かべた。

「まァゾロゾロと。新八君、君の姉への執着がここまで強いとは思わなかった」

「今日は恒道館の主として来た。志村妙は当道場の大切な門弟である」

強い視線で新八くんは九兵衛さんをとらえる。

 

「これをもらいたいのであれば主である僕に話を通すのが筋」

「同じく剣を学び生きる身ならわかるだろう。侍は口で語るより剣で語る方が早い」

すっと近藤さんが新八くんの横に立ち、九兵衛さんに向かって不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「…勝負しろと、そういうことか」

九兵衛さんは負けるわけがない、と思っているような笑顔でそう言った。

 

 

 

 

あとがき

いろいろ端折ってますが、とりあえず13巻ラストまでぎっちり詰め込んでみました。

相変わらずヒロインは非戦闘員です。

2012/04/18