「ですよね!やっぱり九兵衛さんには可愛い服の方が似合いそうですよねー!」

「ええ。それはもう」

「今の恰好もかっこよくて素敵ですけど、新しい恰好にも挑戦してほしいなって思うんです」

「ええ、若は何を着ても似合いますから」

 

 

 

 

第4曲 強くて可愛くて大切な

 

 

 

 

土方さんたちから離れて屋敷内を走り回っていたところで、東城さんが南戸さんの皿を粉砕した瞬間に立ち会ってしまった。

正直、あ、これ死んだわ。と思ったけれどなんとかこうして打ち解けられたというか、生き延びられている。

 

家の中にどうして竹林があるのだろうと思いながら、東城さんと何気ない話をしながら歩いていた。

一応命と皿の危機からは逃れたけれど、これからどうしよう。

 

 

「しかし、どうして私の皿を割ろうとしないのですか」

大将ではない者の皿など、割る必要もないということですかとにこやかな笑顔で問われる。

「いえ、勝てる気がしないからです」

キッパリと言い切ると、東城さんは少しだけ声を零して笑った。

 

 

「っふ、なるほど、潔い答えですね。確かに勝てる見込みが無い相手に突っ込むなど、命を無駄にするだけ」

やっぱりさっき降参ポーズとっておいてよかった。もう少しで死ぬところだったよ私。

 

「ところで」

言うと同時に私の手首を掴み上げ、傍に立つ木に思い切り体を押しつけられる。

ドンッと凄い音を立てた木からはらはらと木の葉が舞い落ちる。

 

うっ、と呻き声が漏れ、背中と捻り上げられた腕に走る痛みに顔を歪めた。

更には喉元に刀を突き付けられ、それはきらりと太陽光を反射させる。

 

 

「どこで知ったんですか、若の秘密を」

 

 

にこりと先ほどと何ら変わりない笑顔で問う東城さん。

けれど、漂う殺気はハンパじゃない。

 

「な…なんとなく、そう、かなーと…」

少しでも動いたら喉に刺さりそうな刀も心配だが、東城さんから視線が逸らせない。駄目、無理、怖い。

なんとかそれだけ声に出し、口の中に溜まる生唾をごくりと飲み込む。

 

 

「……。嘘ではなさそうですね」

すっと刀を引っ込めて鞘に収め、ぱっと手を離す。

同時に地面にへたり込む私に目もくれず東城さんは背を向ける。

 

 

「まあ、それを口外したところで若の弱みにはなりませんけどね」

 

痛いほどに鳴る心臓を押さえて、私はそのまま地面に座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

「ってこんなとこで座ってる場合じゃないんだよ…!お妙さん探さなきゃ!」

と意気込んでみたものの、足は正直なものでさっきから力が抜けてふらふらしている。

持ってきた木刀は既に杖の役割しか果たしていない。

 

「ていうか…ここどこ…?せめて建物に到達したいんだけどなあ…」

「なんじゃ、お嬢ちゃん迷子か」

「へ?」

きょろきょろと周りを見渡しても人影は無い。

えっうっそ幽霊さん?と思ったが、こっちじゃこっち、という声のする方へ首を傾ける。

 

 

「はろー」

ひらひらと手を振って竹に張り付くようにしていた小柄なおじいさんは、ひらりと竹の上から私の元へ降りてきた。

その額に結ばれた皿は、今の私にとって顔を引きつらせるための要因にしかならなかった。

 

「…えっと、あの、ま、迷子なんですよー。母屋の方に行きたいんですけど…おじいさん知ってます?」

「おーおー、知っとるぞ。あ、わしは敏木斎といってな。敏ちゃんでええぞ」

にこにことしているおじいさん…敏木斎さん。いやもうそういう笑顔には騙されないからね!

 

 

「で。お嬢ちゃんは戦わんのか?」

え、と声を出す前に反射的に皿を巻いた方の足を一歩大きく後ろへ引く。

どすっ、とさっきまで私の足があった場所に突き立った木刀。

 

「良い動きするではないか」

じっと下からの目線に冷や汗が頬を滑って行く。

 

 

「さ、さすが大将さん、ですね」

「ほー。わしが大将とわかっとったとはのぅ」

じりじりと後ずさり、間合いをとる。

 

「この勝負どっちが勝っても結果は変わらないと思うんですよ。…だって、女の子同士で結婚なんて、法律が許さない」

「…ほう…」

敏木斎さんはすっと何かを見定めるかのように眼を細める。

 

 

「だから、今なら私がデコピンでお皿割ります。痛くしませんから。怪我しないで終わるのが一番じゃないですか」

警戒心を解くように、しゃがみ込んで同じくらいの視線の高さで指を弾く動作をする。

 

「私は新八くんやみんなに怪我してほしくない。敏木斎さんだって、九兵衛さんに怪我なんてしてほしくないですよね?」

「まあわしにとって九兵衛は可愛い孫じゃからのー」

刺さった木刀をぎこぎこと引きぬいて砂を払う。

 

 

「じゃがそれでは、九兵衛が納得せんじゃろうな」

肩に担ぐように木刀を持った敏木斎さんは竹林へ視線を移す。

「…やっぱり、そうですよね。だから説得に行こうと思いまして」

甘い考えだということは分かっていた。でも、できるなら誰も怪我なんてしないで終わってほしい。

 

 

すっと立ち上がって、スカートの裾を正す。

「母屋の場所…いえ、お妙さんの居場所を教えてもらえませんか」

そう言い切るとほぼ同時に敏木斎さんの木刀の切っ先がこちらに向く。

やっぱり一筋縄じゃいかないか、と奥歯を噛みしめると竹林から何かが近づいてくる音が聞こえた。

 

 

さすがに柳生家の人に挟み撃ちにされたら、皿どころか命が危ない。

そう思った瞬間。すぐ近くに生えた竹が数本、こちらに向かって倒れ込んできた。

 

「えっ、ちょ、えええ!?」

どこへ逃げるべきかという考えが頭を巡る前に、後ろから思い切り腕を引かれた。

思わずぎゅっと目を閉じ、ガラガラッという音と砂ぼこりが収まった頃に目をゆっくり開ける。

 

 

「何でお前こんなとこにいるんだよ、新八たちと一緒じゃなかったのか」

後ろから聞こえる声と、お腹のあたりに回った腕。

 

「あの猿ジジイ、油断してると皿持ってかれるぞ」

「ぎ、んさん…」

右手で木刀を敏木斎さんに向け、左腕で私の身体を支えてくれたのは銀さんだった。

 

 

軽い身のこなしで倒れてきた竹を避けた敏木斎さんは、最初会った時のようにまた竹の上に登っていた。

「大丈夫か、とりあえず怪我…はしてねーみたいだな」

「うん、おかげさま…で?」

流れ的に今の竹倒したの銀さんだよね。と思った所為で少し疑問形になってしまった。

 

 

「あ、怪我はしてなくても皿は!皿は大丈夫か!?」

すっとお腹に回っていた銀さんの手がスカートの上から太腿をなぞる。

「ひっ!わ、うわああああああ!!!!」

反射的に振り上げた腕は、ガッと良い音を立てて銀さんの顔に直撃した。

 

 

「ナイスヒットじゃな」

「あああああ!ご、ごめん銀さん!」

竹の上から聞こえた声を背に、その場に倒れた銀さんの体をゆする。

いやでも、今のは、私が100パーセント悪いわけじゃないよねと心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

あとがき

味方側との絡みが超少ない上にセクハラオチという。

東城さんが好きなんでウッカリ絡ませてしまいました。

2012/06/10