「ふ…ふふ…お花畑が見える…あっヅラが手ぇ振ってらぁ」

「ちょっ、ごめんってば!戻ってきてよ銀さん!ていうか桂さん生きてるから!死んでないから!」

「あーなんかちゃんが膝枕でもしてくれたら生き返れる気がする…」

「調子乗るな」

「すいません」

 

 

 

 

第5曲 過去から現在へ

 

 

 

 

怪我してほしくないと言った私が銀さんをノックアウトさせてしまった。

でも反射的に防衛本能が動いただけであって、故意にやったわけじゃないから許してほしい。

 

「で、だ。、お前のことだから九兵衛の事は…わかってんだろ」

銀さんが言おうとしているのはおそらく、さっき私が敏木斎さんと話した内容のこと。九兵衛さんが女であるということ。

「そっちの兄ちゃんも気付いとったか。…あれがあんな風に育っちまったのは、全部わしらのせいでな」

私がこくりと頷くと、敏木斎さんが竹の上の方にしがみついたまま、小さく息を吸った。

 

 

柳生家の家督は代々男が継ぐものであったが、柳生家の息子…いや、娘は一人しかいなかった。

九兵衛さんのお母さんは、彼女を生んですぐに亡くなってしまったため跡継ぎは九兵衛さんと定めるしかなかった。

そのため、一部の者には女であるということを隠し、男として育て名実ともに強さを身に着けさせようとした。

 

「でも、それはきっと…九兵衛さんにとってプレッシャーであり、重荷だった」

「そうなんじゃろうな。だからこそ、同じ女の身でありながら強く生きる妙ちゃんに憧れたんじゃろう」

 

けれどそんなお妙さんの笑顔の裏に抱えるものを知った時、九兵衛さんは彼女を護りたいと思ったんだ。

男よりも女よりも、誰よりも強くなろうと。

 

 

「そして道場に来た借金取りからお妙さんを護って、左目を…」

ふっと左目に眼帯をつけた九兵衛さんの顔を思い出す。

「九兵衛はお妙ちゃんを必要とし、お妙ちゃんも九兵衛の支えになりたいと思うておる」

「女同士であっても、それもひとつの愛だって…言うんですね」

 

ヒュッと木刀を構えて竹から飛び降りた敏木斎さんの纏う空気が変わる。

ぞくりとそれを感じ取ると同時に銀さんが私の前に出て、木刀を構えて、叫ぶ。

 

 

「勝手なことをゴチャゴチャぬかしてんじゃねェェ!!!」

 

ガキィィンと折れそうなほど強い音がぶつかりあった木刀の間に響く。

 

「愛の形!?相手の気持ち一つ察せてねーで気持ちワリーこと言ってんじゃねェェ!!」

走るぞ、いう目配せに頷いて銀さんの後方を追いかける。

竹藪を走り抜け、眼前に白い人工の壁が見えてきた。

 

「男も女も超えた世界!?んなもん知るかァァボケェェェ!!」

ガツンガツンと木刀が打ちあう音、そして聞こえてくるもうひとつの声。

 

「惚れた相手を泣かせるような奴は、男でも女でもねェ!」

ぐっと銀さんに腕を掴まれ、走る勢いのまま壁を駆けあがり、屋根へ引っ張り上げられた。

 

「「チンカスじゃボケェェェ!!!」」

耳に、体にびりびりと振動がくるほどの音と声で迎え撃つ相手を吹き飛ばす。

そして屋根に残ったのは、銀さんと新八くんのふたりだった。

 

 

「貴様らァァ!バカ騒ぎをやめろォ!これ以上柳生家の看板に泥を塗ることは許さん!!ひっとらえろォォ!」

奥の部屋から襖を破壊せん勢いで開いたのは、おそらく九兵衛さんのお父様。

同時に柳生門下生が一気に流れ込んでくる。

 

その奥に見えるは、ずっと探していたお妙さんの姿。

 

 

「邪魔をすんじゃねぇぇ!!男と男…いや侍の決闘を邪魔することはこの悟罹羅勲が許さん!!」

傾れ込む門下生たちをなぎ払うように木刀を振るうは、近藤さん。

 

「旦那ァ!片足じゃもって5分でさァ、早いとこ片付けてくだせェ!」

「なんで乗ってんだテメーは!」

土方さんの上に無理やり乗ったのか、肩車状態で同じく木刀を振るい血路を開く沖田さんと土方さん。

 

「アネゴォォ!男どもが頼りないから私らが来たアルヨ!ー!こっち来るアル!」

ばっと両手を広げた神楽ちゃんに向かって屋根から飛び降りる。

ぎゅっと受け止めてくれた神楽ちゃんにお礼を言って、私はお妙さんの方へ向かう。

 

 

 

「お妙さんっ!本当に、これでいいの?本当に九兵衛さんと結婚するの?お妙さんの今の気持ちは、どうなの!?」

お妙さんの肩に手をかけ、じっとその眼を見つめる。

 

昔じゃない、今の、現在の気持ちを教えてと。

 

 

ちゃん…っ…私、みんなの所に帰りたい…!」

すっと頬を伝う涙は、ぽたりと床にこぼれおちる。

「…うん」

お妙さんの涙を服の袖でぽんぽんと拭き取り、ぐるっと視界に銀さんと新八くんを入れる。

 

 

「銀さーん!新八くーん!聞こえたよねーーー!?」

屋根から飛び降りて同時に何人かの門下生をなぎ倒し、二人はニッと笑ってブイサインを送ってきた。

私もそれに笑顔で返し、もう一度お妙さんに向き直る。

 

 

「私はもう一仕事あるから、ちょっと行ってくるね。絶対迎えに来るから…それまで新八くんのこと見ててあげて」

目元をきゅっと袖で拭ってお妙さんは新八くんたちの方に目を向けた。

 

私は荒れかえった屋敷の中を見回しながらあるものを探す。

きらりと一瞬太陽の光を反射したそれに手を伸ばすと、庭から話声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「お笑いじゃないか新八君。姉上を取り返そうと仲間を引き連れ乗り込んできた君が一番の足手まといとは」

壊れて崩れ落ちた襖は庭の声をかき消そうとしない。

「君は昔からそうだった。誰かの陰に隠れ、誰かに護られ、君を護るものの気持ちなど知りもしない」

冷たく、刺さるような声音。

 

「妙ちゃんの顔に何故あんな偽物の笑顔がはりついてしまったか、君にわかるか」

木刀を構えたまま、九兵衛さんの言葉に目を見開く新八くん。

 

 

「それは新八君、きみが弱かったからだ」

それほど大きな声ではなかったのに、その言葉はやけに大きく頭に響いた。

 

 

「君に妙ちゃんは護れない、護る資格もない、彼女を護れるのは僕だけだァァァ!!!」

 

 

「そんなことない!!!」

九兵衛さんの攻撃を受け止めた銀さんの木刀の衝撃音に負けないくらい、自分でも驚くほどの声が出た。

 

「新八くんは、力だけじゃない、相手のことを考えて思いやる優しい強さを持った人だよ!」

私の声に庭にいた銀さん、九兵衛さん、敏木斎さん、そして新八くんの新線が集まる。

 

「私は…私は新八くんの優しさに何度も助けられてきたんだから!」

私の勘を信じると言ってくれた、違う世界の人間なのにおかえりと言って迎えてくれた。

 

 

「今の新八くんは、ちゃんと仲間を護れるひとです!!」

どくんどくんと心臓が痛いほど音を立てる。

 

、と小さく口を動かす銀さんに向かってひゅっと敏木斎さんが木刀を構えて飛びかかる。

それを庇うように新八くんが銀さんを突き飛ばす。

しかし敏木斎さんの攻撃には少しの揺らぎもなく、振りかぶられた木刀は新八くんをこちら側に向かって吹き飛ばした。

 

って、え、こっち?

 

 

「新八!!!」

既に半壊していた屋敷は、新八くんが吹き飛ばされてきた衝撃で更にがらがらと崩れ落ちる。

その音に、私はぎゅっと目を瞑る。

 

 

「うおおおおおおっ!!!」

声の主は新八くん。

 

何事かと思い薄目を開けると、立ち上る砂埃の中で新八くんが九兵衛さんを吹き飛ばしたのが見えた。

 

 

 

 

 

あとがき

またしても終われなかった。くっ…次回で多分柳生編区切れるはず…!

この連載、実はなんやかんやで結構新八にお世話になってます。

2012/07/08