「…ただいまー」

「おかえりー」

「あ、あの…急で申し訳ないんだけど、銀さん、明日って暇?」

「…………。暇、超暇でェェェす!!!!!」

 

 

 

第8曲 いざ、お水の花道へ

 

 

 

「…っていう前フリがあるからさ、もしかしてこれデートのお誘いかなとか期待しちゃったじゃん。なのに何このメンツ」

「あはは、ご、ごめんなさい」

長ソファに座る、私と銀さんと新八くんと神楽ちゃん、そしてお妙さんとスナックすまいる店長。

ここは昼間のスナックすまいる店内である。

 

実は昨夜、今日働くはずだったキャバ嬢のほぼ全員が夏風邪をひいてしまったという事実が発覚した。

そして次々に休みを申し出て、残ったのが私とお妙さんだけだったのだ。

いくらなんでもこれじゃ店を開けられない。

 

 

「キャバ嬢二人じゃ店を開くこともままならなくてね。銀さんなら顔も広いしカワイイ娘の二人や三人スグ紹介できるでしょ」

「カワイイ娘がいるなら俺が紹介してほしいよ」

言うと同時に目の前にある水の入ったコップの氷がカランと切ない音を立てた。

 

「カワイイ娘ならここにいるアルヨ」

「今夜はウチによく来る松平公の知り合い、幕府のお偉いさんが店に来ることになっててね」

「オイ無視してんじゃねーぞ」

「こんな上客が掴めるチャンスは滅多にないのよ、報酬もはずむよ」

店長と銀さんが会話する間、ひたすら無視されている神楽ちゃんを慰めるべく頭を撫でてあげる。

 

 

店長の言うように今日はこうした上客からの予約が入ってしまっているので急に店を休むわけにはいかない。

普段なら店員風邪につき、で臨時休業してしまうのだけど。

 

 

 

「あの、私の友達で良ければ呼びましょうか?カワイイ娘いますよ」

カワイイ娘、カワイイ娘…と念仏のように唱え出した銀さんの声を遮るようにお妙さんが小さく手を上げる。

 

「ダメだ。女の言うカワイイ娘は信用ならねェ。大体自分よりランク下の奴連れてくんだよ」

「銀さんなんか嫌な思い出でもあるんですか」

でも、私もそれ男子が学校で言ってるの聞いたことあるわ。

 

 

 

 

「すいません」

 

どんよりとした空気が漂いかけていた店内に凛とした声が響く。

 

「あの、妙ちゃんとちゃんはおられるか?差し入れを…」

「………」

それは、まさに女神の降臨だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャアアアアア!!」

「わああああ!!」

「おおおおおお!!」

「日本語喋れお前ら」

銀さんのツッコミは耳を通り抜けてどこかへ消え去った。

 

「あの、ちょっと、何を…」

差し入れを持ってきてくれた九兵衛さんもとい九ちゃんを店の奥へ引っ張り込み、

お妙さんが九ちゃんにお店にあった花柄のミニ丈の着物を着せて私が髪をツインテールに結い上げた。

それだけで一気にイメージは変わり、とても可愛らしい女の子へと変わる。

 

 

「九ちゃんカワイイ!」

ぎゅっと九ちゃんに抱きつくお妙さん、それに対して頬を赤く染める九ちゃん。

やばいこれは可愛い、ほんと可愛い。

おっと今の内に事情を説明しておかなくちゃ。

 

 

「貴様らァァァ!若になにをしているかァァ!!」

きゃいきゃいと声を上げる私たちの後ろから、護衛としてついてきた東城さんの声が振りかかる。

 

「待ておちつけちょっと色々ワケがあって」

「ちょっとだけだから力貸して下さい!すいまっせんホントすいまっせん!」

今にも暴れそうな東城さんを銀さんと新八くんでなんとか抑えこむ。

 

「ふざけるなァ!貴様らもしっているだろう!!若は…若はゴスロリの方が似合うぞ!!」

言うが早いか、九ちゃんの蹴りが東城さんを吹き飛ばした。

 

 

ダァンと床に倒れた東城さんに見向きもせず九ちゃんは何事もなかったかのように私たちに向き直る。

「キャバ嬢…というのがどういう仕事かよくわからんが、やってみるよ」

「いけませんぞ若!キャバ嬢などというふしだらなマネ!わかっているのですか!?」

しゅたっと起き上った東城さんがグッと拳を握る。

「キャバ嬢とは見ず知らずの男とマットの上でなんかヌルヌルになってものスゴイ気持ちイイ…」

「違う。お前の通ってる店は、それキャバクラ違う」

 

 

銀さんと通ってるだの通ってないだの言い合いを始めた東城さんたちをおいといて、そういえばそうだと思い出す。

「そうだよね、九ちゃん男の人苦手なんだよね。大丈夫?無理だったら言っていいんだよ」

「友人と話す感覚でいけばいいのだろう?」

「私はいつもそういう感覚でやってるけど…今日の相手はちょっと予測がつかないんだよね」

なにせ幕府のお偉いさん、だ。

いったい誰が来るのやら。

 

 

 

「中にはケツとか触ってくるヤツもいるぜ?大丈夫か」

今のところそういう被害にはあってないけれど、銀さんの言うことも一理ある。

 

「多少の恥なら我慢する。君らには色々迷惑をかけた恩に報いたい」

そう強く言う九ちゃんの目は強く、私もお妙さんも口をはさめなかった。

 

「んじゃお言葉に甘えるが、あんまり無理しなさんなよ。男でも女でもケツ触られりゃイヤがんのが自然な反応ってもんだ」

そう言ってぽん、と九ちゃんの肩に手を置いた瞬間だった。

 

 

「うがあああああああ」

がしりと肩に乗った手を掴み、そのまま背負い投げの要領で銀さんを襖ごと吹き飛ばした。

 

 

「…ほんと、無理しなくていいんだよ、九ちゃん」

「す、すまない。次は気をつける」

しゅんとした九ちゃんの手をそっと包む。

あ、やっぱり女の子は大丈夫なんだ。

 

 

「もうわかり申した!」

踏み出した足がダァンという音を出し、その場にいた人が全員東城さんを見る。

 

「この東城歩、若の御身を護るが生涯の務め。私もキャバ嬢になって若を最後まで護り通します!!」

「なんでそうなるんですか」

新八くんのツッコミは正論だった。

 

 

「そして殿!」

「えっ、は、はい!?」

ずんずん詰め寄ってくる東城さんから逃れるように一歩後退する。

「今となっては、若にゴスロリを着せ隊同盟を組んだ殿だけが頼りなんです!どうか若をお護り下さいッ」

 

確かに九ちゃんってゴスロリも似合いそうですよねーという話はしたが同盟を組んだ覚えはない。

しかし。

「……りょ、了解」

今の私にはそう返事をするしか無かった。

 

 

 

 

 

東城さんとの話を終えてお店の方へ戻るとふっと頭上が暗くなった。

「うわああ!」

天井からどしゃりと何かが降ってきた。それも、人が。

 

 

「さ、さっちゃん!?」

「あだだ…あら

床に倒れたさっちゃんの頭に刺さっている、洞爺湖と書かれた木刀。

 

「オイ立てコラストーカー。今日からお前もキャバ嬢だ」

ずぼっとその木刀を引き抜いた銀さんは、さっちゃんを見下ろして言い放つ。

何よそれ…と呟きながらゆらりと立ち上がるさっちゃんの背中越しに銀さんを見る。

 

「柳生編だかなんだかしらないけど、散々長い事放置プレイして久しぶりに会えたと思ったらキャバ嬢になれ!?」

叫ぶさっちゃんを他所に銀さんは心配するなとでも言うように私と視線を合わせて小さく頷いた。

 

 

「そんな…そんなのって………興奮するじゃないのォォォ!どれだけ私のツボを心得ているのよォ!!」

 

 

いつもの忍者服をバッと脱ぎ捨てた下には、レザー皮のSMスタイルボンテージ。

さっちゃん、それキャバ嬢じゃない、なんか違う。

 

 

「な、大丈夫だったろ。これでとりあえず6人か」

「これ大丈夫にカウントしていいの…?って6人?」

手招きで銀さんに呼ばれ、あっち見てみろと指された方を見る。

そこには九ちゃん、東城さん、お妙さん、さっちゃん、そしてキャサリンがいた。

 

「えっキャサリン!?いつの間に!?」

「タダ酒飲メルキイテナ!」

「そ、れはそうかもしれないけどなぜソープ嬢スタイル」

気付けば東城さんもソープ嬢スタイルだ。

 

 

いくらなんでもと思い、お妙さんと店長と満場一致で着替えるように言おうとした瞬間だった。

「店長ォォ!お客様きましたァァ!」

「えっもう!?とっ、とりあえず出迎えられる子は出てきて!」

真っ先に走り出したお妙さんと九ちゃん。

 

 

私も本当なら走っていかなくてはならないのだけど、ちらりとソファに目を向ける。

「ねえ銀さん」

私が何を言おうとしたのか察してくれたのか、ふう、と息をひとつ吐いてソファに伏せる神楽ちゃんに声をかけた。

 

 

 

「酒は飲むなよ。オロナミンCまでなら勘弁してやる」

 

「ぎ…銀ちゃあああん!!」

「ウワアアア!これキャバクラじゃない、化け物屋敷ですよ!!」

それもそのはず、塗りたくられた厚化粧と涙と共に流れ落ちるアイシャドウ…だったもの。

しかし今はお色直しなんてしている時間は無い。

「とりあえず神楽ちゃん、これで目元だけ拭きながら入り口ダッシュ!」

「わかったネ!」

 

 

 

本当にこれで大丈夫なのだろうか。

そんな不安で賑やかな夜はまだ始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

なんやかんやで柳生家と仲良しなヒロイン。

2013/01/13