「よーうちゃん!」
「こんばんは、今日のお客さんって松平さんだったんですねー」
「いやいや、今日のメインは違ぇんだなコレが」
「え?」
「…では、お気をつけていってらっしゃいませ。上様」
第9曲 将軍様ゲーム
上様。
珍しい名字だなあ、なんて考えは上様本人を目にした時に吹き飛んだ。
そしてその人を送ってきた沖田さんと土方さんに、今回は粗相犯したらマジで首飛ぶぞと脅された。
緊張感に包まれる真選組隊士の人たちを差し置いて、将ちゃんこっち、と手招きしながら呼ぶ松平さん。
「カワイイあだ名ですわ、将ちゃんて。でも本名の方も教えて下さいな」
「征夷大将軍、徳川茂茂。将軍だから将ちゃんでいい」
何もよくない!!
普通に喋ってるけどお妙さん、その人本物の征夷大将軍!
なんてここで突っ込めたらどんなに良いだろうと思っていると、新八くんも似たような表情をしていた。
「で、銀さんたちは何でソープ嬢スタイルなの?」
「時間が無かったんだ。あと俺のことはパー子、こいつのことはパチ恵と呼べよ」
小さく頷いてから、姿が見えないキャサリンと東城さんのことを聞くと殉職したと言われた。何事だ。
とにかく緊張なのか何なのか、カタカタ震えそうになる手を抑えて松平さんと九ちゃんの間に座る。
どうしたものかと思いながらソフトドリンクを飲んでいると、松平さんがパンと手を叩いた。
「じゃ、ここはやっぱりアレだ!将軍様ゲームぅぅはっじめるよー!」
ドンドンパフパフとどこからともなく効果音が聞こえてきた。
辺りを見回すと発信源はお妙さんだった。やばい、プロだ。
さて将軍様ゲームとは。
前に松平さんから教えてもらったルールによると私の世界で言う王様ゲームと同じようなシステムらしい。
割り箸に番号を書き、その中に一本だけ将軍の割り箸を入れておく。
それを引いた人が番号を指定して様々な命令を下せると言う訳だ。ちなみに命令拒否は不可である。
「、いつもこういうのやってるアルか?」
「いや、松平さんが来た時くらいしかやらないよ」
「ちゃんその話後で詳しく」
向かい側に座る銀…パー子さんに聞こえたらしく、その視線から逃れるようにサッと目線を逸らした。
そんなやりとりをしているうちに松平さんが割り箸の準備をしてくれていた。
今回は進行役になってくれるらしい。…ちゃんと上様に、気を遣ってるんだなあ。
うん、そうだよね、上様…将軍様に楽しんでもらわないといけないわけだよね、と心の中で唱える。
「よーしじゃあ始めるぞ、ホラ早いもん勝ちでくじを引き抜…」
松平さんが言った瞬間。
襲いかかるほどの勢いで飛びかかって行った、女子軍。
えっちょ、待ってこれお持て成しのためのゲームじゃないの!?
初っ端から吹き飛ぶ机、そして松平さん。しかし微動だにしない将軍様。あれが威厳というやつか…!
しかし女子軍のあまりの勢いに松平さんも、その手に握られていたくじも吹き飛んでしまった。
「あーあ待ってください、もうくじがメチャクチャ。代わりに私がくじ持つからみんな、せーので来てください」
散らばり落ちた割り箸をかき集めて拾い上げたパチ恵さんがあからさまなほどに将軍と書いた割り箸を引き出しておく。
「せーのッ!!!」
ダァンと机に足を踏み出して将軍様に割り箸を差し出す。
そんなパチ恵さんの勢いを上回るほどの迫力で割り箸に飛びかかる女子軍。
伊達に夜兎だったり忍者だったりしないなあ、なんて思いながら将軍割り箸の行き先を探す。
「あー私将軍だわ」
その声は私が予想していた方向とは逆、お妙さんたちの中からではなくパー子さんから聞こえてきた。
「えーと、じゃあ四番引いた人、下着姿になってもらえますぅ」
確かにこのゲーム、王様ポジションになる以外にも視覚的に誰かを楽しませることができる。
ちなみに私は四番じゃない。セーフ!
じゃあ誰が、と周りを見渡すと、下着姿になっていたのは将軍様だった。
ウ、ウワアアアアア!首が飛ぶ!ここにいる人たちの首が飛ぶ!
「しょ…将軍様、お着物、たたんでおきます、ね」
それしか言えなかった。
しかし素直だな将軍様。
「ヤベーよなんで四番引いてんだよあのバカ殿。しかもよりによってもっさりブリーフの日にあたっちまったよ」
「将軍家は代々もっさりブリーフ派だ」
「ヤベーよきこえてたよしかも毎日もっさりライフだよ」
「ちょ、パー子さん独り言大きい」
ちょっと黙ってと耳打ちしているとキャアアとお妙さんの歓声が上がった。
「やったァァァ!私が将軍よ!」
いつの間に二回戦始まったんですか!とツッコミを入れるパチ恵さんを無視してお妙さんは頬に手を当てる。
「じゃあ…三番の人がこの場で一番さむそうな人に着物を貸してあげる」
「姉上…!」
ちらりと私たちの方を向いてウインクをするお妙さん。さすがだ…プロだ…!!
これなら大丈夫と思ってぐっと目を閉じ、再び開くと、将軍様がパンイチどころか全裸になっていた。
「ちょっ、えええええ」
思わず声も出るよ!なぜだ!なぜそんなに運が悪いんですか将軍様!
そしてさっちゃんは嫌そうな顔をしないであげてえええ!
「ヤベーよ将軍あっちの方は将軍じゃねーよ足軽だよ。は直視すんなよ」
「できないよ。誰のでもできないよ」
「将軍家は代々あっちの方は足軽だ」
「ヤベーよきこえてたよもう確実に打ち首獄門だよ」
だから独り言が大きいんだってば、とコソコソ言い合う私たち。
ああもう将軍様涙目になってきてる…!
この現状をどうしたらいいのか、頭が回らない。
そんな中さっちゃんの嬉々とした声が響いた。
「ついに私の時代が来たわ!私の願いはただひとつ、銀さんとセッ」
「番号で言えボケェェ!!!」
ゴッとお妙さんのかかと落としがさっちゃんにクリーンヒットする。
「さ、さっちゃん…」
なんとかこの現状を打破してくださいと願いを込めて傍に駆け寄る。
「…。しょうがないわね」
こほんとひとつ咳払いをして立ち上がる。
「トランクスを。…五番の人はトランクスを買ってきなさい」
今回だけよ、と言うさっちゃんに小さくありがとうとお礼を言う。
ホッと一息ついてから、私の視界にいるお妙さん、神楽ちゃん、パチ恵さんの誰も動かないことに気付いた。
まさかと思うと、パー子さんがぽんと私の肩に手を置いて店の入り口を指差す。
「う、うわあああ!将軍様ストップー!!!」
やっぱり将軍様だった!五番引いたの将軍様だった!!
そしてやっぱり素直に命令聞きすぎです将軍様!
なんの躊躇いも無く外へ出て行く将軍様を追ってパー子さんたち。
そのあとを追う前に、私は床に転がっていたペンを見てピンと閃いた。
「待って神楽ちゃん、パチ恵さん、急いで何も書いてない割り箸持ってきて!」
「え、どうするんですかさん」
ちょっとね、と言って私は転がっていたペンを拾い上げた。
外に出ると既に大事になっており、あまりの予想外な事態に警備についていた真選組隊士の人たちも狼狽ていた。
「貴様らァァ!将軍様に何をしたァァ!」
しいていえば将軍様の自滅です、とも言えず無言で真選組の警備を走って突破する。
さすがに警護対象が対象なだけに警備も厳重で、パトカーだけでなく戦車までもがパー子さんたちを追いかけていた。
「くっ…神楽ちゃん、これ持って先に行って!」
「分かったアル!」
ぱしっと私が差し出した割り箸の束を受け取り、加速する神楽ちゃん。
その背をパチ恵さんと追いかける。いやほんとに早いな神楽ちゃん。
「早くくじ引くアル!」
「お前らまだやってんのか!」
そんな声が前方から聞こえてくる。
やっとみんなの最後尾あたりに追いついた時、将軍様はすっと割り箸の束から一本それを引き抜いた。
「…!」
ハッとした顔になった将軍様の表情を見て、私とパチ恵さんで顔を見合わせる。
そう、あの割り箸は。
「将軍様、我等になんなりとご命令を」
将軍様専用の、ちょっぴりズルな割り箸なのだ。
フッとやっと顔に笑みの色が浮かんだ。
それは今日初めて見た、将軍様の笑顔だった。
追ってくる真選組の人たちを食い止めるパー子さんたちから離れ、私と九ちゃんは大江戸マートにいた。
「…上様、お下着の方お持ちしました」
自動ドアを出た先のベンチに座る将軍様の背に話しかける九ちゃん。
まあうん、正面には行き辛いのが現状である。
「えと、色々と失礼な事を…」
「いいんだ」
本当に首が飛んだらどうしようと思いながら謝罪を口にしようとすると、やけに清々しい声に遮られた。
「楽しかったよ」
少しだけ振り返って笑う将軍様。
その笑顔はとても優しく、なんだか拍子抜けしてしまった。
身分は違えど同じ人間。
楽しいと感じる感覚に、上様も民間人もないのだろう。
かくいう私も、あんなドタバタな状態だったけれど…それも含めて楽しいと、感じていた。
「また片栗粉に連れてきてもらうぞ。その時はまた余と遊…」
九ちゃんが差し出したコンビニの袋に手を伸ばしながら言う将軍様。
その一瞬、九ちゃんの手に将軍様の手が触れた瞬間。
「うわあああああああああ!!!」
バッシャアアアアン、と将軍様をベンチもろとも投げ飛ばした九ちゃん。
「…あ」
無意識にやってしまったことらしく、サッと顔を青くして私の方を見る九ちゃん。
「……タオル買ってこよっか」
「…すまない」
あとがき
ここまで全力で遊べたら楽しいと思います。
2012/02/23