「今日は楽しかったです、そーちゃん色々ありがとう。また近いうちに会いましょう」

「今日くらいウチの屯所に泊まればいいのに」

「ごめんなさい、むこうの家でやらなければならない事があって」

「それじゃ姉上、僕はこれで」

「あっ…そーちゃん!…あの、あの人は」

「野郎とは会わせねーぜ」

 

 

 

第11曲 それは甘くて温くて苦しいもの

 

 

 

 

ミツバさんに告げた声色は冷たく、その場にいた私と銀さんは顔を見合わせて首を傾げた。

そして振り返ることなく、沖田さんは屯所へ向かって帰っていってしまった。

 

「ごめんなさい、我儘な子で。坂田さんもちゃんも、今日は付き合ってくれてほんとうにありがとうございました」

「いえいえ!私も楽しかったですから、気にしないでください」

頭を下げるミツバさんに両手を左右に振りながら言う。

 

 

「…私のせいなんです、幼くして両親を亡くしたあの子にさびしい思いをさせまいと甘やかして育てたから…」

顔を上げてはくれたものの、伏し目のままミツバさんの声が夜の静けさに溶けていく。

 

「身勝手で頑固で負けず嫌いで。そんなんだから昔から一人ぼっち…友達なんていなかったんです。

近藤さんに出会わなかったら今頃どうなっていたか…。今でもちょっと怖いんです、あの子ちゃんとしてるのかって」

ぎゅっと握り合わせた手が震えている。

心配ではなく、怖いと言ったミツバさんの手が。

 

 

「ホントは…あなたも友達なんかじゃないんでしょ、彼女っていうのも…」

「ああそうだよ、はあいつの彼女なんかじゃねえ」

私よりも先に銀さんが言葉を遮った。

 

 

「アイツがちゃんとしてるわけないでしょ、仕事サボるわSに目覚めるわ不祥事起こすわ。ロクなもんじゃねーよ」

「そ、れは…否定しきれないけど、けど、私は沖田さんのお友達でありたいと思ってるよ」

ぐるりと銀さんの前に回り込んで告げる。

否定はしきれないけれど、それこそが沖田さんなのだから。

 

「お前はそのままでいいけどな、俺みたいなのとつき合ってたらロクな事にならねーぜ。友達くらい選ばなきゃいけねーよ」

 

知らぬ間に力が入っていた肩が下がる。

…素直じゃないなあ、なんて思っていたら後ろからくすくすと小さな笑い声が聞こえた。

 

 

「おかしな人。でも、どうりであの子がなつくはずだわ。…なんとなくあの人に似てるもの」

「あ?」

そういえばさっきも沖田さんに言ってた、あの人って誰だろう。

それを聞く前にカッと眩しい光が私たちを照らした。

 

 

すぐ近くに停まったパトカーの運転席の扉が開く。

「オイ。てめーらそこで何やってる?この屋敷の……」

うわ、補導されたりしないよね、なんて思いは一瞬にして消える。

だって降りてきたその人は私も銀さんもよく知っている人だったから。

 

 

けれど、その人の目は私でも銀さんでもなく、ミツバさんを捉えていた。

 

「と…十四郎さ…」

 

ぽつりと零れた名前。

そしてヒュッと空気を吸い込む音の次に、げほごほと喉が切れそうな咳を繰り出すミツバさん。

「ミ、ミツバさんっ」

ぐらりと揺れたのは世界ではなく、ミツバさんの体。

間一髪、倒れ込んだ体を受け止めたものの力の抜けた人というのは案外重い。

勢いのまま尻もちをつき、鈍い痛みがびりびりと体に伝わる。

 

どうして急に、そんな考えが頭をよぎった時。屋敷の扉が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の中へミツバさんを運び、布団に寝かせていると少しずつミツバさんの呼吸も落ちついてきたようだ。

私と銀さん、そしてパトカーに乗り合わせていた山崎さんはミツバさんの眠る部屋の隣から様子を窺っていた。

 

 

「ところで旦那もちゃんもなんでこんなとこに?」

「「なりゆき」」

見事にハモった。

 

「そういうお前はどうしてアフロ?」

そう。さっきからずっと気になっていたのだけど、シリアスシーンすぎてつっこめなかった。

山崎さんのサラサラヘアーは一体どこへいってしまったのだ。

 

「…なりゆきです」

「どういうなりゆきですか。最初、山崎さんだって気付きませんでしたよ」

「えっ!?」

ショックだ…と落ち込む山崎さんの背を撫でながらちらりと縁側に目を向ける。

 

 

「そちらさんはなりゆきってカンジじゃなさそーだな。ツラ見ただけで倒れちまうたァ、よっぽどの事があったんじゃねーの?」

 

ふうっと煙草の煙が揺らぐ。

「てめーにゃ関係ねェ」

短く返事をした土方さんは外を向いたままで、どんな表情をしているのかさっぱり分からない。

 

 

そんな土方さんの背に銀さんがニヤニヤしながら言葉をぶつける。

「あっすいませーん、男と女の関係に他人が首突っ込むなんざ野暮ですたー」

「ダメですよ旦那ー、ああ見えて副長純情なんだからー」

「そうなんですかー、土方さん女慣れしてそうなのに…へええー、青春ですねぇー」

 

キャッキャウフフ。

そんなノリで内緒話とはいえない声の大きさで会話をつづけているとついに土方さんが刀を抜いた。

 

「関係ねーっつってんだろうがぁぁぁ!!!てめーまで悪乗りしてんじゃねーっつか何でここにいるんだ!!!」

「副長落ちついてェェ!隣に病人がいるんですよ!!」

さすがにヤバいと思った山崎さんが土方さんを取り押さえる。

危ない危ない、つい雰囲気に乗ってしまった。

 

 

すっかりいつものノリで騒いでいた私たち。

その部屋の戸がスッと静かに開いた。

 

「みなさん、何のお構いもなく申し訳ございません。ミツバを屋敷まで運んでくださったようで、お礼申しあげます」

襖の向こうにいたのはこの屋敷の主さんであろう男の人。

「私、貿易業を営んでおります"転海屋"蔵場当馬と申します」

ご丁寧にどうも、とお辞儀を返すとこっそり山崎さんがミツバさんの旦那さんになる人です、と耳打ちしてくれた。

 

 

「もしかしてみなさん、ミツバの弟さんのご友人…」

「友達なんかじゃねーですよ」

ギシッと縁側の床が軋む音が耳に届き、顔を向けるとさっき屯所へ帰ったはずの人がいた。

 

「総悟君、来てくれたか。ミツバさんが…」

当馬さんが駆け寄る前に沖田さんは土方さんに向かって一直線に歩いて行く。

他の人なんて誰ひとり見えていないかのように。

 

 

「土方さんじゃありやせんか。こんな所でお会いするたァ奇遇だなァ」

どこか、いつもみたいなからかう口調じゃない、変な感じがした。

 

 

「どのツラさげて姉上に会いにこれたんでィ」

 

表情こそいつもと変わらないけれど、その声の冷たさは刺さるほどのもののように感じられる。

ぞくりとした所で山崎さんが二人の間へ入ろうと立ち上がった。

 

「違うんです!沖田さん、俺達はここに……ぶっ!!」

「邪魔したな」

土方さんは山崎さんを蹴り倒し、首根っこを掴んで引きずりながら部屋を出て行った。

 

 

「…ちっ」

ほとんど無意識に出たであろう舌打ちをして、沖田さんはそのまま土方さんの背を睨んでいた。

 

 

「じゃ、俺らも帰るか」

「え、でも」

「そろそろ帰らねーと神楽が拗ねるぞ。ほら」

銀さんにぐっと手を引かれて立ち上がり、引っぱられるがままその場を後にする。

 

 

どこを見つめているのかわからない、立ちつくしたままの沖田さんを残して。

 

 

 

 

 

 

あとがき

単行本で見た時にアフロが誰かわからなかったのは私です。

2013/06/16