「ミーツバさんっ、依頼の品お届けにあがりました!」

「スゴイ、ホントに依頼すればなんでもやってくれるのね」

「万事屋だからな。オラ、食い過ぎんなよ、痔に障るぞ」

「あなた私が痔で昏倒したと思ってるんですか」

 

 

 

第12曲 入り込ませて、その場所に

 

 

 

 

遠慮もデリカシーも無い言葉に冷静にツッコミを返すミツバさんの顔色はずいぶんと良くなったように思える。

あれからミツバさんが病院に入院したと言うことを山崎さんに聞いて、銀さんと私はお見舞いに来た。

そこで私たちは、激辛せんべいを買ってきてほしいという依頼を受けていたのだ。

 

 

 

ばりっ、と袋を開ける音が室内に響く。

ちゃんもどう?美味しいわよ」

「…せっかくの品ですから!ミツバさんに食べてほしいなーって」

「そう?ふふ、じゃあ有り難く頂くわね」

 

音は実に美味しそうなのだが、いかんせん水無しでは食べられたものじゃない。

ミツバさんの味覚は一体どうなっているのだろう。

 

 

「おめーもどうよ?バナナとかもあるぞ」

銀さんのその問いかけは私にかけられたものではなく、かといってミツバさんでもないように感じて首を傾げる。

 

「いえ結構です。隠密活動の時は常にソーセージを携帯しているので」

 

「…なにやってるんですか山崎さん」

「しまったァァァ!!」

ミツバさんのベッドの下からぬっと手が出てきたものだから心臓が冷えた。

相変わらずアフロのままの山崎さんはソーセージを片手に一体何をしていたのやら。

 

「オラッ、隠密活動とか言えば何でも通ると思ってんじゃねーぞ」

「痛っ!蹴らないでくださいってば!ちょ、痛い!」

がすがすとベッドの下に潜んでいた山崎さんを蹴る銀さんを、私とミツバさんは顔を見合せてくすりと笑った。

 

 

 

「よし、ちょっとコイツしばいてくるわ」

そう言って銀さんは山崎さんをひきずって部屋を出て行った。

 

「大丈夫ですかね、山崎さん」

「お手柔らかにしてくれるといいんだけど」

二人が出て行った扉を見ながら私たちはそう零した。

 

 

病院の真っ白な部屋でカーテンが揺れる。

ちゃんは、好きな人っていないの?」

「へっ!?」

突然の問いかけに勢いよくミツバさんを振り返る。

そばにあったイスに座って咳払いをひとつする。

 

 

「銀さんかしら。それとも、そーちゃん?」

「い、いえ、二人とも嫌いじゃないですけど…うーん、好きの種類が違うと思います」

 

今でもまだ、ときどき現実味が薄れる時がある。

ずっと届くはずがないと、同じ時を生きられるわけがないと、ありえないと思っていた人が隣にいること。

確かに好きだったけれど、好きだけれど、それはおそらく別の意味の好き。

 

 

「そうなの?残念、そーちゃんも銀さんも、満更じゃなさそうだと思うのに」

「それってどういう…」

「それはきっと私が言っちゃいけないことね」

ふふ、と笑い声を零しながら言うミツバさんの表情は、お姉さんという表現がぴったりだった。

 

 

 

 

 

それからしばらく、こっちでの沖田さんの話や土方さんの話、万事屋の話をしていた。

そしてミツバさんが昔の真選組の人たちといた時の事も。

話していて思ったけれど、ミツバさんは静かそうなイメージに引きかえ、よく喋る人だった。

 

 

「それにしてもおっそいですねー。何してるんでしょうか」

「そうね。男の子って幾つになっても変わらないわね」

ミツバさんは少し目を伏せて、ベッドの上でそっと手を組む。

 

「あの人たちもそう…男同士でいるときが一番楽しそうで、結局女の子の入り込む余地なんてないの」

あの人たちっていうのはきっと、真選組の人たちだろう。

 

「みんな私を置いて行ってしまったわ。振り向きもしないで」

「ほんとひどい人たちですねえ、女の子の気も知らないで」

知らされない側、待たされる側というのもとてももどかしいのだ。

私が意気込んで言うとミツバさんも少し悪戯っぽい笑みを浮かべて口元に手をあてて笑った。

 

 

「そうでしょう。だから私、めいっぱい幸せになってあの人たちを見返してあげるの」

笑って、視線を宙に飛ばす。

 

「幸せになって、そーちゃんを安心させてあげなきゃ。…幸せに、ならなきゃね」

「……」

 

なんだろう。

なにか、何か違和感を感じる。

幸せにならなきゃ、ってどういう意味だろう。

 

 

「けほ、こほっ」

「あ…ごめんなさい、体調あんまり良くないのにいっぱい喋らせちゃって」

イスから立ち上がってミツバさんを寝かせようと手を伸ばす。

けれどミツバさんは私の袖を引っ張ってイスに座らせようとした。

 

「大丈夫、大丈夫よ…。もうちょっと誰かとお話していたいの…」

掠れる声でミツバさんがそう言った時。

ぽたりと真っ白な世界に、目が痛くなる赤色が飛び込んできた。

 

咳と共に零れる赤いしずく。

口元を抑える手の隙間から零れる血に、目を見開く。

 

 

 

銀さんが戻ってきたのは、私がナースコールを押すのとほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミツバさんは担当の先生によって集中治療室へと運ばれた。

酸素マスクをつけていても苦しそうに眠るミツバさんをガラス越しに見ていると、ばたばたと足音が聞こえてきた。

 

「姉上ッ!!!」

 

一番最初に壁に突撃するかの勢いで部屋を覗きこんだのは、沖田さんだった。

壁に添えた手に振動が伝わってくる。

 

 

「急に容体が悪化したみたいなんです。その…」

「覚悟はしとけよ」

私が口ごもっていると銀さんがいつもと同じ口調でそう沖田さんに向かって言った。

 

「…」

沖田さんは何も言わず、ただ顔をしかめてガラスの向こう側を見つめる。

 

 

 

ミツバさんは分かっていたのだろうか。

自分の身体が、危ないところまできているということを。

 

あんなにたくさんお話したからだろうか。

無理をさせてしまったのだろうか。

 

後悔しても、もう、遅い。

 

 

 

俯いた私の頭を引き寄せるように銀さんの手が髪をすべる。

されるがまま、ぽすっと銀さんに凭れかかった。

 

 

 

 

誰も何も言わないまま、静かに時は流れて空は夜の濃紺へと変わっていった。

 

 

 

 

 

あとがき

女子トークはノンストップ。

2013/10/20