「総悟。いい加減お前も休め、昨日から一睡もしてねーじゃねーか」

「そうですよ、私と近藤さんはさっき寝てきましたから交代しましょう」

「…くま、できてやすぜ。二人共」

「メイクだコレは」

「くまじゃないです。森です」

 

 

 

第13曲 いいえ、見守っていさせて

 

 

 

 

ガラスのはまった壁の向こう側を立ったまま見つめる沖田さんに声をかけた私と近藤さん。

私の記憶が正しければ、あれから沖田さんが座ってる姿さえ見ていない。

 

まあ、座るためのイスは銀さんがぶんどって寝ているのだけれど。

 

 

「トシと派手にやり合ったらしいな。珍しいじゃねーか、お前が負けるなんて」

そう言って近藤さんは沖田さんの隣に並んだ。

「…今は野郎の話はやめてくだせェ」

「詳しくは教えてくれんかったがな。言っていたぞ、今のお前には負ける気がせんと」

「やめろって言ってるんでェい!」

 

びり、と空気が震えるような叫び声に私は瞬きを忘れた。

 

 

「なんだってんだ、どいつもこいつも、二言目にはトシ、トシって。肝心の野郎はどーしたィ」

自棄になったかのような声音に、私でも今の沖田さんはいつもと違うと分かった。

「昔振った女が死のうがしったこっちゃねーってかィ。さすがにモテる男は違うときた」

いつもなら、こんなこと言わない。

 

 

「…やっぱりお前疲れてるみてーだな、寝ろ」

近藤さんも同じものを感じ取ったのか、静かに会話を断ち切った。

 

「……。軽蔑しましたか」

「…寝ろ」

「邪魔ですかィ、俺は。土方さんと違って」

その言い草に近藤さんが沖田さんの胸倉を掴み上げた時、廊下に山崎さんの声が響いた。

 

 

「局長ォォォ!!大変なんです、副長がァァ!」

 

 

山崎さんが告げたのは、ミツバさんの旦那さんに攘夷浪士との繋がりがあるということ。

疑いだったものは確信へと繋がり、今日は攘夷浪士との武器取引の日だということ。

 

そして、親類縁者に攘夷浪士との関係がある人が隊内にいたら、沖田さんが真選組内での立場を失ってしまうということ。

 

「山崎ィ!てめェなんでその件今まで黙っていた!!」

「すいません!副長にかたく口を止められていたんです!」

沖田さんを離し、近藤さんは小さく舌打ちをする。

おそらく土方さんは、誰も巻き込まずに一人でこの件を片付けようとしているのだろう。

 

「あの野郎ォ!!」

刀を手に走り出そうとした沖田さんを近藤さんが制する。

 

「お前は動くな。…側にいてやれ」

行く手を遮るように伸ばされた腕に沖田さんの足が止まった。

 

「それに…今のお前は足手まといだ。剣に迷いのある奴は死ぬ」

「俺達を信じろってかィ、冗談じゃねェ。俺は奴に貸しつくるのだきゃあ御免こうむるぜ」

伸ばした近藤さんの腕を掴み、沖田さんは前へ進もうと足を踏み出す。

 

 

「近藤さん…アンタは俺を誤解してる。俺はアンタが思うほどキレイじゃねェ、てめーの事しか考えちゃいねェ。

いつもアンタ達と一緒にいても溝を感じてた、俺はアンタらとは違うって」

振り返らぬまま近藤さんは背中でその言葉を聞く。

 

「だから姉上もアンタもアイツの所へ…」

そう続けたところで、近藤さんは振り返り、迷いなく思い切り沖田さんを殴り飛ばした。

側を通りかかった看護婦さんの押していた治療器具の台車にぶつかり、痛いほどの金属音が響く。

 

 

「何やってるんですか!?病院ですよここは!」

驚きと困惑の混ざった看護婦さんの言葉に、山崎さんがすみませんと謝りに走る。

私は、ただひたすら寝ている銀さんの隣に立ちつくすしか、できなかった。

 

 

「随分と俺には手厳しいな、近藤さんは」

「そりゃお前がガキだからだ。トシがお前と同じことを言ったら俺ァ奴も殴ったよ」

俺達ゃそういう仲だろう、と近藤さんは倒れ込む沖田さんに向かって笑った。

 

 

「誰かがねじ曲がれば他の二人がぶん殴ってまっすぐに戻す。昔からそうだった。だから俺達は永遠に曲がらねェ、

ずっとまっすぐ生きていける。てめーが勝手に掘った小せェ溝なんて俺達はしらねェよ」

ぐっと拳を握りしめて近藤さんは沖田さんに向き合う。

 

「そんなもん、何度でも飛び越えてって、何度でもてめーをブン殴りに行ってやる」

 

上半身を起こしたまま、立ち上がらず目を見開く沖田さんに、近藤さんはふわりと笑う。

「そんな連中、長ェ人生でもそうそう会えるもんじゃねェんだよ。俺達ゃ幸せもんだぜ、そんな悪友を人生で二人も得たんだ」

幸せそうに、笑って言う。

 

 

「総悟」

 

ぴくりと沖田さんが身体を揺らして顔を上げた。

上着を片手に歩きながら近藤さんは沖田さんに背を向けて言う。

 

 

「もし俺が曲がっちまった時は、今度はお前が俺を殴ってくれよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかってたんですよ、俺ァ」

ぽつり、と後ろから小さな声が聞こえてきた。

 

「姉上が、ひでー奴に惚れるわきゃねーことも」

ガラス越しにミツバさんを見ながら、背中で沖田さんから零れる言葉と銀さんの寝息を聞く。

「いつ死ぬともしれねー身で野郎が姉上を受け入れるわきゃねーってことも、野郎が姉上の幸せを思って拒絶してたことも」

 

 

「それでも」

私がそう出した声は、自分でも驚くくらい震えていた。

ガラスに添えたてをぎゅっと握りしめて奥歯を噛みしめる。

 

 

「それでも、よかったのに」

「…?」

振り返って、銀さんが寝転ぶイスを背もたれにして、床に座りこんだ沖田さんと目を合わせる。

 

「危険でもいいから、辛い道を進むことになってもいいから」

座りこんだ沖田さんの目が驚いたように一瞬、見開いた。

 

「置いて行かないでほしかった。そばで、隣で、心配させてほしかった」

 

ぼやけていく視界をそのままに、私は声を絞り出す。

「これは私の推測でしかないけど、きっと、きっと」

ミツバさんも、と声を出す前に目の前が真っ黒に変わった。

 

 

「…気にくわねェ」

後頭部と背中に回された手は、少しだけ冷えていた。

 

「あの野郎、この短時間で何人女泣かせるつもりでさァ」

「……泣いてません」

「そーかィ」

ぐっと服の袖で目元を擦る。

ほんの少し色が濃くなった袖は見なかったことにしよう。

 

 

「俺としては、てめーも気にくわねーけどな」

沖田さんの向こう側から少しだけ機嫌の悪そうな声が聞こえた。

 

「あーちくしょ、変なとこで寝たせいで体痛ェや。眠気覚ましと運動がてら一丁いくか」

沖田さんは私を離して体を斜めにずらす。

そのおかげで見えた銀さんは寝起きのような気だるい空気を纏っていた、けれど。

 

「まーアレだ、てめーのネーちゃんにも友達だってウソぶっこいちゃったし、最後までつきあうぜ。総一郎君」

 

「銀さん…」

「旦那」

 

「「クマ」」

私たちは揃って自分の眼の下を指差してみせた。

 

「…チンピラに殴られたんだよ」

 

 

 

 

置いてあった刀を拾い上げ、上着を羽織り沖田さんは一度、深呼吸をする。

その眼にはもう、迷いなんてないように思えた。

 

「沖田さん!」

私の声に振り返り足を止めたところに近寄る。

 

「沖田さんのケータイ番号、教えてください」

何言ってるんだ、とでも言いたそうな顔をされた。

 

 

「もし、万が一、ミツバさんの状態が変わったら連絡しますから」

「…てっきりついてくるかと思ってたんですけどねィ」

「行けませんよ。悔しいですけど、今は待つ側に徹します」

そう言って笑うと沖田さんは何も言わずにポケットから紙とペンを取り出し、数字を書き並べていった。

 

「頼みまさァ、

はい、と返事をして紙を受け取る。

どうかここに掛けることが無いようにと願いながら。

 

 

 

「早く戻ってきてくださいね、沖田さん、銀さん!」

走っていく背中にそう叫ぶと二人共振り返らないまま手を付き上げた。

 

 

また、廊下が静かになる。

ガラスの向こう側に目を向けて、渡された紙を握りしめた。

 

「…勝手な事言って、ごめんなさい」

ミツバさん、私の推測が間違ってたなら教えてください。怒ってください。

 

お願いですから、何か言ってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後。

私が沖田さんに電話を掛けることになった時には、向こうも片がついていたらしい。

 

すぐに戻ってきた沖田さんと銀さん、そして真選組の人たち。

お医者さんに呼ばれた沖田さんはガラスの向こう側で、ミツバさんの手をぎゅっと握っていた。

 

 

 

 

 

そして、ミツバさんの手は、ふっと力が抜けたようにベッドに沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

戦闘シーン削ったら終われてしまった。

2013/12/08