「では、通りかかったのは偶然ですか」

「はい」

「逃げる人物や、不審者を見かけませんでしたか」

「見ていません」

「ふむ、そうですか」

 

 

 

第15曲 気付いた時には巻き込まれている

 

 

 

 

私たちを呼びとめた、見廻組という組織の人との事情聴取は思っていたよりも緩かった。

さくさくとチェック項目にレ点を入れていく目の前の人は、佐々木異三郎さんというらしい。

 

真選組とはまた違う組織らしく、私は屯所ではなく幕府のお屋敷で聴取を行っていた。

時々壁を突きぬけて聞こえてくる銀さんや神楽ちゃんの声に耳を傾けながら、異三郎さんに出してもらったお茶を飲む。

「すみませんね、手間をとらせて」

「あ、いえ。こちらこそ…大した事どころか何も話せなくてすみません」

異三郎さんはチェックが終わったのか、かたんとペンを置いてこちらを見る。

 

 

「ところで…さんはあの方々と万事屋を経営されていると」

「経営…ってほどでもない気がしますが」

今日も仕事がなくて遊んでいたわけだし。

「彼、坂田さんは木刀を持っていましたが、貴方も剣術を?」

「え?いえ、私は全然」

両手を左右に振って否定の姿勢を取ると、異三郎さんは瞬きを繰り返した。

 

 

「なるほど、ではあなたは情報収集役、といった感じでしょうか」

「そんなことないです、知らない事ばかりですし…ただの居候みたいなものです」

役に立っているかと聞かれたら、首を縦に振るのは少し躊躇われる。

もう、私の知っていることは無いのだ。

 

 

「居候?ご実家は遠いんですか」

「そう…ですね。遠いです」

世界飛び越えてますから、と心の中で呟いて苦笑いを返す。

 

「それはそれは。寂しくはなりませんか。メル友にならいつでもなりますよ」

「え、あ、ありがとうございます、でも今携帯持ってなくて…」

持っていることには持っているが、365日どこにいても圏外の携帯電話なのだ。

電源はつけども、電波を受信してくれない。

というか、なぜ見廻組の局長さんとメル友になりかけているんだ私。

 

 

「おっと、世間話が長くなってしまってすみません」

小さく頭を下げられ、思わず私も頭を下げる。

「あともうひとつだけ、お聞きしていいですか」

「はい、なんでしょう」

答えられることなんて無いと思うけれど。

 

 

 

「過去への干渉は、自在にできますか?」

 

 

 

「……え?」

一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。

あまりにも突拍子の無い質問だったが、その声音は先ほどよりもずっと冷たく感じた。

 

「もしくは先の出来事を予測できる、ということは?」

「あ、あの、何を…」

何を聞いているんだろう、この人は。

そして私はどう答えたら正解なんだろう。

 

「わ、私、そんなことできない、です」

「では、自発的にできないだけで、何かの拍子でそういったことが起こる可能性が無いと言いきれますか?」

どうしてそんな質問をするのだろう、いや、できるのだろう。

それじゃまるで私が…。

 

 

辿りついた予想に思わず立ち上がったものの、足に力が入らず床に座り込んでしまった。

机に片手をついたまま、立ち上がろうとするものの身体が重い。

 

「どうやらもう少し、お話に付き合って貰わなくてはいけないようですね」

私が逃げられないことを分かっているのか、異三郎さんは立ち上がる気配がない。

なんとかここから出なくてはと足に力を入れる。

 

 

 

「随分と楽しそうなことしてんじゃねェか。どこで知った、その情報」

 

 

扉の開く音、閉まる音、床と草履の擦れる音。

そして久しぶりに聞く低音。

 

「情報なんて、口や文字にした時点で流れるものでしょう。―――高杉晋助」

 

異三郎さんの目が、私の後ろへと移る。

なぜ、ここに。

幕府と敵対していたはずの人が、なぜこんなところにいるのだろう。

 

 

「そうだとしても、てめェがこいつをうまく使えるとは思えねーがな」

「あなたなら、うまく使えると?」

異三郎さんの問いに答えるように、高杉さんの笑い声が遠く聞こえた。

もはや顔を上げる力も出ない私は、蛍光灯の光を遮るようにできた影で高杉さんが側にいることを知る。

 

 

 

「先のことなんざどうなるか俺にもこいつにもわからねぇ」

だが、と高杉は言葉を続ける。

「幕府の狗共が…あの白夜叉が、贔屓目にしていることは違ぇねえ」

「…なるほど、そういう方向の使い道ですか」

声音も表情も何も変わらない、冷ややかな声が部屋に響いた。

 

 

「それに関しちゃ俺の方が使い方をよくわかってる」

「わかりました。その子の処遇は任せます」

すっと高杉は異三郎がその子と呼んだ女の前にしゃがみ込んだ。

頬を伝う冷や汗を指で拭ってやっても、閉じられた目は固く開かない。

 

 

そして、するりと女の首元を飾っていたリボンをほどき、異三郎に向かって放り投げた。

「始末したいと思うなら、30分以内にうまくやれ」

「随分と急がせますね。準備もなにも整っていないというのに」

飛ばされたリボンを掴みとり、ため息を吐く。

 

 

「それくらいできねぇようじゃ、俺らと共には来られまい」

挑戦的に笑いかけながら、高杉は座りこんでいた女の身体を持ち上げる。

力の抜けきった身体を自分に凭れかからせるように抱き上げた。

 

「…私はエリートですから、3分で十分ですよ」

「ククッ、そうこなきゃな」

楽しそうに笑いながら高杉は入ってきた扉を蹴破るように開けて外へと歩き出す。

 

 

「え、正面から帰るつもりで…」

異三郎がそう言いかけた所で、部屋のすぐ隣辺りから爆発音が聞こえ、建物が揺れた。

 

「…はあ。修理の手続きが増えたじゃないですか」

 

呟いた声は警報機の音にかき消されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

ヒロインがいなくなるとナレーションしてくれる人がいなくなる。

2014/08/16