「おーい旦那ァ。夜中だって原付乗る時ぁヘルメットしてくだせぇ」

「うるせーな急いでるんだよ!」

「へえ、こんな時間からデート…なわけないか。喧嘩ですかィ」

「うるせーよ!!!初っ端からデート否定すんじゃねえ!お前も暇なら上様にでも遊ぼーって電話してろ!」

「そんな気軽に誘える仲になった覚えはありやせんけどねェ」

 

 

 

第17曲 願った事ほど叶わない

 

 

 

 

空に浮かぶ月が再び雲に隠れていく。

煙管の火を消して、高杉は無線機の電源を入れてぼそりと呟く。

向こうから了解の返事を聞き届けてからかちりと電源を落とした。

 

 

港からの風にまぎれて、荒い音が近づいてくる。

それがすぐ近くで止まったのを聞き届け、高杉は部屋の窓を全開にする。

 

 

 

 

「遅かったじゃねェか、銀時」

高杉はそう言って、窓から張り出しの手すりに肘をついて見下ろした。

 

 

「やっぱりてめーか高杉!!何が…何がしてぇんだよお前は!」

銀時の持つ木刀に結ばれたリボンに目をやり、高杉は楽しそうに笑う。

「俺のやりたいことは昔から変わっちゃいねえ。この世界をぶっ壊す、その障害になる奴も含めてな」

笑う高杉と反対に銀時はぐっと歯を噛みしめて高杉を睨み上げる。

 

 

チッと舌打ちをして銀時は勢いをつけて走り、ポリバケツを踏み台にして飛び上がる。

木刀を杖代わりに壁を突き、屋根を蹴りあげて高杉の元へと走りあがった。

 

「んなもん、勝手に一人でやってろ!!!」

「っと」

木刀を握る右手と反対の手で高杉に殴りかかるも、高杉はそれをひょいとかわす。

その勢いで壊れた窓枠を踏みつけた。

 

 

「ククッ、いい動きだな。鬼から猿にでも二つ名を変えてやろうか」

「うるっせえんだよ、んなことより…!」

高杉越しに部屋を見回し、そこに横たわる女に焦点を合わせる。

 

っ…!」

「なに情けねぇ声出してんだ」

これだけの音にぴくりとも反応をしないにゾッと背筋が冷えるも、それに浸っている余裕はない。

刀を抜き突き飛ばすように銀時へと切っ先を向ける。

 

間一髪木刀で防いだところで、足元を掬われバランスを崩す。

その隙を見逃さない高杉に思い切り腹を蹴り飛ばされ、窓と一緒に再び外へと転がり落ちた。

 

「がはっ、うぐ…」

「さっきまでの威勢はどうしたよ、銀時!」

落ちた銀時に向かって自分も飛び降り、首に向かって刀を向けた。

ぐるりと転がって切っ先を避け、振り下ろされた刀を受け止める。

 

 

「るせえ、な、お前みたいな夜型中二病と違って、こっちは普通の生活してんだよ!特に、あいつはな!!」

ぐっと腕に力を入れて高杉の刀を弾き飛ばす。

 

「あいつ…は無事なんだろうな…!」

地を這うような低い声に高杉は目を細め、髪を払った。

 

「さあな。俺も様子は見てたが、一向に起きる気配がねぇ。あいつは色々規格外だ、もしかしたら」

言い終わる前に木刀を振り上げて銀時は高杉に殴りかかる。

ドゴオッという轟音が響き、辺りに砂埃が舞い上がった。

 

 

 

「く、ははは。いいねェその憎悪。銀時、その憎悪を幕府に向けるなら生かしておいてやってもいい」

「冗談じゃねーよ、そんなもん…先生もも望むわけねーだろ」

ひび割れたコンクリートの地面から木刀を引き抜き、寸前で距離をあけた高杉を睨む。

 

 

「望むかどうかじゃねえ、自分が、俺が奴らを許せねェから壊すだけだ!」

切っ先は銀時の目を狙い、それをかわして高杉の足元を蹴る。

 

「んだそりゃ、駄々っ子かてめーは!!」

惜しくもそれは着物を掠めただけで、高杉は一歩踏み込み銀時の肩を貫く。

「ぅぐあああッ」

一瞬にして着物が赤く染まり、突然の出血に視界が揺らいだ。

 

 

「クク…子供はどっちだ、懲りずにまた背負ったバカが…また護れてねぇくせによ!」

「っぐ、高杉ィィィィ!!!」

ゴッと銀時の頭突きが当たり、高杉は刀を引き抜いて後ろへと飛び退いた。

 

「っは、はあっ、はあっ…」

肩を押さえて銀時は息を整える。

「甘ェんだよ。殺す気でかかってこねぇからそうなるんだ」

ひゅっと刀を払い、付着した血を飛ばす。

 

 

「まあ、今日のところはこれで十分だがな」

 

 

何が、と呟くのは遠くで鳴り響いた爆発音と同時だった。

音の方へと銀時が振り返ると、幕府の城元の空が赤く染まり、それを覆うように黒い煙が上っていた。

「た、か…っ!!」

銀時の腰元に滑り込んできた刀が身体に沈む。

なんとか木刀でそれを押さえたが、じわりとまた血が滲んでいく。

 

 

「残念だったな、銀時。今のテメーじゃ俺は殺せねェよ」

「っざけんなッ!!」

引いた方の足を軸に、高杉の刀を弾き上げる。

そのまま勢いを保って木刀を突くようにして高杉の腕を狙う。

 

 

 

「っ、と」

ひゅっと掠った音と同時に高杉は後ろへ飛びのいて銀時と距離をとった。

「そろそろお遊びも終わりだ」

高杉の声にかぶるように、一艘の船が近くの波止場へと向かってくる。

はっと息を飲んで銀時が走る間もなく高杉は船へ走り、それに飛び乗った。

 

 

「じゃあな、銀時。……生きていたら、アイツにも―――」

 

 

その先は船が水を掻く音にかき消され、銀時の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悔しさなのか、虚しさなのか、寂しさなのか、怒りなのか。

わけのわからない感情でむかむかする体内を吐きだすように深呼吸をする。

ぐっと着物の袖で顔の血を拭い、木刀を腰に戻した。

 

「……くそっ」

未だ赤く揺らめく幕府を振り返り、ぐっと歯を噛みしめて銀時は先ほどの建物へと走る。

ボロ家の軋む階段を上り、再び戻った部屋には相変わらず眠ったままのがいた。

 

 

 

「おい、起きろ、寝るにはまだ早ェだろうが」

いつもなら神楽とテレビ見てんだろ、と話しかけながら側へと座りこむ。

そっと首の後ろを通って肩に手を回し、自分の腕に凭れかからせるように上体を起こした。

少し肌に引っ掛かるように落ちた髪も肌も汗ばんでいたが、どこか違和感を感じる。

 

「…あいつ、の事は殺す気なかったのか…?」

寧ろ、と浮かんだ答えをかき消すように首を振る。

 

「早く目ェ開けろ、外泊なんざ許さねーよ。まあ相手が俺だったら許すけどな」

息がある事に安堵するも、このまま目を覚まさなかったらという思いはまだ銀時の中から消えない。

「いつもお前の方が先に起きてんじゃねーか」

起こしに来られることはあれど、起こしに行ったことなんてほとんど無い。

 

 

 

「…せん、せい………」

 

 

 

 

いかないで、と願ったのは、いつだって優しい笑顔を向けてくれる人だった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

高杉さんがとっても楽しそうですが、こっちは戦闘シーン書くの大変で早く終われと思ってました。

2014/12/28