さん、起きなさい。そんなに眠っていてはいけませんよ」

「う…あと10分…って松陽先生ェェェ!?」

「はい、松陽ですよ」

「ちょっと待ってください、私なんで…アレッまたそっち行っちゃったの!?」

「いいえ夢ですよ。さんが全然起きないので、私が起こしに来ただけです」

「夢の中で起こされるってなにこれ初体験」

「よかったですね、初体験」

 

 

 

第18曲 夢と現の境目で

 

 

 

 

そんなアホな。

そうツッコミを入れたはずが、声には出なかったようだ。

視界は真っ暗だが、意識はある。

 

身体が妙に重くて、目も開けられない。

ああ、これあれだ、朝起きたくないあの気持ちにちょっと似てる。

 

 

それより私は今どうなっているんだろう。

いつの間に寝たんだろう。

 

 

「早く目ェ開けろ、外泊なんざ許さねーよ」

 

 

外泊?私は今、外にいるのだろうか。それにしては寒くない。

その前にこの声は…松陽先生じゃない。

 

 

「いつもお前の方が先に起きてんじゃねーか」

 

いつも。

そう、いつも、私の方が先に起きている。

誰より先に、だっけ。

 

 

「……、はやく、起きろよ」

 

 

そんな泣きそうな声で名前を呼ばないで。

起きる、起きるから。

 

 

「な、かないで」

 

ちゃんとその声が出たのかは分からない。

かさついた喉から零れたのは息だけだったかもしれない。

けれど、やっと開くことが出来た目に映ったのは泣きそうではないものの虚ろな目をした銀さんだった。

 

 

「ぎ、げほっ、ゴホゴホッ」

寒くないと思っていたのは銀さんが抱えていてくれたせいだったようだ。

廃屋の冷えた埃っぽい空気が急に喉にふれて、咳が出る。

 

ッ!しっかりしろ、大丈夫か」

虚ろだった目に少しだけ光が灯った銀さんに、笑顔を向けて首を縦に振る。

 

「…っばっかやろー、寝過ぎだぞ」

そう言って銀さんは力一杯、ぎゅうっと私を抱きしめた。

「ごめん、ごめんね」

そっと銀さんの肩に頭を委ねて、あたたかい背中に手を回す。

 

 

あたたかい、っていうかなんか違う感覚がした。

布ではなさそうな感触を確かめるべく、少し首を伸ばして手元に視線を落とす。

既にかさついて乾いてきてはいるものの、この鼻を突く匂いの赤いモノは、確実にあれだ。

 

「ぎ、銀さんちょっと待った!!血、血出てる!!!救急車ァァァ!!」

「んなもんどうでもいいんだよ!お前こそ救急車いるんだからな、昏睡状態だったんだからな!」

「えっそうなの?いやでも銀さんの方が重傷だもん、早く病院行かなきゃだから離して!」

「嫌だね!」

「なんで!」

ぐいぐいと銀さんを剥がそうと力を入れるも、なんだかいつもみたに力が入らない。

逆に銀さんはいつもより力強くて一向に離れる気配がない。

 

 

「だったら俺が引き剥がしてやるよ、クソ天パ」

 

 

苛立ちのこもった声に、私も銀さんも、声がした方へ顔を向ける。

 

「多串くんってほんと空気読めねーのな」

「読んだ結果がこれだ」

今にも抜刀しそうな土方さんを宥めたいのだが、如何せん口が銀さんの肩に押し付けられて塞がっている。

 

 

「そうだ、幕府…将軍は!?」

さっきまでと打って変わって焦る銀さんを見上げる。

「…どっかの誰かが総悟をけしかけたせいで、無事…まあ、無事だ。今頃とっつあんと一緒に遊んでるさ」

総悟も一緒っつーのが不安だがな、と土方さんは付け加える。

 

「そう、か」

呟くように落ちてきた声は喜びか落胆か、どちらともとれない響きをしていた。

とりあえず少し緩まった銀さんの腕をほどいて少し距離をとる。

私が寝ている間に何が起こったのだろうか。

 

 

「とにかくお前らはさっさと病院行ってこい。俺はここの調査が残ってるから、ザキが車出してくれるだろ」

そう言って土方さんはぼろぼろになっている窓…おそらく窓があった場所から外を見下ろした。

 

「パトカーで病院送りかよ、高級車準備してこいよ公務員」

「ふざけんな。あ、お前気をつけろよ。座席とか血つけやがったら洗車代要求するからな」

「不可抗力だろどう考えても!なんなの?宙に浮いてろとでも言いてーのかコラ」

「そんだけ元気なら後ろ走ってついてこいよ」

 

ギリギリと睨み合う二人をどうやって止めたらいいか分からず、とりあえず立ち上がろうと足に力を入れる。

「あ、わっ」

しかし寝起き状態の足は言う事を聞いてくれず、ふらりと身体が傾く。

 

っ!」

銀さんの声にハッとして土方さんも私に向かって身体を反転させる。

銀さんが伸ばした腕が私を捕まえる前に、どんっと何かにぶつかった。

 

 

「っと、危ない危ない。副長も旦那も、なにやってるんですか」

「山崎さん…!」

ぶつかったのは山崎さんだった。

肩と腰に手を回して身体を支えてくれたおかげで背中から倒れることは免れたようだ。

 

「大丈夫?」

「ちょっとふらふらするだけで大丈夫です、ありがとうございました」

笑って言ってみたのだが、あんまり大丈夫そうじゃないね、と苦笑いを返されてしまった。

 

 

「ったく、警察共は空気読めない奴ばっかりだな」

「テメーに言われたくねェよ」

いつもなら間に入って止められるのだが、今日は頭がうまく働かない。

こういう時はあれだ、新八くんだ。今、どこにいるんだろう。

 

「しょうがないなあ。副長、俺たちは先に病院に行ってますねー」

歩ける?と聞かれて、ゆっくりでお願いします、と返事をする。

 

「おい待てよジミー、俺も乗せてけって」

「え?下にある原付って旦那のじゃないんですか」

「………あっ」

 

銀さんの目から、再び光が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山崎さんに誘導されて助手席に座り、シートベルトをはめる。

「じゃ、出発するね」

「…お願いします」

窓の外に見える銀さんがかなり気になるけれど、それはきっと山崎さんも同じなんだろう。

一向に銀さんがいる方向を見る気配がない。

 

 

どうやら港近くの廃屋にいたようで、パトランプに照らされた海が所々赤く光っている。

そして遠く見えるお城から黒い煙が立ち上って夜空の星を覆い隠していた。

 

「あの…一体、何があったんですか?」

「…君は、知っておいた方がいいかもしれない。けど、忘れているならその方がいいのかもしれない」

安全運転で車を走らせる山崎さんの横顔は、悩んでいるように見えた。

 

「副長は話しておくべきだって言ってたけど、俺は…」

「教えてください」

そう強く言うと、一瞬だけ山崎さんは私に視線を移した。

 

「きっと銀さんは…優しいから、教えてくれないと思うんです」

「俺に酷い奴になれって?」

「あ、いえ、そうじゃなくて」

身を乗り出してそう返すと、山崎さんは小さく笑って「わかってるよ」と言った。

 

 

 

それから病院までの道のりを行くまで、ずっと山崎さんの話を聞いていた。

私が見廻組の人と幕府の屋敷へ行ったまま帰らなかったこと。

今夜、攘夷志士…高杉さんたち鬼兵隊が幕府の城に爆弾を仕掛けたこと。

行方不明になっていた私を、銀さんが探してくれていたこと。

 

「副長から聞いてるかもしれないけど、将軍様は無事だよ。沖田隊長が連れ出してるみたいだから」

お城の人たちも、緊急事態に備えていたおかげで死人はでていないらしい。そよちゃんも無事だそうだ。

「どうしてちゃんが巻き込まれたのかは分からないけど、大きな怪我がなくてよかったよ」

「…そう、ですね」

 

話を聞いているうちに、少しずつ記憶が戻ってきた。

そうだ、確か異三郎さんと話をしていて高杉さんが来たところで私は意識が無くなったんだ。

ということは、銀さんの怪我は…。

 

 

「でも、旦那もほんと丈夫だよね」

くいっと顎でバックミラーを指す。

そこに映る銀さんは、並走するトラックのおじさんと口喧嘩をしているように見える。

「あれなら心配いらないと思うよ」

呆れたように笑う山崎さんにつられて、私も一緒に笑った。

 

 

 

大江戸総合病院の明かりが見える。

緊急外来の方へ車を停めたところで、寸前で私たちを追い抜いた銀さんに扉を開けられた。

「お手をどうぞ、お姫様」

なんて言ってくる銀さんに、こんなボロボロの王子様は嫌だな、なんて笑って返した。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

山崎さんすごいな。全部いいとこ持ってった。

2015/01/11