「ー!おかえりアル!!あと銀ちゃん」
「おかえりなさいさん、ご無事でなによりです。あと銀さん」
「ちゃん、新ちゃんから聞いてびっくりしたのよ。あら、銀さんもいたんですね」
「ただいま、みんな。お妙さんも来てくれてたんですね」
「待って待ってなにこれすげえデジャヴ感があるんだけど」
終曲 夢現の扉のこちら側
翌日。
目が覚めたら朝だった。
枕元には、万事屋には黙っておく、と一言書いた紙が置かれていた。
病院の先生に退院許可を貰い、病室を出たところで丁度銀さんに会った。
万事屋に電話連絡を入れていたようで、迎えは断ったぞと言って耳を押さえていた。
病院の外、晴天の下。リハビリというほどではないものの少しは体を動かそうと重い徒歩で帰ると決めた。
原付を押していかなければいけない銀さんには申し訳なかったけれど。
好きにしろと言ってもらえた言葉に甘えることにした。
そして、がらりと万事屋の扉を開けたところで冒頭に戻る。
「ねえこれすっげデジャヴ。あれっ前にもこういうやりとりなかったっけ」
「うるさいネ!朝帰りなんて許さないって言ったアル!」
「いっででででで!病み上がり!病み上がり!!」
銀さんへ飛び蹴りをくらわせた後、どすどすと傘でつつく連撃を繰り出す神楽ちゃん。
「…えーと。ここではなんですし、中へ入りましょうか」
玄関前でバトルを繰り広げる銀さんと神楽ちゃんを横目に、新八くんが道を開けてくれた。
お腹すいてませんか、という新八くんの問いに頷いて答えると、後ろから二人分の肯定の声が聞こえてきた。
「ちゃんの退院祝いだから、私が作ろうと思ったのに…新ちゃんったら全力で止めてくるのよ」
「姉上、それただの病院逆戻りコースですから」
「どういう意味かしら」
にっこり、と微笑むお妙さんに不穏なものを感じたのか新八くんは台所へと走り去ってしまった。
心の中で、ありがとう新八くん、と呟いてみた。
一瞬で静まった神楽ちゃんと銀さんも、おそらく同じことを思ったのだろう。
「ごちそうさまでした!」
久しぶりの万事屋のご飯はとっても美味しかった。
だんだん新八くんが作る味噌汁の味が、我が家の味になりつつある。
「あ、あの!」
みんなが食べ終わったあたりで、私はそう声を上げる。
「みんなに、お願いがあるんです」
ぎゅっと膝の上、スカートごと手を握りしめる。
「どうしたよ、そんな改まって」
銀さんが首を傾げて言う。
改めなくちゃいけないのだ。やっと、やっと私は心を決められたのだから。
「お妙さんっ」
「…はい。何かしら」
右隣に座るお妙さんは優しく笑って、体ごとこちらへ向いてくれる。
「私に、着物の着方を教えてほしいんです」
その言葉にきょとんとしてから、くすりと笑う。
「もちろんいいわよ。私でよければ、いつだって教えるわ」
「ありがとうございます!」
先生、なんて呼んでみるとお妙さんは恥ずかしそうに笑った。
「神楽ちゃんには、かぶき町のことをもっと教えてほしいの」
左隣に座る神楽ちゃんは、その言葉にどんと胸を叩く。
「任せるヨロシ!隅々まで教えてあげるヨ!」
「おい神楽、変なとこまで教えんじゃねーぞ」
銀さんは空になった湯呑を机に置いて、ちらりとこちらを見る。
「変てどこアルか。銀ちゃんがよく行くとこアルか」
「……行ってねーし!!俺は変なとこなんか行ってねーし!」
「銀さん、それ墓穴です」
ため息交じりでツッコむ新八くんが、湯呑にお茶を注ぎ足す。
「ありがとね。その変なとこも、こっそり教えてほしいな」
「わかったアル。銀ちゃんには秘密ネ」
こそこそと耳打ちで話す私たちを訝しそうに見ていた銀さんをスルーして、次は新八くんへと体を向ける。
「次は、新八くんにお願い」
「僕、ですか?」
教えられることなんてないと思いますけど、という新八くんに首を振る。
「ううん、あるよ。新八くんにはね、家事を色々教えてほしいの」
「そんなことならお安いご用です。僕が教えて貰いたいこともあるくらいですよ」
謙遜するように言うけれど、新八くんは色々と器用だと思う。
家事って結構大変なのに、それを表に出さずにできるのはすごいことだと思うのだ。
そして最後。
正面に座る、銀さんへと体を向ける。
「銀さんには……」
うーん、と少し言葉を考える。
「何その間。俺には何もねーの?」
「ううん、ある、あるよ。えっとね…」
少し悩んでから、よし、と心の中で呟く。
「私をこれからも、ここに住ませてください」
「……え?お、おう。そんなん、頼まれることでもねーけど…?」
拍子抜けしたように瞬きを繰り返す銀さん。
でもこれは、私にとって大事なお願いなのだ。
「よかった、ありがとう銀さん!」
「…おう」
それから、すぐにでも実行しようということで私は神楽ちゃんとお妙さんに手を引かれて着物屋へと向かった。
私がいた世界じゃ着物は普段着じゃないから、普通の服よりお高いものの、やはりこちらでも結構な値段だ。
とりあえず最初はお妙さんのお古を貰うことにした。
明日からお妙さん家で修行だという話になり、これは案外大変かもしれないと少し心が折れそうになった。
夕方には新八くんと一緒に買い物へと向かった。
タイムセールとか安売りとか、色々詳しくて改めて驚いた。
さすがというかなんというか…やっぱり新八くんに家事の件を頼んでよかったと思う。
そうしていたらすぐ一日は過ぎ、夕飯を食べ終えお風呂から出た時には神楽ちゃんはもう押入れにこもっていた。
前日からずっと気を張っていてくれたのだろう。
押入れを開けて、ゆっくり休んでねと思いながらそっと髪を撫でて扉を閉めた。
「お前も早く寝ろよ」
寝巻に着替えた銀さんが眠そうな目でそう言う。
「…あの、銀さん。実はね、銀さんにはもうひとつお願いがあるの」
電気を消した居間は月明かりしかない。
「ああ、昼間のやつか。あんなもん、頼みに入らねーんだからノーカウントだ」
長椅子ソファに座り、ぽんぽんと隣を叩く。
おずおずと銀さんの隣に腰をおろし、私は口を開く。
「私ね、ちゃんと、かぶき町の人になりたいの」
「水商売は却下だ」
どういうイメージからそこに繋がったのかは分からないけど、そういうことじゃない。
「そうじゃなくてね、えっと…何て言ったらいいのかな。もっと…ちゃんと、こっちの人になりたいなって思ったの」
ずっと、元の世界のことを引きずっていた。
向こうから来たのだから、先を知っているのだから、知らないことを知っているのだから。
何かをしなきゃって思っていたけれど、それは、私のエゴであり願いではない。
「私、ここにいたいの。かぶき町の、万事屋の一員の…村人1みたいな感じになりたいっていうか」
「ほらほら落ちつけ、なんとなく言いてーことは分かったから」
ぽんぽんと頭を撫でられ、言葉が止まる。
「で、お願いってのは?」
「…みんなを、護ってください」
私の頭に乗っていた銀さんの手を取り、少しだけ力を入れて両手で握る。
「私は銀さんみたいに強くないから、私の代わりに皆を護ってほしいの」
もちろん銀さん自身も、と付け加える。
「私ね、皆とずっと一緒にいたい。ずっと、ただ平凡な毎日を笑って過ごしていたい」
神楽ちゃんと定春とお散歩したり、新八くんとお通ちゃんのライブへ行ったり、桂さんとお話したり。
それがずっとずっと続いてほしい。
なんてことない平凡な日を、みんなと同じ場所で過ごしたい。
それが、私の願い。
握った手に、銀さんのもう片方の手が添えられる。
「…みんなと、じゃなくて俺と二人じゃ、嫌か?」
「嫌」
「こんな即行でフラグ叩き折ってくるとは思わなかったんだけど」
銀さんは、はあ、とため息と共に手を離してソファに沈む。
「わーったよ。その代わり、俺からも頼みがある」
「え、なに?」
私にできることだろうか。
「が困った時、何かに巻き込まれそうな気がした時、なんでもいいから俺に教えてくれ」
そうじゃねーと助けに行けないだろ、と銀さんは静かに言う。
「それから」
ぐいっと肩を引かれ、体が銀さんへと倒れ込む。
上体をぎゅっと抱きしめられて、驚きで体がびくりと跳ねた。
「それから、俺の前以外で泣かないこと」
「…な、泣いてないよ?」
「嘘つけばーか。知ってんだぞコラ」
ばれないようにしていたつもりだったのだけど、いつ気付いたんだろう。
「そんな都合よく泣けるか分からないもん。そういう時は銀さんの方から来てくれれば、いいんじゃ、ないの」
あれ。私、なに言ってるんだろう。
「言ったな?マジで飛んでくからな。どこにいても、すっ飛んでって抱きしめてやるからな。覚悟しろよ」
「……期待、してないけどね」
そう言った割に、私は心のどこかで銀さんの言葉を嬉しいと思っていた。
「うっし。じゃ、そろそろ寝るか。明日は…仕事ねーけど、は忙しいんだろ?」
「うん。教えてもらうことがいっぱいだから」
急ぐ事はないのだけれど、早く早くと願ってしまう。
早くここに溶け込めるように、馴染めるように、特別じゃない存在になれるように。
約束された明日を、ここで、笑って迎えられるように。
「…おやすみ、。また明日な」
2015/01/11