「ただい」
「遅ーーい!!!今何時だと思ってんだァ!?夜は仕事駄目って言っただろうが!」
「いや、あの神楽ちゃんと」
「ただでさえスナックなんてトコで働いてんだぞ!変なオッサンに目ェつけられでもしたら…!」
「大丈夫だってば。っていうか、仕事じゃなくて」
「何かされたら指の関節逆向きに曲げてやれよ。いやもっと徹底的に」
「話を聞けぇぇぇえええ!!!」
第15曲 安心できる場所
玄関で立ったまま、ものすごい勢いで喋り続ける銀さんに向かって叫び、とりあえず万事屋に入った。
さっきまでシリアスだった気がするんだけどなぁ。
「ってことで、神楽ちゃんとそよちゃんと遊んでたの」
「へー」
「何その信用してない目。潰すわよ」
「え、怖っ!!ちゃん怖い!」
ひぃ!と短く叫んで少し私から遠ざかる銀さん。
ま、もちろんお互い冗談だってわかってるんだけど、ね。
それから私は、銀さんが準備してくれていた夕飯を食べて、お風呂に入った。
今は銀さんがお風呂に入っている。「覗くんじゃねーぞー」とか言ってたからバスタオルを顔面にたたきつけてやった。
ソファに座ってぼーっとしながら、今日のことを思い出す。
「私がいなくなったら、色んな人に迷惑がかかるもの…」
…私は、どうなんだろう。
向こうの世界…もとの世界の親や友達に、迷惑をかけてしまっているんだろうか。
「その通りですよ。さぁ、帰りましょう」
そよちゃんを探していた土方さんの額には汗が浮かんでいた。
私は、探されているんだろうか。それとも……ううん、そんな、ことは、ないよ、ね。
…どうでもいい、なんて、ことは。
ソファの上でぎゅっと体を縮める。所謂、体操座りってやつ。
嫌な考えというものは、一度頭の中をぐるぐる回りだすと止まらなくなってしまう。
立てた足に顔を埋めていると、ぺたぺたという足音が聞こえた。
「どーした。もう眠くなったんなら、先に寝てても…」
「ね、銀さん」
少しだけ顔を上げて、言う。
「もし…私が…ここで、銀さんの目の前で、急にいなくなったら、どうする?」
「は?何だ家出でもしたいのかコノヤロー」
既に寝巻きに着替えた銀さんは、私の向かい側のソファに座る。
「違う違う!そうじゃなくて…急に…」
いなく、なったら。そう言おうとしたのに、口からでた言葉は違った。
「ここから急に消えちゃったら…」
「…、お前…」
さっきと違う、低い声にふと我に返る。
私は、銀さんに何を言おうとしてるの…?
「…っ、ごめん!何か変なこと聞いた!!あ、あはは、やっぱ眠いのかなー私!じゃ、私寝るね!おやすみっ!!!」
「おい、待て!!」
叫ぶ銀さんを置いて、私は居間から逃げるように和室へと入った。
そして、後ろを振り返ることなく、ふすまを閉めて、その場に俯いたまま座り込んだ。
何聞いてんの、私。
不安なんだろうか。向こうの事が、元の世界の事が。
…携帯電話くらい持ってこれば…って繋がらないよね、きっと。
でも、安心はできたかもしれない。
心の中で考えをめぐらせていたとき、ふすまの向こうから声が聞こえた。
「…あー、戸開けなくていいから、聞いてろよ、」
そう言った銀さんの声に見えるはずもないのに、こくん、と小さく頷いた。
「何で悩んでるのかはわかんねーけど、辛い事があるんなら、1人で抱え込むんじゃねーぞ」
すっと無意識に閉じていた目を開ける。
「おめーはもう万事屋メンバーの1人なんだからよォ、いつもと違うなーって気付きゃ心配にもなるんだよ」
「…っ…」
「俺ァ万事屋だぜ。悩みがあるんなら話くらい聞くし、愚痴も…ま、なんとなく聞いてやるし」
結局、話聞くだけで解決してないじゃん、と心の中でつっこみを入れる。
でも銀さんになら、話してみてもいいかもしれない。
ゆっくりと立ち上がって、ふすまに手をかける。
そして、ふすまを開ける。
「んで、あとは…うおっ、おま、音も無くふすま開けんじゃねーよ!びっくりすんだろうが!」
「ごめん」
どんな顔をしたらいいかわからなかった。
その所為か、私は銀さんの胸に顔を押し当てて、言う。
「ありがとう。心配してくれて、ありがとう。今はまだ…自分でも上手く説明できないって思うから…いえないけど…」
銀さんには、ちゃんと。
「いつか、私のことを、ちゃんと話すから。それまで、待っててくれますか」
「ああ。待っててやる」
そう言って銀さんはふわりと私の背中に手を回す。
「ただし、条件があります!」
「…?」
「1人で解決できそうにない悩みがあったら、俺に言うこと!」
きゅっと銀さんの服をつかんだまま、顔だけ上へ向ける。
…あれ、思ったより真面目な顔してる…。
「女同士の方がいいなら、神楽にでも言え。年が近いほうがいいなら新八でもいい」
そこまで言って、銀さんは私の背中に回していた右手を、私の頭に移動させる。
「1人で悩むんじゃねーよ。いなくなったらなんて言うな。お前が急に消えたら、探すにきまってんだろーが」
「ぎ、んさん…ごめ、ん、ありがとう…」
泣きそうになるのを、歯を食いしばってなんとか押さえる。
「がいなくなった、なんて言ったら神楽と新八にお前何したんだー、ってボッコボコにされるっつーの」
ふわふわと頭を撫でる手も、背中にまわされた手も、とても暖かくて。
いつの間にか不安だった気持ちはどこかへと消えていた。
私がこの世界とは違う世界の人だ、っていつか銀さんに話そう。
きっと、信じてくれるだろう。
そして向こうへ帰るまで、私はここの人たちに心配をかけさせないように、しっかり生きていこう。
「おはようございますー」
「銀ちゃん、ー!まだ寝てるアルかー?」
うっすらとした意識のなか、声が聞こえる。
あぁ、そっか、もう朝なんだ。
っていうか動けないんだけど。何だろ…体になんか巻きついてる感じが…。
「銀ちゃん朝ごはんー…」
「いやさっき食べてきたでしょ…ってな、なななな何してんだあんたぁぁぁあー!!」
新八くんの絶叫に閉じていた目をゆっくり開く。
あれ、目開けても目の前真っ暗なんですけど。何これ。
そう思っていると、頭のすぐ上でぼんやりした声が聞こえた。
「うるっせーんだよ眼鏡…朝っぱらからデケー声だしてんじゃねーっつーの…」
「寝ぼけてる場合かァァ!!さんに何してんですか銀さん!」
思わぬところで私の名前がでてきた。え、あれ、なにどうなってんのこれ。
ぐぐっと首を上へ向けると、目を閉じたままの銀さんの顔が。
…かお、が…?
「え、ええぇぇぇえええ!?何なになんで!?ちょ、銀さん何、なんで横で寝てんの!?」
「昨日俺にしがみついたまま寝てたから、そのまま引っ張ってきたんだよ」
ぎゅっと抱きしめられる形で布団に包まっている私と銀さん。
「なんでそのまま!?布団わけようよ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎあう私たちの間に、神楽ちゃんの声が響いた。
「銀ちゃん…私のに手ェ出したら許さないって言ったアルゥゥゥ!!!」
低い声と同時に、ドカッという音が響き、私の視界は明るくなった。
どうやら器用に銀さんだけ蹴り飛ばしたみたい。
「大丈夫アルか!?定春ー!銀ちゃんのことは任せたネ!」
そう神楽ちゃんが叫ぶと、居間の方から定春の鳴き声と銀さんの断末魔が聞こえてきた。
「やっぱりには私がついてなきゃ駄目ネ!これからは、絶対私が守ってあげるヨ!」
ぎゅっと私を抱きしめる神楽ちゃんを、私も抱きしめ返して、ありがとうね、と言った。
とりあえず、銀さんを救出しなきゃ、なんて思いながら。
今、不安に思うことなんてきっとない。不安になったとしても、きっと大丈夫。
ここでなら安心して生きていける。今日も、これからも!
あとがき
トリップ連載第1章はここで終わりです。まだまだ続きますので、これからもお付き合いいただけると嬉しいです…!
少しだけシリアスと甘さを混同してみました。ヒロインはちゃんと皆に愛されてます。
2008/7/13