朝のホームルームを告げるチャイムが鳴る寸前。

あたしは、必死で3Zの教室へ向かって走っていた。

 

 

「っ、ギリ、ギリセーーーフ!!!」

バンッと戸を開けて教室へ入ったあたしは、肩で息をしながら席へと座り込む。

そしてそのまま、荷物を床に置いて机にべったりと倒れこむ。

 

 

「珍しいな、が遅刻ギリギリなんて」

「め、目覚まし時計、止めてから、また、寝ちゃって…はああ…」

息を整えながら、少し驚いたように尋ねる土方くんにそう返しながら、体勢を戻す。

 

 

「でも、そんなに急がなくても銀八先生ならHRいなかったくらいで欠席にしないだろうけど…」

イスに凭れたあたしに、後ろから退くんが控えめに言う。

「まあ、それはいいんだけどさー」

ふう、と息をついたところでチャイムが鳴る。

それでも、銀八先生は来ない。

 

 

「一時間目って、日本史でしょ?服部先生、遅刻すると面倒じゃん」

授業中に当てられる率が高くなったり、レポートを書かされたり。

…まあ、それが普通の教師なんだろうけど。

 

あたしが面倒そうに言うと、退くんも土方くんも頷いて「なるほど」と言った。

「それにしても、先生遅いね」

「今日は来やせんぜ」

 

横から、声が聞こえた。

 

 

「…は、何言ってんの沖田」

「来ないっつってんでさァ。朝、先生に会いやしてね」

 

ストックで机に隠しておいたお菓子を、坂本先生に食べられた銀八先生は、朝イチで駄菓子屋へ向かったらしい。

もちろん、坂本先生も連れて。

 

 

「な、なんだそれ!!」

「ついでに、服部先生も休みですぜ」

「!!!」

声が出なかった。

 

 

「なっ、なっ、なんでッ!?」

「適当なこと言ってんじゃねーぞ総悟」

うろたえるあたしに、土方くんも低い声で言う。

それに、周りにいた新八くんや神楽ちゃん、妙ちゃんも振り向く。

 

「心外ですねィ、適当じゃねーやい。朝、先生に会いやしてね」

痔が酷くなった所為で、病院に行かなくちゃいけないから今日の授業は自習。

 

「…って、先生に聞いたんでさァ、近藤さんと」

 

「「………」」

その場にいた全員の目が、近藤くんへと向かう。

 

 

「あ、いや、その…伝えるのをすっかり忘れてた!すまん!」

 

 

そういった直後、にっこりと笑った妙ちゃんの綺麗すぎるストレートが、近藤くんの左頬にヒットした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、急がなくてもよかったんじゃん…」

バラバラとみんなが席へ戻っていった後にそう呟く。

はあ、と息を吐くと力が抜けて、イスの背もたれに背中を預けた。

 

そのときに、ふと感じたお腹の痛み。

「……うう、朝ごはん食べてすぐ走ってきたからかな…お腹痛くなってきた…」

ゆっくりとお腹をさすりながら呟く。

 

 

「大丈夫か?」

「ちょっとゆっくりしてれば、治るよ」

心配そうに言ってくれる土方くんにとは言ってみたものの。

HRの時間が終わり、本来授業が始まっている時間になっても、まだ痛みは治まらなかった。

 

 

 

「うう…やっぱり、おなかいたい…」

でも体調崩すことあるんですねィ」

「今ツッコミしたくないんだって。お腹に力入れたくないんだって」

こんなときでも皮肉を言ってくる沖田を軽く睨んで、お腹をさする。

 

 

ずきり、ずきりと脈打つように痛むお腹を押さえる。

「あたたた……やっぱり、学校着いてから、朝ごはん、食べればよかった…」

「抜いてこなかったあたりが流石ちゃんだね…」

「だって朝食べないと力でないもん」

苦笑いで言う退くんに、あたしも苦笑いで返す。

 

 

「…どうせ自習だし、保健室行ってきたら?」

ちょっと横になったほうがいいかもよ、と言う退くん。

そう、かもしれない。

 

 

「えっと、保健委員の人は…」

「…あたしじゃん。保健委員あたしじゃん!!…っ!」

うっかりツッコミをいれてしまったが故に、またずきりとお腹に痛みが走る。

 

 

「仕方ねぇな。俺が付き添ってってやるよ」

がたり、と席を立つ土方くん。

 

「でも、悪いよ」

「どーせ自習なんて、寝るくらいしかしねーから気にすんな」

そう言って、退くんと沖田の方をみる。

 

「ザキ、総悟。こっちの方は任せたからな。…あと委員長も」

「はい、ちゃんのこと、よろしくお願いします」

「仕方ないですねィ。ほら、近藤さん、しっかりしなせェ」

 

ガタガタと席を立って近藤くんの方へ向かう沖田。

退くんは、あたしの手を1度きゅっと握って、ゆっくり休んでね、と言って沖田の元へ向かった。

 

そして土方くんはあたしの前に、手を差し出す。

「立てるか?」

「…手、借ります」

 

 

 

 

 

 

ぎゃーぎゃーと騒ぎ声の響くZ組から廊下へ出る。

土方くんの手を握ったまま、あたしは廊下の壁に背を預けた。

 

 

「うああー、もう朝ごはん食べて走らないー……!」

「朝以外でも食べた後に走るんじゃねーよ」

「ですよね」

そんなやりとりをして、歩き出そうとした。

 

 

けれど、足は進まない。

「…?土方くん?」

進まないのは、土方くんが立ち止まっているから。

 

 

どうしたの、と聞く前に土方くんが口を開いた。

「ちょっと、じっとしてろよ」

どういう意味だろうと思う前に、ふわり、と体が浮いた。

 

 

「…っ、え、え、ええっ!?」

「でかい声出すな」

近距離で言われた言葉に、口を紡ぐ。

 

でも、叫びたくもなる。

なんで、なんであたし、土方くんにその、通称お姫様だっこされてるわけ!?

 

 

そう思ったのが顔に出たのか、土方くんはゆっくり歩き出しながら小声で言う。

「腹痛ェんなら、歩くのも辛いだろ。階段だってあるしよ」

廊下に、足音がひとつだけ響く。

 

 

「…教室からじゃ、あいつら絶対騒ぐから」

ほんとうに、小さな声で、そう呟いた。

 

 

そこまで考えてたのか、という尊敬と、嬉しさと、お腹の痛みが混ざり合って、頭がうまく働かない。

「…この時間なら、他の生徒にも会わねーだろうしな。大人しくしとけ」

授業をしている教室の前を通るときは、足音をなるべく立てないように歩く土方くん。

 

 

「…ありが、とう…。あと重くてごめんなさい」

うまく働かない頭では、それくらいしか言えなかった。

「別に重くねーよ」

前を向いたままそう言って、土方くんは廊下を歩く。

 

 

 

 

どうしよう。

そんなこと言われたら、こんなことされたら。

また、朝ごはん食べてダッシュしようか、なんて………やっぱりお腹痛いからやらない。

 

 

 

 

おなかいたい


(「うぅうー…」「どうした」「いや、なんか…こう、もどかしい…!!」「はあ…?」)


 

 

 

 

 

 

 

あとがき

土方の優しさ。さすが副委員長。

なんだかんだ言って、ヒロインの体調が悪いと皆心配なんです。沖田も内心心配してたりします。

2009/04/25