金曜日ラスト授業。

襲い掛かる睡魔に耐えながらも、頭はがっくりがっくりと船をこぐ。

もう無理、意識飛ぶ…!

 

 

そう思った瞬間、時計の針は授業の終わりを指し、終業のチャイムが鳴った。

「お?もう終わりかのー。じゃあ、今日の授業はここまでじゃきー、各自復習したかったらしとくといいぜよ」

「適当だなオイィ!!」

午後の眠い授業だろうがなんだろうが、ツッコミだけは欠かさない新八くんに関心しつつ、あたしは帰りの準備を始めた。

 

 

妙ちゃんは新八くんと買い物、神楽ちゃんは沖田と喧嘩して校長の肖像画を壊したために、沖田とそろってお説教。

そんなわけで、今日の帰り道は一人だと思っていた。

 

ところが、昇降口で靴を履き替えていたときに、退くんが「一緒に帰らない?」と誘ってくれたわけで。

 

 

 

「退くんも、今日一緒に帰る人いないんだ」

「そうそう。近藤さんと土方さん…委員長と副委員長は、風紀の見回りがあるって言うし。沖田さんはお説教だし」

昨日の夜に降った雨でできた水溜りをよけながら歩く。

 

 

「ってか、退くんて徒歩通学だっけ?自転車じゃなかった?」

「ああ、それは…沖田さんに、鍵持って行かれちゃって」

徒歩で登校したはいいものの、帰りの徒歩がめんどくさくなった沖田は退くんの自転車を拉致していったらしい。

 

「帰ったら鍵はポストに入れとくって言ってたけど、自転車が無事で帰ってくるかどうか…」

はあ、とため息をつく退くんに、ドンマイ、とあたしは呟いた。

 

 

夜中の雨は相当のものだったようで、まだまだ道路には水溜りが多い。

歩道にできた水溜りをよけようと大きく足を踏み出した時、視界の端に車が勢いよく走ってくるのが見えた。

 

「……!」

避けるほどのものではない。

車はちゃんと車道を走っているのだから。

 

 

ただ、問題は。

 

 

ちゃんっ!」

 

 

バシャンッと豪快な音を立てて、水溜りの水が跳ね上がる寸前に、退くんはあたしの手首をつかんで歩道側に引っ張る。

突然引っ張られたあたしの体は、水溜りを避けようとしていた所為もあって、ぐらりと傾く。

 

「うわ、あわわっ!」

バシャッという水の跳ね上がる音を背後で聞きながら、あたしは退くんに向かって倒れこむ。

 

どん、と退くんの胸あたりに額をぶつける。

「ご、ごめん退く」

ちゃんごめんっ!!」

「え?」

 

 

あたしが言い終わる前に、先にごめん、と言われて何かと思うと、そのままの勢いで、あたしは退くんの方向へと倒れる。

「ぎゃああ!」

「うわああっ!」

2人分の悲鳴と同時に、ガサガサッと植え込みが音を立てた。

 

 

 

 

とっさに瞑ってしまった目をゆっくり開けると、目の前に退くんの首元が広がる。

え、なにこれ、どういう状況?

 

なんて思っていると、あたしの下から声がした。

 

「あいたた…ご、ごめん。足、滑っちゃった」

 

少し顔をあげてみると、かあーっと顔を赤くして、困ったように笑う退くんが見えた。

「な、慣れないことは、するもんじゃ、ないね…」

照れくさそうに笑う退くんの髪には、植え込みから千切れたのであろう葉っぱが引っ付いていた。

 

 

呆然として頭がついていけてないあたしの髪をなでながら、退くんは心配そうに言う。

「大丈夫?怪我とか、してない?」

「…あ、う、ん!大丈夫!怪我してないと思う!っていうか痛くないし……」

 

 

痛くない。

盛大に倒れたはずなのに、痛く、ない。

 

「そっか、ならよかった…」

ほっとした声を出そうとした退くんを見て、気づく。

かばって、くれたんだ。

 

 

「…っ、だ、大丈夫じゃなーーい!!」

「え、ええええ!?」

突然大声を出したあたしに、退くんはびくっとする。

 

「え、やっぱり怪我しちゃった!?うわ、ご、ごめん、俺の所為で…」

「違う!あたしじゃなくて、退くんが大丈夫じゃないでしょ!!!」

ぐっ、と上半身を起こして膝立ちになり、退くんの髪についた葉っぱを取り払う。

 

 

「痛かったでしょ、絶対痛かったでしょ、退くんこそ怪我してない!?」

叫ぶように言うと、今度は退くんの方がぽかんとして大丈夫、と言うように頭を縦に振る。

「ほんとに!?足とか挫いてない!?」

うん、と言いながら退くんは軽く足首を回す。

 

 

「よ、よか、った…」

安心して力が抜ける。

はあ、と息を吐くと退くんも体勢を起こした。

 

 

「ごめんね、なんか、逆に心配かけちゃって」

そう言いながら、地面についたあたしの左手に自分の右手を重ねる。

ちゃんに頼れるとこ見せようかな、なんて思ったのに、結局自分でだめにしちゃったし」

あはは、と笑いながら退くんは空いた左手の服の袖で口元をこする。

 

 

「ううん、そんなことない」

髪についた葉っぱをすべて払って、そのまま右手を退くんの肩に置いて、ぽすっと頭を胸に預ける。

「守ってくれてありがとね」

 

車の水しぶきから、植え込みの衝撃から、守ってくれてありがとう。

 

「…どう、いたしまして」

 

 

 

 

 

「…何してんの、お前ら」

退くんの少し照れたような声のあと、気が抜けたような声が聞こえた。

 

 

「あれ、銀八先生何でこんなとこにいるんですか?」

「そりゃお前…ここ、俺の家つーかアパートだし」

 

「「え?」」

見事にハモったあたしと退くんは、同時に銀八先生が指差した先を見る。

そこには、アパート名の書かれた古びた看板が立っていた。

 

 

「いやー、まさかうちの前でこんなことするたァ、山崎もなかなかやるな」

「ええ、ちがっ、違いますよ!ちょっと、その、転んだだけで…」

わたわたと慌てる退くん。

 

「それに、が上か…」

「ちょっ、ど、どんな勘違いしてんのよ先生!!」

「あーはいはい、まあほどほどになー」

そんな言い訳はいらねーよ、とでも言うように手をひらひらと振りながら先生はあたしたちの横を通り過ぎる。

 

 

「ちょ、違いますからね!!勘違いですからねそれー!!」

去っていく先生の背中にそう叫ぶと、くるりとこっちを振り返って先生も叫ぶ。

 

「そーいうことは、起き上がってから言えー」

 

 

 

「「…あ」」

 

 

 

 

純粋異性交遊です!



(「とりあえず帰ろうか、退くんっ!」「う、うん、そうだねちゃん!(もうちょっとあのままでいたかった気もするけど)」)


 

 

 

 

 

 

 

あとがき

見栄張ろうとすると失敗する退のお話。不憫ラブな管理人ですみません。

でもちゃんとヒロインのことは守ってますよ。

2009/07/10