まだ早朝、始業の鐘が鳴る数分前。
まだ、このZ組の教室にはぽつりぽつりとしか人がいなかった。
「おはよ、桂くん。今日も早いねー」
既に席についている桂くんにそう挨拶をする。
「ん、ああ、おはよう」
組んだ手に顎をのせてぼーっと前を見ていた桂くんがぴくりと反応を返す。
「何か考え事でもしてたの?」
悩みとか、なさそうなのに。
なんて思いながらあたしは自分の席に鞄を置く。
「いや…悩みというわけではない」
そう言ってから、少しだけ考えるような素振りをして、あたしの方へ視線を向ける。
「なあ、昨日…テレビは見たか?」
漠然と、そう聞かれる。
「うーんと…見てたけど、何の番組?」
「動物園特集の番組だ」
すとん、と席に座って頭をひねる。
「あ!わかった!見た見た!大江戸動物園、出てたよね!」
このあたりからだと、電車で行ける範囲にある動物園。
そういえば動物園なんてしばらく行ってないなあ、と思っていたらガタンと音を立てて桂くんがいすから立ち上がった。
「なら話は早い!今月は子猫と戯れられるイベントがあるのは知っているな!?」
やけに目をキラキラさせて、桂くんはあたしの後ろの席に座った。
「う、うん。知ってるよ。昨日テレビで言ってたし。可愛かったなー子猫」
黒猫から白猫、三毛やいろんな種類の猫と触れ合える、というイベント。
それが今月の休日に行われているのだ。
「、よければ一緒に行かないか」
「うん……うん!?え、あたし!?」
桂くんが他人をさそうとは珍しい。
おかげで驚いて声がひっくり返ってしまった。
「ああ。きっと、いや絶対癒されるぞ…ふふ、待っていろ肉球…!」
むふふふ、と怪しい笑い方をする桂くん。
「確かに癒されるだろうなあ…子猫…」
ふわふわの毛を想像していると、撫でたくなってきた。
「ああ。絶対癒される。昨日のレポーターも言っていただろう、癒されると」
「うん、あれは行ってみる価値ありだもんね。よっしゃ、じゃあ来週あたりに行く?」
そういうと桂くんは笑顔で「もちろんだ」と言った。
「でも、なんでまた急に…しかも誘う相手があたしなの?」
いつもならエリザベスが一緒に行動しているのに。
「いや、ここのところに元気がない様に思えてな」
「え」
ぽかん、とする。
「…元気、なかった?」
喉がからりと乾く。
「ないような気がしていただけだ。確信はない」
言いながら桂くんはあたしの目を見つめる。
正直、驚いた。
そこまでへこむことでは無いものの、最近少しだけ悩みというか…まあ、テンションが上がらなかったのだ。
悩みというまででもないし、個人的なことだから相談もするほどじゃない。
時間が経てば、自然に回復していくような心の気だるさ。
絶対に、外に現れないように、していたのに。
「…桂くんって、ときどきものすごく鋭いよね」
「俺はいつだって鋭いぞ」
「それはない」
寧ろ普段は鈍いところだらけだ。
それが急に、こうやって確信を付いてくるとびっくりする。
「には、いつも元気でいてほしいからな」
ふわりと頬を撫でられる。
思っていたよりも桂くんの手は暖かかった。
「ただでさえまともな奴がいないクラスなんだ。俺とくらいは、真面目にやっていなくてはな」
「桂くんも結構まともじゃないとき多いけどね」
まあ、あたしもひとのこと言えないけどさ!桂くんほどじゃないと思うんだ!
「…なんだか、元気は出たようだが…随分と毒舌になっていないか…?」
「まっさかあ。気のせい気のせい!」
笑っていると、するりと頬から桂くんの手が離れる。
その手をすかさずぎゅっと握った。
「こうやってさ、本音出して喋れるのって桂くんくらいしかいない気がするんだよね」
本音をぶつけても、桂くんなら受け止めてくれると思っているからだろうか。
「だからさ、感謝してるよ。真面目な桂くん」
にっこりと笑って、力強く言う。
一瞬目を大きく開いてから、すっと優しく笑って桂くんは手を握り返してくる。
「がそう言うなら、俺はこれからも真面目でいるとしよう」
「…うん、よろしくね!」
既に真面目というか、まともの道からはみ出している気がするけれど。
その言葉は、今は心の中にしまっておくことにした。
昨日テレビで
(「ちなみに木曜日はリスと戯れられるそうだが…、今から行くか?」「真面目宣言したのどこの誰!?」)
あとがき
なんか桂さん相手だと動物が絡んできます。どんだけアニマルラブなんだ。
そしてさりげなく鋭く好感度上げてる桂。ある意味一番のツワモノなんじゃないかと思います。
2010/01/06