「ねえ、ちゃん」

そう妙ちゃんに尋ねられたのは、今日のお昼の後にあった国語の授業中。

銀八先生は「昼飯の後は眠い」と言って睡眠授業にしてしまったおかげで、教室の中は休み時間同然なのだ。

 

「なあに、妙ちゃん」

今日は妙ちゃんの後ろの席が空席だったので、そこに座って話を続ける。

ちゃんは好きな人とかいないの?」

 

 

「……うん?え、何?」

「だから、好きな人はいないの?」

ええと。それは多分、ケーキが好き、とかの好きじゃない…よね。

 

「た、妙ちゃん、どうしたのいきなり」

「別に女同士ならこういう話だってするものよ。…で、いないの?」

にこにこと笑顔で尋ねられる。これは、逃げられないな。

 

 

「…ええと、まあ、いないこともない…かなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…って、言ったらしいな」

「何で知ってるんですか、高杉さん」

授業後。突然かかった放送で保健室に呼び出されてみれば、部屋に入るなりいきなりそんな話をされた。

 

「銀八に聞いたんだよ」

あの先生…!!寝てたんじゃなかったのか…!!

 

 

後ろ手に保健室の戸を閉めて、とりあえずそこらへんにあったイスに座った。

保健の先生用の回転式のイスに座った高杉さんは位置をそのままで、あたしのほうを向く。

「珍しいじゃねーか。お前がそんな曖昧な返事するなんてよォ」

 

 

そうなのだ。

昔からこの手の話には「好きな人なんていないいない」とキッパリ言っていたのに。

 

「実際、なんでああ言っちゃったのか分からないんですよね」

「なんだ。好きな奴がいるわけじゃねぇのか?」

「いや、うーん…どう、なんでしょう…」

 

 

自分でも、よくわからない。

好きな人がいるのか、と聞かれたときに反論できなかった理由が分からない。

あたしは誰か…好きな人が、いるのだろうか。

 

 

「って、別に高杉さんにはあたしに好きな人がいようがいまいが関係ないじゃないですか」

とりあえずこの『あたしの好きな人話』から逃れようと思って、考えるより先に口が動く。

「寧ろ、高杉さんこそいないんですか?」

 

高杉さんは昔からよくモテていた。その割に特定の女の人と付き合っているところは見たことが無い。

いやまあ、女の人といるところはよく見かけたけど毎回違う人だった気がする。

 

今現在も、隣に住んでるから分かるけど…家に女の人が来ている形跡は感じられない。

 

 

高杉さんは少しだけイスから上体を起こす。キィ、とイスが軋んだ音がして、声が響く。

 

「お前だよ。俺が好きなのは、お前だ、

 

 

え、と声が出るのよりも、頭がその言葉を理解するのよりも早く高杉さんはイスから立ち上がり、あたしの手を引く。

強引に立ち上がらされて体を引きずられ、保健室の置くのベッドに投げられる。

布団の上だから痛くはないものの反射的に「いたっ」と声が漏れる。

 

 

「え、あの、高杉、さん?」

さっきまで考え事をしていたこともあって、頭が働かない。

ぎしりとベッドのスプリングが鳴っていることも、高杉さんの背後に天井が見えることも、何故なのかわからない。

 

あたしの顔のすぐ横に付かれた高杉さんの手がベッドに沈む。

「ちょ、たたた高杉さんここ学校ォォォっ、むぐっ!!」

どくりと高鳴る心臓に反応するかのように早口で言った言葉は高杉さんの手に阻まれた。

 

 

が静かにすりゃ、バレねぇよ」

そう言ってあたしの口から離れた手は、頬を伝って顎にかかる。

「いい子にしてりゃ、気持ちよくしてやるぜ…」

 

ぎしっとベッドが鳴り、ゆっくりと高杉さんの顔が近づく。

硬直する体とコレでもかと言うほどに鳴る心臓。反射的にぎゅううと強く目を閉じる。

 

 

 

 

「…っていう感じに、俺ァその気になりゃすぐ女一人くらい落とせるんだよ」

がらりと声のトーンが変わり、さっきまで至近距離にあった気配が消える。

「へ、っ?」と間抜けな声が出ると共に目を開けると、悪戯っぽく笑う高杉さんが見えた。

 

「一人前にひとのこと気にしてんじゃねぇよ、このがきんちょが」

ぴしっ、とおでこを指ではじかれる。

 

 

「いっ……な…何するんですか!いろんな意味で何するんですか!!」

がばりと体を起こして、真っ赤になっているであろう顔を両手で押さえて叫ぶ。

「だから、ひとの心配してんじゃねぇってことだ」

 

 

ぐっと伸びをして、高杉さんはあたしの頭をぽんと撫でる。

「別に、今決めるこたァねえよ」

一瞬何のことか分からなかったけど、多分あたしの好きな人についてだろう。

 

「嫌になるくれェ悩めばいい。そんで、自分で一番だと思う奴ができたら、そん時に思いっきり甘えりゃいい」

ふう、と息を吐いて高杉さんは言う。

 

「だが、今はあのバカ共と楽しくやってろ。むしろ品定めでもしてやれ。選択を間違えねぇようにな」

そう言って微笑む顔が、夕日に照らされてひどく格好良く見えた。

 

 

 

「さて。そろそろ帰るか。、お前今日何で来た?」

「え、あ…と、徒歩ですけど」

若干呂律が回っていない口調で答える。

「なら乗ってくか?」

ちゃり、と手の中で揺れる車のキーを見せ付けられ、まだいまいち機能していない頭でこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

駐車場へ向かう頃には、空は暗い青に変わろうとしていた。

「なんでいきなり、ああいうことするんですか!心臓止まるかと思ったじゃないですか!!」

やっと普段どおり動き出した頭に浮かぶのは、さっきの状況への抗議の言葉だった。

 

「あれくらいで心臓止まるかよ。だからはまだがきんちょだっつーんだ」

「なんですとォオ!?あ、あ、あんなことされたら、大抵の女の子は固まりますよ!」

そう言えるほどに、悔しいけれど高杉さんは顔も声も良いのだ。

 

 

「冗談でああいうこと、しちゃ、駄目ですよ!」

「はっ、冗談であんなことするかよ」

「そうですよ!冗談で……え?」

思わず声を止めて高杉さんの顔を見上げると、笑いをこらえるようにカタカタと肩を振るわせていた。

 

 

 

「あーもう!あたし、絶対高杉さんみたいな人には惚れません!!」

「ククッ、別にかまわねぇさ。俺みてーな奴ァ、相手が何と言おうと惚れさせて離れられなくさせてやらァ」

「うっわあ、すごい自信。そんなこと言う人は一回思いっきりフられてしまえー!」

悔しくてそう言い返したら、またおでこを指で叩かれた。

 

 

 

 

 

好きな人の話







(「そんなことして本当にあたしが惚れちゃったらどうするんですか!」「そん時ァ責任とってやるよ」「!?」)


 

 

 

 

 

 

 

あとがき

何で高杉さんが絡むと、こうセクハラくさくなるんでしょうか。

保健医であり隣のお兄さんっていうポジションの所為ですかね。

2008/12/26