「ああああレポートが終わらないィィィ!!!」
「頑張ってください」
現在、あたしは新八くんと学校の図書室にいる。
来週の月曜日提出の化学レポートの存在を思い出したのは今朝だった。
家に資料はなく、ひとりで書ききる自信もなく。
とりあえずクラスで一番真面目っぽい新八くんに
『化学のレポートやった?やってないよね!だって5000字以上って半端ないもん!
というわけで一緒にやろうよ!ていうか寧ろ手伝ってくださいお願いします』
…という迷惑極まりないメールを送った。
そんな理不尽メールに返ってきた返信は、
『じゃあ学校の図書室でやる?資料には困らないし』
という優しさ溢れるメールだった。
「あーもー、あと1000字が…1000字の壁が…!」
「頑張ってください」
さっきから同じような会話を繰り返している。
普段なら図書室でこんな普通の声のトーンじゃ喋ることはできない。
けれど今日は土曜日、つまり休日の銀魂高校の図書室は誰もいなくて喋りたい放題なのだ。
「っていうか新八くん終わってる?え?何で終わってんの?」
「自習の時間にちょっとずつ進めてたんで」
「マジでか」
まさか自習の時間にちゃんと勉強してる人がいたなんて。
いや、それが普通なんだけど。
こう…3Zだと、それが普通にはならないんだよね。
「うう、あとちょっと…っていうかあと1000字…」
「こればっかりは手伝えないからなあ…。頑張って、ちゃん」
眉を下げて応援してくれる新八くん。
そもそもここまでレポートが進んだのは新八くんの助言があったからこそなのだ。
さすがに一番最後まで手伝ってもらうわけにはいかないか。
ここからはあたしが頑張らなきゃ、と体勢を整えて再びレポート用紙に向かう。
…あ、だめだ、何も書けそうに無い。
「…こうなったら…化学の先生を丸め込む作戦を考えるしかない!」
がたんっと席を立ってそう叫ぶ。
「何でですか!何でそっちに行っちゃったんですか!」
「山吹色の菓子でもこの中途半端レポートに添えて持って…」
「ダメェェェ!それダメですから!ちょ、何真剣に考えてるの!!」
全力の新八くんのツッコミに止められ、あたしは仕方なくすとんと席に着いた。
「だってあとちょっとが書けないんだよー。もう書き尽くしたんだよぉぉー」
べしゃりと机に顔を落として、窓の外を眺める。
「フフ…見て新八くん、空がすごくきれいだよ…」
「現実逃避しないで戻ってきてちゃん」
あたしの頭を撫でるように触れる手は、随分弱弱しいというか…遠慮がちだ。
「もっとちゃんと撫でてくれていいのに」
「へっ!?」
ひっくり返ったような声に、少し視線を上げてみる。
なんとなく予想がついていた通り、新八くんは顔をほんのり赤く染めて手をあたしの頭の上で硬直させていた。
「…なんか、新八くんに撫でられるの落ち着くなあ…」
「あ、え…えと…っ!」
えへへ、と笑って言うと新八くんの顔の赤みは更に増していく。
「隙ありィィィ!!!」
「!?」
新八くんが硬直したのを見計らい、あたしは完成しているレポートを奪い取った。
「ちょ、ちょっと!何やってるんですか!」
「ふっふっふー。油断大敵だよー新八くーん」
ひらひらとレポートをチラつかせながらいすの背にもたれて距離をとる。
「新八くん…あたしのレポートの続き書いてくれませんかねぇー?」
「ていうかほとんど案出したの僕じゃないですか…」
まあ実際それは正論だけど、ここで引き下がったらあたしのレポートはこのまま中途半端で終わってしまう。
「もちろんタダとは言いませんぜ。この完成レポートと、偶然鞄に入ってた手作りおにぎりで手を打ちませんかねぇ」
「そんな悪そうな笑顔しないでくださいよ…どこのお代官様ですか」
呆れたように言った新八くんは不意に少し考えるような仕草をした。
「……いいですよ。そのふたつで手を打ちましょう」
「あーだよね、やっぱ駄目……ってえええええ!?い、いいの!?」
さっさと返してくださいよ!みたいな返事が返ってくると思ってたのに。新八くんが、いいって、言った。
「ああ、でももうひと声欲しいですね」
さっとシャープペンを握って、書き損じのレポートの裏側つまり白紙の部分に字を書き連ねていく。
「たとえば…これを書いてから屋上あたりで一緒にお昼休憩、とか」
「……乗った!交渉成立!」
それから時計の針が丁度12時半を回った頃、カタンとシャープペンを机に置く音が響いた。
「よし、あとはこれをちゃんが自分で書き写してね。僕の筆跡じゃバレるから」
「うひゃー、ありがとう!!すごいね…なんか悩んでた時間が嘘のようだわ…」
出来上がったカンペを見て、思わず感嘆のため息が出る。
「今までの授業でやったことをまとめただけですよ」
「あー…あたしはその時間、多分睡眠学習してたなあ…」
「そりゃレポート書けませんよ」
ごもっともで。
しかし、これで提出までには間に合う!はぁー、よかった…!
「よし、じゃあもう12時過ぎちゃったし屋上行ってお昼だー!」
新八くんのレポートを返して、荷物をしまって席を立つ。
「あ、新八くん!もちろんこのことは誰にも言っちゃ駄目だからね!」
3Zメンバーにもバレたらおそらく、ずるいだの何だの言われるだろうし。
「もちろんですよ」
騒ぎ立てるいつものメンバーの顔が浮かんだのか、少し疲れたようにして新八くんは笑った。
賄賂
(「ていうかね。本当はさっさと終えて一緒にお昼食べようと思って持ってきたんだよ、おにぎり」「え、ええっ!?」)
あとがき
賄賂というか、人質というか、物質ですよね。難しいです賄賂って…!
そして私のなかでどんだけ新八は頭いい子になってるんだという。
2010/09/20