ふああ、とあくびをしながら夜の闇に沈んだかぶき町を歩く。

といっても夜遊びなんてものではない。

真選組のいち隊員としての見回りだ。

 

 

土方さんに「お前も一応女なんだから、夜の見回りはペアを決めておくからな」と言われているが、今日は一人。

相手が屯所内を探しても見つからなかったため、もういいやと思って一人で出てきた次第だ。

そもそも、一応女とか言うなら夜の見回り自体を免除してくれてもいいんじゃないの副長。

 

 

「ふああ…だめだ、昨日調子乗って沖田たちとトランプ大会なんかするんじゃなかった…」

閉じそうになる目をこすって開けながら、町を歩く。

もういいかな。帰っちゃおうかな。どうせ何も事件なんてないだろうし。

 

 

よし、帰ろう!と意気込んだ時だった。

どんっと後ろから、腰辺りに衝撃がきた。

 

くるりと振り返るとまだ幼い、女の子が泣きそうな顔をして私を見上げていた。

「どうしたの、こんな夜中に出歩いちゃだめだぞー」

しゃがんで女の子と視線を合わせると、女の子の目からぼろりと涙がこぼれた。

…え、ちょ、困る!

 

 

「お、お姉ちゃん、しんせんぐみの人…だよね?」

「うん、そうだけど…」

泣きやんでと言う前に女の子は自分が走ってきたのであろう方向を指さして途切れ途切れの声で言う。

 

 

「お姉ちゃんと同じ服の、お兄ちゃんが、あ、あたしをたすけてくれた、のっ」

「え?」

「あまんとがいっぱいいてっ…あのままじゃ、お兄ちゃんが、おにいちゃんがっ…」

しゃくりあげるように言う女の子の背をさすってあげる。

 

 

 

「分かった、お姉ちゃんがひとっ走り行って、そのお兄ちゃん助けてきてあげる!」

「ほ、ほんと…!?」

「うん。だから、もう泣かなくていいよ。ええと…とりあえず一人で帰るのは危ないから」

そう言って辺りを見回すと、よく見知った場所がすぐそこにあった。

 

 

「そこのお店の二階に上がって、銀髪のくるくる頭のお兄ちゃんに家まで送ってもらいなよ」

女の子は一瞬きょとんとしたけれど、こくりと頷いた。

そして、とんっと背中を押してあげてから、私は腰の刀を一撫でして走り出す。

 

 

きっと、そのお兄ちゃんってのは今日の見回りの相手だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河原の近くまで来ると、水面に映った月明かりで人影が見えた。

そしてどしゃっと何か大きなものが倒れる音が耳に届く。

 

いくつかの塊が地面に転がっている。

そこにぽつりと立つ、一人の人影。

 

 

「……さ、がる…?」

 

 

ツンと鼻につく臭いの中、きらりと何かが反射する。

私の声が聞こえたのか、その場に立つ人物はゆっくりとこちらに顔を向ける。

 

 

ちゃん?」

「…う、うん」

いつもと同じ声音で私の名前を呼んだのは、やっぱり今日の見回り相手の退だった。

 

 

「ごめん、今日一緒に見回りだったよね」

「いや、別に…特に何もなかったし」

むしろ何かあったとすれば今現在がそれである。

 

 

「そっか。じゃあ屯所、帰ろうか」

ビュッと刀を振り払って刀身についていた血を飛ばして鞘に納める。

かちりと刀が鞘に収まる音の後、退は微かな水音と共に歩いてくる。

 

 

「…ちゃん」

名前を呼ばれたのは、おそらく私が一歩下がったからだろう。

 

「あ、いや、その…」

頭では何も考えていないのに、体が危険信号を発するかのように退から離れようとしている。

たぶん、退は私に何か危害を加えたりはしない。彼は、そういう人だ。

 

 

「え、ええと。珍しいね、退が刀抜いてるなんて」

その言葉に退はぴたりと足を止める。

同じように、後ずさっていた私の足も止まる。

 

 

退は少し考えるように間をあけて、ちらりと視線を後ろへ向けた。

 

「…ちょっと、むかついたんだ」

「え?」

月に照らされた退の目は、いつもからじゃ想像できないくらい冷ややかだった。

 

 

視線を私に戻して、退は口を開く。

「人身売買のために、女の子を誘拐しようとしてたんだ」

「!」

おそらく、さっき泣いてた子がその誘拐されそうになっていた女の子だ。

 

 

「その子を逃がしてあげたんだけど…あいつら、俺が真選組って分かって何て言ったと思う?」

分からない、と言う代わりに首を左右に振る。

 

「俺を人質にして…君を、ちゃんを売り飛ばすって言ったんだ」

「なっ…」

 

なぜそこに私の存在が出てくるんだ。

そもそも、真選組ナメられすぎじゃないのか。

 

 

 

「それでむかついて…なんか、気付いたらこんなことになっちゃって」

俺もびっくり、と言って少し困ったように笑う。

 

 

 

「でも許せなかったんだ。俺のことはともかく…ちゃんのことを酷い扱いするのは、さ」

動けないままの私の前に、ゆっくりと歩いてきた退はゆっくりと手を持ち上げる。

そして私の頬へ伸ばそうとした状態で、ぴたりと止まる。

 

 

 

「…ねえ、ちゃん」

 

 

 

 

 

 

俺が怖い?









そう言った退の顔は、いつもみたいに少し困ったような笑顔で、その眼はほんの少し寂しそうな色に見えた。

 

 

「…ううん、私は怖くない。けど、今の退を見たら普通の人はびっくりしちゃうと思うから…早く帰ろ」

「……。うん、ありがと、ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

敢えて普段から怖い人以外でネタを考えた結果が山崎でした。

初っ端から飛ばし過ぎなダークはさすがに…と思ったのでこれくらいに落ち着きました。

2011/05/21