ぽつりぽつりと空から突然降りだした雨の中を全力で走る。

滑って転ばないように気をつけながら階段を上り、がらっと扉を開けて室内へ入る。

 

「うおおおっとセェェェーフ!!!」

「…セーフじゃねえよ」

呆れたような声は、ここ、万事屋の居間の方から聞こえてきた。

 

 

「あ、銀ちゃん。よく分ったね、私が来たこと」

「あんだけドタバタ音たてて階段登ってこりゃ分かるっつーの」

靴を脱いで上がろうとしたところでストップをかけられる。

 

「着物、そこで絞ってから上がれ」

「はーい」

 

 

 

 

銀ちゃんが言うとおり、セーフではなかった。

着物を絞ると思ったよりも多くの雨水がぼたぼたと玄関の床に落ちる。

「ったく…風呂入ってけ」

「うん。色々お世話になります…けど、もうひとつお世話ついでに服も貸してください」

「………」

 

 

 

温かいシャワーを浴びて、サッパリしたところでお風呂から出る。

銀ちゃんの箪笥から引っ掴んできた着流しを羽織って、帯をリボン結びにして長さを調節する。

うわ、裾めっちゃ引きずる。

 

 

よたよたしながら頭にタオルをかぶせて居間へ行き、ソファに座る。

「ふー、さっぱり!」

「そらよかったな」

銀ちゃんはいつもの定位置で机に足を投げ出してジャンプを読んでいた。

 

 

いつの間にか土砂降りになっていたようで、外からは雨の音が聞こえてくる。

「うあー…どうしよ、帰れないじゃん」

「泊っていけよ。今日は新八も神楽もいねーから暇だしな」

そういえば、いつもいるはずの二人がいない。

そして定春の姿も見えない…ということは一緒に新八くんの家にでも行っているのだろうか。

 

 

 

じゃあ、今日は銀ちゃんと二人なんだ。

そんなことが頭をよぎった時だった。ぱたん、とジャンプを閉じる音が部屋に妙に響いた。

 

「つーわけで、暇だからやってやるよ、それ」

いつの間にか私の後ろにいた銀ちゃんは私の頭に乗ったタオルに手をかけて、そっと髪を拭いてくれる。

「別にいいよ、そこまでお世話になるとなんだか申し訳ないし…」

「俺がやりてーだけだから気にすんな。ほら、前向いてろよ」

 

 

 

わしわしと大きな手が頭をなでるように髪に含まれた水分を拭っていく。

すると、ひたりとその手が私の首筋に触れた。

 

 

、お前これどうした」

「ああ、それね」

銀ちゃんが触れているところは、おそらくこの前虫に刺されたところだろう。

 

「ゴミ捨て場に行ったときに虫に刺されたみたいでさ。かゆいとかは無いんだけど、赤くなっちゃってて」

「男じゃ、なくて?」

「は?そんなわけないない」

ひらひらと否定するように手を振る。

 

 

「じゃあ、塗り替えてやるよ」

 

 

何を、と聞く前に背後に感じる存在が近くなった。

ふっと銀ちゃんの息が首にかかり、ぞわりと背筋が冷えたような感覚に陥る。

 

 

「っ、銀ちゃん…!?」

声を上げると、首筋に暖かいものが触れる。

声にならない声を上げると、銀ちゃんはひょいっとソファを乗り越えて私の横に座った。

 

 

「涙目になってんぞ、

「なっ…だ、誰のせいだと思ってんの!」

突っかかるように言い放つと、銀ちゃんはにっと笑って私の肩を掴んだ。

そのままゆっくり、ひどく優しい手つきでソファに押し倒される。

 

 

 

とすっと静かな音が耳に届く。

「かーわいい。俺のせいでそうなってると思うと、余計に可愛い」

「ぎ、銀…ちゃん…?」

 

何か、違和感を感じる。

銀ちゃんの目ってこんな色だっけ。

 

 

 

「ソファ、濡れちゃうよ?」

やっと出た言葉が、それだった。

「んなもん気にするな。それより…」

銀ちゃんのふわふわの髪が私の頬を滑ると同時に、首筋を舌が這う。

ぬるりとした感覚に背筋がぞくりとする。

 

 

圧し掛かっている銀ちゃんを押そうと肩に手をやってみたけれど、力が入らない。

ぎゅっと目を閉じると、首筋に痛みが走った。

 

「いっ…!ちょ、ちょっと!今噛んだ!?」

「ああ、悪ィ。の肌…柔らけーから、俺の痕を残したくなるんだよな」

痕って。

一体何を言ってるんだろう。頭が、ついていかない。

 

 

 

ごめんな、と言って銀ちゃんは私の首から顔を離す。

それでもきっと私の首の痕は、さっきよりも確実に赤くなっているんだろう。

 

 

「でもよォ」

ぎしりとソファが軋む音がする。

「俺の着物着て、そんな反応されたら俺の固い理性だって崩れるっつーもんなんだぜ?」

声音は言い聞かせるような優しさを含んでいる。

けれど、銀ちゃんの手は着物の合わせ目を潜り抜けて私の足へと伸びる。

 

 

「いっ、やだ、やだっ、銀ちゃんっ!」

ゆるゆると太腿を動く手を退けようとしても、銀ちゃんの体に阻まれて手が届かない。

なんとか絞り出した声は自分でも驚くほど弱く震えていた。

 

 

 

 

ぴたり、と銀ちゃんの手の動きが止まった。

 

 

「…はー…。わーったわーった、俺が悪かったって」

ぱっと両手を離して起き上り、呆然としている私の手を引いて体を起してくれる。

 

 

「俺はが嫌がる事はしねーって心に誓ってんの。だから…もうしねーから、そんな顔すんな」

そう言って銀ちゃんは笑い、私の目元を撫でる。

その手はとても優しくて、さっきまでの銀ちゃんは一体誰だったのだろうとさえ思う。

 

 

「ほ、ほんとにびっくりしたんだから…!」

「しょーがねーだろ、涙目のがマジで可愛かったんだから」

「次やったら真選組に通報してやる!」

「うっわ。それぜってーやめろ」

本気で嫌そうな顔をして、銀ちゃんは眉を顰める。

 

 

ざあざあと降り続けている雨の音の中、銀ちゃんは「ドライヤー、取ってくる」と言って立ち上がる。

 

 

「…まあでも、お前が嫌がらないようになったら…そんときは、な」

 

 

 

「え?」

 

ぽつりと呟いた声。

その時の表情は見えなかったけれど、くるりと振り返った銀ちゃんの目は、さっきと同じ色をしていた。

 

そして銀ちゃんは、ふわりと優しく、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

やさしい狂喜









何かがおかしいと感じるのは、土砂降りの雨という天気なせいなのか。それとも、彼が、おかしいのか。

 

 

 

「なあ…今日だけじゃなくて、ここに住んじまえよ。あいつらだって反対しねえって」

 

夜は、まだ、長い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

あれ、なんか、終わり方怖い。銀ちゃんはこういう変態チックな攻め方が好きそうって言う勝手な想像。

着流しを借りるかインナーを借りるか、本気で悩みました。あと下着着るか着ないかとか。

その辺は皆様のご想像というか、お好みにお任せします。

2011/05/29