カツカツと響く靴音が春雨の戦艦内に響く。
今日は会議があるとか何とかで、廊下には人気がない。
今は朝イチで押しつけられた神威団長の仕事を終えて、書類を届けに行く途中だ。
「まったく…人使いが荒いんだから……ん?」
ふと後ろを振り返る。
なんだろ、今視線を感じた気がするけど…気のせいかな。
「っていうことが最近頻繁にあるんだよォォ!ねえ阿伏兎、ここってあの…幽霊的なもの出るの!?」
「今のところそんなモンに遭ったことはねーな」
阿伏兎の部屋に飛び込んで話を聞いてもらったけれど、返ってきた答えはそんな言葉だった。
「じゃあ阿伏兎には見えないんだよ。霊感無いんじゃないの?」
「大体この船にゃ幽霊より怖い奴がいっぱいいるだろ」
「それもそっか」
確かに、私らが仕える主というか団長なんて、その筆頭のようなものだ。
「しかし…視線を感じるねェ。そりゃきっと嬢ちゃんのストーカーだな」
「えっ、私そういうアブノーマルな人より普通な人がいいな」
「そうじゃなくて、殺す側で狙ってる奴かもしれねーだろ。この船はそっちの気がある奴の方が多いだろうしな」
確かに、夜兎やその他に血の気の多い天人…あれ、私獲物にされかけてんの?
「あの、殺されそうになったら助けてね、阿伏兎」
「近くにいたらな」
まあそう心配するな、といって頭を撫でてくれた阿伏兎の手の温かさに安心して部屋を出た。
ぱたんと静かにドアを閉めて、部屋に戻ろうと歩き出す。
同じ第七師団の団員とすれ違いながら部屋へ戻る。
あと少しで部屋にたどり着くところで、背筋がぞわりとした。
「…っ…」
立ち止まりそうになる足をなんとか動かして、早歩きで部屋へと戻った。
やっぱり、気のせいじゃ、ない。
「阿伏兎ォォォ!!部屋、部屋泊めてェェ!!」
「意味わかんねーよ」
バーンと阿伏兎の部屋の戸を開けて、広い背中に飛びつく。
「この前話した視線をまだ感じるの!ていうか、今日なんてここに来るまでずーっと感じてたんだけど!」
「そりゃまた熱狂的なストーカーだな」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだってばぁぁぁ!!」
気持ち悪いったらない。
部屋を出た時に既に妙な気配を感じ、素早く扉を閉めて全力疾走でここまできたのだ。
「それなんだけどな。俺もあれから考えてはみたんだが…この師団内の奴なら、嬢ちゃんに目はつけねーと思うぜ」
「なんで?」
むしろ天人の中に地球人がぽつりと交ざってるんだから、逆に目を付けられるんじゃないだろうか。
「あんたは団長が連れてきた奴だ。そんなのに手ェ出してみろ、それこそ恐ろしいことになるだろ」
「うーん…そういうもんかなあ」
神威団長はそういう、仲間を大事にする意識とかはなさそうなんだけど。
どっちかといえば、飽きたら捨てるなり殺すなりサラッとしそうなタイプだと思う。
「相談すんなら、団長にいっぺん言ってみりゃいいんじゃねえの」
「…うん、私の頼みとか相談とか聞いてくれるとは思えないけど…耐えきれなくなったら行ってみるよ」
ありがとう、と言って私は扉の前で深呼吸をしてひとまず部屋を出た。
その日の帰り道は視線も気配も感じなかった。
もしかしてターゲット変更してくれたのかなと思い、立ち止まってふうと息を吐く。
よし。と顔をあげて再び歩き出そうとした時だった。
コツ、と私じゃない靴音が後ろから聞こえた。
バッと勢いよく振り返っても、そこには誰もいない。
さすがに気にしすぎかなと思い、部屋に向かって歩き出す。
カツカツという私の靴音の後ろから、同じ歩調でコツコツと靴音が聞こえてくる。
じわりと汗が滲む手を握りしめて振り返る。
けれど、やっぱりそこに人影はない。
「…いい加減にしてよ…っ!」
本当は叫んでやろうかと思ったけれど、恐怖から声が掠れてしまった。
とりあえず逃げなくちゃ、と頭が考えると同時に足を動かす。
たんっと地面を蹴って走るものの、後ろから聞こえる靴音も同じ方向へと駆けてくる。
「ちょっ、う、うそでしょ!?」
本気でストーカー!?この春雨の戦艦内で!?
ぐるぐると艦内を走り回り、いつの間にか見たことのない場所へと迷い込んでいた。
それでも後ろから追いかけてくる気配は消えない。
「う…もう、やだっ…団長っ、神威団長!!」
泣きそうな声になってる自分が嫌になりながら、この戦艦の中で一番強い人の名前を叫ぶ。
「ん?何、どうしたの。そんな顔して」
「へっ…」
ひょっこりと曲がり角から現れたのは、私の上司であり、さっき名前を叫んだ人物だった。
「だ…団長…っ!神威団長!!!」
「おっと」
ぎゅうっと神威団長にしがみ付き、息を整える。
「もう嫌です、最近変な視線を感じたり追いかけられたり…っ!気持ち悪い…!」
「んー…それってのストーカーってやつ?」
見上げると神威団長は、ひょこひょこと頭のアンテナのような髪を揺らして私の顔を見ていた。
「へえ。それは、身の程知らずな奴だね。俺の…団員に目をつけるなんてさ」
神威団長はちらりと私が走ってきた方向に視線を向けて、薄く笑う。
「大丈夫。俺が傍にいてあげるから」
そう言って私の背中を擦ってくれる神威団長の胸にぽすっと頭を預ける。
「…ありがとう、神威団長」
そう私が呟いた時。
頭上で神威団長が笑っていたことを、私は知らない。
じわりじわり、追い詰めて。
ふ、あはは。おもしろかったよ、の反応。こういうまどろっこしいのも、たまにはいいかもね。
これでは俺のもの。…さて、次はどうやって遊ぼうかな。
あとがき
…なんか、あんまり普段と変わらない気がする。さすが神威マジックですね!(ぁ
ちなみにストーカー犯人は神威に言われてやってた団員。全部神威の作戦です。とんだ鬼畜。
阿伏兎はヒロインにバラしかねないので、何も知らされてません。今回一番の良い人。
2011/06/26