宵闇の中を飛ぶ、鬼兵隊の戦艦。

その廊下の先に我等が隊長の姿を見つけた私は走ってその腰にどんっと抱きついた。

 

「晋助!なーにしてんの?」

抱きつかれた当人は、なんだお前か、といった目線を肩越しに飛ばしてくる。

 

 

「今日は新月だからな。外にいてもつらまねェし、部屋に戻るとこだ」

「そっか。私も暇だから行っていい?」

無言を肯定ととって、晋助の腰から手を離して隣に並んで歩く。

晋助とは攘夷戦争の頃からの知り合いなため、今ではお互い敬語も遠慮も無い。

 

 

「なんだか晋助に会うの久々だなあ」

「そうか?」

そうだよ、と返すと晋助がこちらに目を向けた。

にへら、と笑ってみせると晋助も「締まりのねぇ顔」と言って笑った。

 

 

数日前からつい今朝方まで、晋助の命令で春雨の天人との交渉をしていたのだ。

相変わらず地球人を馬鹿にしたような態度をとる天人にいらつきながらも、交渉は無事に終了した。

面倒な報告書は万斉に押し付…頼んで、私は今に至るというわけだ。

 

 

「だから、疲れて帰ってきた私を労わってください隊長!」

「誰が隊長だ。つーか帰ってすぐに爆睡してたって聞いたぞ」

なんだと。

なぜバレた。

 

 

「大変なんだよー天人と喋ってるの。もうストレス溜まりまくりだよ!」

へえ、とつれない返事をする晋助と歩いていると、いつの間にか彼の部屋に到着していた。

 

 

 

「へへ、晋助の部屋も久しぶりー!相変わらず綺麗だねえ」

「大して使ってねえからな」

空気の入れ替えのため、窓をがらりと開ける。

 

真っ暗な空を少し見上げてから晋助が振り返ろうとした瞬間に、私は彼の腕を引き床に押し倒す。

不意打ちだったというにもかかわらず、晋助の顔はさほど驚いてはいなかった。

 

 

「あれ、なんだかつまんない反応」

「これで何度目だと思ってんだ、

晋助の体を跨ぐようにして膝立ちになる。

左手は指を絡めるようにして床に縫い止めた。

 

 

「んー…何回目だっけ。忘れちゃった」

笑いながらも込めた力は緩めない。

 

「疲れたっつったのはどこのどいつだ。力有り余ってんじゃねーか」

「晋助に会ったら元気出てきたの」

にこりと笑いながら、空いた左手で晋助の髪を指に絡める。

相変わらずサラサラの綺麗な髪。

 

 

「いいなあ、綺麗な髪してて。羨ましいよ」

「そうか?」

どうでもよさそうに言いながら晋助は私の髪に手を伸ばし、ぐっと髪を掴む。

そのまま自分の方へと引っ張り込んだ。

 

 

「いっ…た、ちょっと、痛いじゃない」

の髪だって十分綺麗だ」

さっきよりも随分近づいた距離で囁くように言う晋助に、少しだけ緊張する。

けれど、引っ張られた痛みは別だ。

 

ぐっと晋助の手を掴んでいた右手に力を込める。

ぎりぎりとしばらく切っていない私の爪が晋助の手の甲に沈む。

 

 

「ッ…いてぇな」

普段から鋭い晋助の目が更に細められる。

「私だって痛かったもん。絶対今ので少しは髪抜けたよ」

 

するりと晋助の手が髪から離れたのを確認してから、右手に込めていた力を抜く。

血の流れが急に良くなった所為か、晋助の指先が赤くなり熱を帯びていく。

 

 

「そういや、春雨じゃ天人に何かされなかったか」

「ああ、大丈夫大丈夫。厭な目で見てくる奴は睨み返しておいたし」

また子に行かせなくて正解だったよ、と安堵の息を零す。

 

 

「来島とは随分仲がいいんだな」

「うん、また子は大事な友達だからね。天人なんかには渡さないよ」

「どこの男の台詞だ、そりゃ」

クツクツと笑う晋助に嫉妬?と尋ねると、そんなわけねえと一蹴された。

 

 

「ふーん?ちょっとくらい妬いてもいいのに」

「俺の嫉妬を甘くみんなよ。嫉妬心に狂ってたら、今頃周りにゃ誰もいねぇぞ」

「それはまた、すごい口説き文句」

牽制どころの話じゃない。

 

 

「死体に囲まれて生活するなんて絶対嫌だから、そういうのはやめてよ」

「お前こそな」

にたりと笑って晋助は私の頬に手を添える。

 

 

「私はそんなことしないって。…私がするなら、殺す相手はひとりだけだもの」

にこりと笑い返す。

言葉の意味が分かったのか、晋助は「お前もすげーな」と言って、やっぱり笑った。

 

 

「なあ、もう少し寄れよ」

頬を撫でる手とその言葉の意味を理解して、私は小さく首を振る。

 

「やーだよ。食べられちゃいそうだもん。食いちぎられるのは真っ平御免」

前に一度その被害にあったことがある。

まあ、食べられそうになったと言っても、少し口の端が切れたくらいだったけど。

 

 

「ククッ、は知らねーだろうけどな。お前、すげー甘いんだよ」

「晋助っていつから甘いもの好きになったの?」

すっと晋助の親指の腹が私の唇をなぞっていく。

 

 

「お前のは特別なんだよ。俺好みの甘さなんだ」

「甘いのがいいなんて銀時みたいね」

 

くすくすと笑うと、突然晋助は私の顎をがしりと掴んでぐっと自分の顔を起こし、自分のそれを重ねる。

息が詰まって苦しくて、晋助の手を叩き払って腕を床へ押し付ける。

 

 

「…っ、どうしたの、妬かないんじゃなかったの?」

「気が変わった」

とんでもない気まぐれさんだ。

 

 

「食べられちゃいそうで嫌、って言ったでしょ」

顔にかかる髪を払うように首を振って、笑っている晋助の目を見つめ返す。

 

 

 

押さえつけていた腕から手を離し、ぐっと晋助の首に手をかけて少しずつ力を込めていく。

もちろん殺す気なんて無いけれど、晋助は額に汗を浮かべて少しだけ呻き声を上げた。

 

一瞬大きく開かれた目を細めて、歯を食いしばる。

普段と違う、余裕の無い顔。

 

 

 

「えへへ、晋助のそういう顔…他の人に見せちゃ、だめだよ」

「…ッ、あ、たりめーだ。以外にこんなヘマするかよ」

 

晋助は掠れた声で言い、不敵に笑ってみせた。

 

ふふ、あはは、とその顔を見て私は笑う。

 

 

 

 

 

 

いいね、ソノ顔。

   もっと歪めたくなる。









 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

なんでこうなった。

と言いたいかもしれないですが、実はこういうのもひとつは入れたかったんです。

2011/09/18