ここのところは大きな仕事や任務も無く、春雨第七師団には本の少しだけいつもよりゆるい空気が流れていた。

といっても、夜兎族などの戦闘種族は戦いたくて仕方がないらしく、しょっちゅう建物を破壊しかけている。

 

その筆頭になっていそうなのが、我らが団長なのだけれど、今回は違った。

建物は破壊していないけれど、被害は、出ている。

 

 

「で、ですから。絶対無理ですってば、私じゃ神威団長の暇つぶし相手にはなりませんって」

「そんなのやってみなくちゃ分からないだろ」

にこりと笑いながらじりじりと詰め寄ってくる神威団長。

 

ここ最近、春雨の戦艦の廊下で神威団長に会う確率がものすごく高い。

そしてその度に手合わせしてくれだとか、無理なことを言ってくる。

当然、地球人で一般人な私に夜兎族の神威団長と手合わせなんてできるはずがない。

 

 

 

「どう考えても、一瞬でひねり殺されますから!ほんっと勘弁してください!」

「ちゃんと手加減はしてあげるから。が死んだら余計に退屈になるし」

なんだか怖いことをさらりと言われた。

 

 

「まあ別に、なら…手合わせじゃない運動でもいいんだけど」

「は?」

神威団長の言っている意味がわからず、首を傾げる。

その隙にぐっと間合いを詰められた。びっくりして体を仰け反らせようとしたところを神威団長の腕が阻止する。

背中にまわされた腕に支えられ、神威団長との距離が近づく。

 

 

「俺は別に場所には拘らないけど、やっぱりベッドの上の方がいい?」

「………」

 

嫌な予想が、頭に浮かぶ。

 

 

「どこででも嫌ですからァァァ!!!」

渾身の力で神威団長を突き飛ばして廊下を駆け抜ける。

かなり力を入れたはずなのに僅かしかよろめかなかった神威団長に背を向けたまま、自室の方へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

そんなやりとりがここ数日続いている。

毎日走り回っていたせいか、さすがに疲れが出てきたらしく今日は少し体が重い気がする。

 

今日は、会いたくないな。

 

 

そう思った矢先に神威団長の声が背に届いた。

「やあ、。今日も仕事してるの?少しくらいはサボってもいいのに」

そうやってあなたがサボるから、書類仕事が回ってくるんです。

いつもなら言い返せている台詞が、今日は出てこない。なんだか、それすらも億劫に感じる。

 

 

「あれ?言い返さないの?つまんないな」

「…神威、団長…」

つまんないとは何事ですか、と言いたくてくるりと神威団長の方を振り返る。

同時にぐらりと世界が傾いた。

 

 

あれ、なんか、変。

 

神威団長の口が何かを言っている気がするけど、声が、聞こえない。

 

 

 

ぐら、り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息が苦しい。酸素を求めて肺が痛くなる。

痛い、苦しい、いたい。

 

 

 

「…っ、う…!?」

「あ。やっと起きたね」

重い瞼をぐぐっと上げると、目の前に楽しそうな神威団長の顔があった。

でもそんなことより重要なことがある。

 

 

「か、むい…だん、ちょ…っ、くるし、い…!」

私の首を締め上げている神威団長の手を引きはがそうと、自分の手を添える。

「ああ、そっか。もういいよね」

 

ぱっと離された手と、突如肺に入り込む酸素にげほげほと咽る。

ごろりと横に体を向けたところで、今私がベッドの上にいることを知った。

 

 

「なっ、え、かかか神威団長、まさか…!」

「俺はの首しか締めてないよ。突然倒れてから、なかなか目を覚まさないから退屈でさ」

締めちゃった、と子供のように笑う。

こっちとしては笑い事じゃない。

 

 

「し、締めちゃったって、そのまま永眠するところだったじゃないですか!」

「でもちゃんと手加減はしたし、現に生きてるだろ」

ベッドの上で胡坐をかいている神威団長から、体を起こして少し距離をおく。

そしてその間に枕をぼふっと置く。

 

 

「…ここからこっちに近寄ってこないでくださいね!」

ばしばしと布団を叩いて、わかりましたか!と神威団長に言う。

すると神威団長は、噴き出すように笑いだした。

 

 

 

「ふ、あっははは、やっぱりそうでなくちゃ」

「は…?」

何が、という目線を向ける。

 

「やっぱりそうやって、抵抗してくれた方が楽しいや。退屈しない」

そう言って私が置いたばかりの枕を掴み、ベッドから降りる。

 

「従順なのが良いって奴もいるけど、それじゃつまらない。くらい抵抗して、逃げてくれた方が追い甲斐がある」

すっと細めた眼で見られ、獣の餌にでもなったような錯覚に陥る。

ぞくり、と背筋が冷えた気がした。

 

 

がそうやって抵抗してる間は、殺さないように手加減してあげる」

にこりと笑って、神威団長は持っていた枕を私に向かって投げる。

顔面に直撃する前に手でそれを受け止め、ぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

「だから、はやく調子戻しなよ。…俺を退屈させないでよね」

 

 

 

 

ぱたん、と静かに戸を閉めて神威団長は部屋から出て行った。

静まった部屋の中、私はここが自分の部屋だということにやっと気付いた。

 

 

倒れた私をここまで運んでくれたことにお礼は言いたいけれど、抵抗しろと言われたばかり。

ありがとうございました、なんて言ったら、殺されるんじゃないだろうか。

 

これから先のことを考えて吐いたため息は、部屋に小さく溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

退屈させないでよ?











これから先、ずっと抵抗してなくちゃいけないんですか、ねえ神威団長。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

抵抗されると燃えるタイプのSな団長もいいんじゃないかと思いまして。

お題の口調的に団長が似合うかなあと思って書いたお話です。

2012/01/09