夕方から降り出した雨は、夜中になってやっと少し収まってきた。
真選組の屯所で仕事をしている私はいつもならちゃんと自分の家に帰っている。
しかし今日は急に降り出した雨のせいで家に帰れず、土方さんと近藤さんに相談したところ一泊していくといいと言われた。
男所帯だから、何かあったらとりあえず叫べと土方さんに念を押されて客間を借りた。
何かと言われても、毎日の鍛練で疲れた隊士の皆さんは既に就寝しているようで屯所の中は静まり返っていた。
けれど、そんな中にイレギュラーな人がひとり。
「オイ、そこで何やってんでさァ。…ってあれ?じゃないですか」
部屋の前の廊下で屯所の中庭を眺めていると、沖田さんが目をこすりながら歩いてきた。
「夕立の所為で家に帰れなくて…土方さんに相談したら、一晩くらい泊まっていいと言われたので」
お部屋お借りしてます、と軽く頭を下げた。
そう言うと沖田さんは無表情のまま、少し視線を逸らして「土方さんが、ねえ…」と呟いた。
「珍しいこともあるもんですねィ。こんなとこに女一人泊めるなんてしないタイプだと思ってやした」
「ええ、ですからこうやって他の人から離れた所に泊めさせてもらって…」
そこまで言ってふと違和感に気付き、少し視線を下げる。
「どうして沖田さん、こんなところに…?」
ぱっと顔を上げると先ほどよりも近いところにいた沖田さんに押されるようにして部屋の敷居を超える。
ぱたん、と沖田さんは後ろ手で部屋の戸を閉めて薄く笑う。
「さあ?なんででしょうねィ。…でも、そういう気まぐれを起こす奴だっていなくはないんですぜ」
ぱしっと左手首を掴まれる。ぎゅっと押さえられた動脈が熱をもって疼き出す。
「部屋から出るなとは、言われなかったんですかィ」
「言、われ、ました…けど」
たかが部屋の前だ。散歩していたわけでもないのだから、大丈夫だろうと、思った。
「わかってやせんねえは」
ぐっと手首を掴み上げてから引っ張られ、体が前に倒れ掛かるが一歩踏み出してバランスをとる。
手首を掴んでいた手が少し二の腕の方へずれたかと思うと、沖田さんは私の手首の内側をべろりと舐めた。
「ここは旅館じゃないんですぜ。自分らのテリトリーでこんだけ無防備でいる女に何もしないとは限りやせん」
「いっ…!」
ぐっと脈打つ血管に歯を立てられ、痛みにぞわりと背筋が震える。
「それとも、誰か誘いたい男でもいたんですかィ?」
痛みと恐怖と沖田さんの楽しそうな笑顔で頭が真っ白になる。
違うって返事をしなくちゃいけないのに、うまく、言葉が出てこない。
「無言ってのは肯定ってことでいいんですかね」
違うと首を振ろうとしたのに、空いている左手で顎を掴まれて視線を固定される。
「冗談じゃねえや」
フッと沖田さんから笑顔が消える。
がり、と左手の薬指を噛まれる。
「いたっ、痛い、です、沖田さん…っ!」
噛みちぎられるというほどの痛さではないが、突然の事に体がびくりと跳ねる。
痛いという声を無視して沖田さんは指先、手首、首筋、耳朶へと順番に歯を立ててはその患部を舐めていく。
舐められて湿気を帯びた部分が空気に触れて冷やりとする。
「や、やだ、沖田さんっ」
少しずつ冷めていく頭で、ようやく言葉を紡ぎ出せた。
「その割には顔、熱くなってますけど。本当はこういうの好きなんじゃないですかィ」
「なっ…違いますっ!わ、私そんなっ」
そんな趣味は無いと言う前に今度は寝巻をずらされて鎖骨のあたりを噛まれる。
「どこがいいんですかい。ねェ、?」
にこりと顔を見上げてくる沖田さんは楽しそうに嗤っていた。
どこだってよくない、やめてほしいのに、なんでまた声が出なくなってしまったのだろう。
「ど、うして…っ、どうして、こんなこと」
やっとのことで零れた声は沖田さんへの返答でもなければ否定でもなかった。
「どうして?」
沖田さんのきょとんとした目が私を見つめ、すっと細められたかと思うと何かを考えるように動きが止まる。
けれどすぐに私の右手を掴み、掌にそっと口づける。
「しいて言うならお仕置きってやつじゃないですかね」
ぽつりと小さな声がこぼれる。
ぐっと背筋を伸ばして、沖田さんは私の頬に手を滑らせる。
「夜の屯所で気ィ抜いてたら、こういう目に遭いやすぜ」
そう言って私の右手を私の目元に運ぶ。
ひやりとしたものが指に触れ、自分が涙目になっていたことに気付く。
「こんなこと誰かにされようモンなら、今度は人前で同じことしてやりまさァ」
濡れた私の右手を自身の口元へ運び、指に薄く移った涙を舐めとられる。
こんなこと人前でなんて、たまったものじゃない。
「出、ません、ちゃんと、大人しくしてます、から」
それどころか泊まらないようにしますから、と心の中で呟く。
にこりと楽しそうな笑みを浮かべて、沖田さんは再び首筋に顔を埋めてゆっくりと舌を這わせる。
「そうやっていい子にしててくだせェ」
喋るたびにかかる息が濡れた首に当たってぞわりとする。
小さく体を押されて、敷いたままになっていた布団の上に倒れるように座り込む。
「じゃあ、また明日。おやすみ、」
ぱたんと閉められた戸に映る沖田さんの影をゆっくり見送って、数分前に部屋から出てしまったことを後悔した。
けれど。
痛いのに、怖かったのに、拒絶以外の感覚が自分の中で疼いている気がする。
違う、私は、こんなの嫌なのに、嫌なはずなのに。
もう、消せない
癖になっちまったんなら、しょうがないですねェ。今度はもっと…気持ちよくさせてやりまさあ。
あとがき
誰か一人くらい傘持ってなかったんかとツッコミたい。
今回はドS目指して書いてみました。描写書いてる間恥ずかしくてたまらんかったです。
2012/02/05