夕方、買い物を済ませて居候先である万事屋へ帰るといつも聞こえてくる元気な声がしなかった。

おかえりアル、と迎えてくれる声が無いことに少し首を傾げながら荷物を持って居間へ向かう。

 

 

「ただいまー、食糧買い込んできたよー…ってあれ?銀ちゃんだけ?」

「ん、おう。神楽は新八んとこ泊りに行くってよ。ゴリラ討伐の作戦会議するんだとさ」

「ああ…近藤さん…」

時々町で会ってはお妙さんが冷たいとか、あれは愛情の裏返しだとかいう話を聞く。

そのうちぱったり会わなくなったらそれはそれで不安だ。

 

 

「つーか帰ってきて真っ先に神楽と新八のことかよ。銀さんとふたりっきりだぞ、嬉しくねーのか」

「う…嬉しいけど、緊張するっていうか…」

買ってきた食料を冷蔵庫にしまいながらぼそぼそと呟く。

ふたりきりだと、色々恥ずかしくなったときに逃げ道がないのが問題なのだ。

 

 

 

「緊張って、お前もうずっとここにいるだろうが。何を今更緊張してんだよ」

その声が急に近くなったかと思うと、ぎゅっと後ろから銀ちゃんの腕が回って身動きがとれなくなった。

 

 

「ひゃわわっ、ぎっ、銀ちゃんっ!」

「おーおー、顔真っ赤。はこういうのぜんっぜん慣れていかねーのな」

からかうように笑う声の吐息が耳をくすぐる。

分かっていてやっているのか、わざとなのか。やられているこっちの心臓はただごとじゃないというのに。

 

 

 

「もー、そういうこといきなりしないでよね!」

買って来たものを冷蔵庫にしまい込み、ばっと立ち上がって銀ちゃんの腕を振り払うようにして腕の中から逃れる。

 

「んじゃ聞けばいいのか?今からのこと抱きしめていいか、って」

「え、いや…それはそのー…」

はいかいいえで返事をするのもなんだか恥ずかしい。

 

 

「やっぱ、不意打ちするしかねーじゃん」

ぐっと私の腕を引っ張って顔を向き合わせる。

やめてよね、と抗議の声を上げる前に銀ちゃんの手が私の頬をなぞるように滑った。

そんな仕草もよくされるけれど、なんだか今日の銀ちゃんの手はいつもと違う気がして声が止まった。

 

 

 

 

「なあ、この前土方くんと何してたの」

「え?」

何って、なんだっけ。これといって思い当たることがない。

 

「忘れちまったのか?…なら」

くるっと私の体を反転させ、後ろから右手首を掴み銀ちゃんの左手は私の腰に回る。

 

「これで、思い出したか?」

 

 

…ああ、そっか。この体勢。

「あのね、買い物帰りに見回り中の土方さんに会って…歩いてる時に転びかけたのを支えてくれただけだよ」

「ふーん、そう」

聞いておきながらその声は興味無さそうな音を含んでいた。

 

 

「そん時も…こんな風にどきどきしてたんだろ?あの時のも顔真っ赤だったもんなァ」

銀ちゃんの親指が私の手首の動脈をきゅっと押さえつける。

そして腰に回っている方の手も少しずつお腹へ回り、上へとのぼってくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってって、違うよ、えっと…あの時は何もないとこで転びかけた恥ずかしさのどきどきで」

だって土方さんの手から伝わるのは、こんなやらしいものではなく、もっと誠実なもの。

 

 

 

「ねえ銀ちゃん、や、ヤキモチなの?大丈夫だよ、私は」

「ああ。分かってるぜ。俺だって、そこまで心狭くねぇよ」

言葉を途中で遮られ、再び体を反転させられたかと思うと近くの壁にドンッと押しつけられた。

 

「外出すんなとか、男と喋るなとか、んなことは言わねえ。…けどな、どうしようもねーんだよ、これだけはさ」

顔の左右に銀ちゃんの腕が伸びて逃げ場を失う。

 

 

「知らねえだろ。俺が、一日に何回お前の事考えるのか」

鈍く光る銀ちゃんの目から視線を逸らせず、少しその色が怖くて胸の前で手を握り合わせる。

 

「何しててもさ、ふとした時に思い出すんだよ。の笑ってる顔、怒ってる顔、困ってる顔、それから…」

すっと顔を私の耳元に寄せて、吐息交じりの声で囁く。

「俺しか知らない、のすげーやらしくて色っぽい顔」

「…っ」

ぞわりと背筋に悪寒が電流のように走り、体がびくりと跳ねた。

 

 

「ほら、そういう反応も。全部記憶に刻み込まれてって離れないんだよ」

楽しそうな声で言いながら銀ちゃんは首筋に顔を埋める。

ふわふわの髪が首に、頬に触れてくすぐったくてぞわぞわする。

 

 

 

「わ…私だってね、甘味屋の前を通るだけで、スーパーでいちご牛乳見るだけで、銀ちゃんの事思い出すんだから…」

震える声でゆっくり小さく言うと、銀ちゃんはすっと首筋から顔を離して嬉しそうに笑った。

 

 

「そりゃ俺だけがこんなもどかしい思いしてたら不公平だろ。お前も同じじゃなきゃな」

えっ、と吐息のような声がこぼれる。

 

「もっともっと、お前にも刻みつけてやるよ。俺との記憶をさ」

くっと顎に手をかけて視線を合わされる。

 

 

「道を歩いていても、買い物してても、台所にいても…どこにいても俺との記憶を思い出すように」

するりと銀ちゃんの親指が唇を撫でるように往復する。

 

「たとえ違う種類の緊張やドキドキだろうと、全部俺との絡みに変換できるように」

そう言って銀ちゃんはにこりと楽しそうに、笑みを浮かべた。

 

 

 

「たっぷり、のなかに刻んでやるよ」

 

 

 

 

 

まだまだこれから。











さて、何から始めようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

壁ドンは夢ですよね憧れですよね!っていうのを入れたら話の路線がおかしくなりかけました。あれま。

あんまり心の狭すぎる嫉妬もどうかと思ってこういうかたちに落ちつきました。

ていうか。体勢再現できるなら何が起こったかバッチリ見てんだろお前っていうね!聞くなよ!

2012/04/28