男子校である夜兎高校の制服に身を包んだ私と、恒道館高校の制服に身を包んだ弟の利瀬。
玄関前で重い溜息を吐いて、私たちはそれぞれの学校へと向かった。
そして現在私は、担任の先生である星海坊主先生に連れられて教室へ向かっていた。
ていうか先生それ芸名なんです?本名なんです?
「うっし。今日からお前はここ、1年S組に入ることになる。じゃあ教室入ったら自己紹介するように」
「…はい、わかりました」
少し声を低めに出してそう返事をした。
ガラッと教室の扉が開く。
どうしよう、男子校とかほんと勘弁だよ。
しかも昨日知った事実に、この学校は最初の1年間は全寮制らしく、私も今日から一週間は寮生になる。
そのことを前日というギリギリに教えやがった弟には遠慮のない腹パンチをお見舞いしてやった。ざまーみろ。
しかも荷物はギリギリまとまらなかったから、今日の着替え分だけ鞄につめこみ残りは宅配に頼んだ。
「オイ静かにしろお前らァ!」
わいわいと騒ぐ生徒の声。当然のごとく、全部男子特有の低音ボイスだ。
「おい…静かにしろっつってんだろうが、殺されてぇのか?」
「!?」
ちょっと待っていま教師から発されるにはあまりにも似合わない言葉が聞こえたんだけど。
「せんせー、そいつ誰でさァ」
窓際の一番前の席で寛ぐ、茶髪の男がだるそうに私を指差した。
「てめ、先週の金曜日にちゃんと言っただろうが」
「俺金曜日休んでたんで初耳でさァ」
ちらちらと私の顔と先生の顔とに視線を行き来させる少年。
あーもうやだ帰りたい。やっぱ帰りたい。だって私女の子だもん。
「チッ。じゃあ改めて、だな。転校生の利瀬だ」
ほら、自己紹介、と促されて小さくうなづく。
教卓の横あたりに立ち、背後で先生が黒板に私の名前を書いていく音を聞きながら深呼吸して口を開く。
たかが一週間なんだ、弟になりきって…。
「初めまして、僕は利瀬と言います。前の学校は共学だったので男子校はここが初めてです。
寮に入るのも初めてで、いろいろご迷惑をかけてしまうかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
ハッ!なりきってやるわけがないだろう!!!
私は一週間、この真面目僕っ子を演じきってやる!一週間後に自分とのギャップに苦しめ愚弟め!
ぱちぱち、と揃っていない拍手を耳に私はやりきった感でいっぱいになっていた。もう帰っていいですか。
「ってことで、お前らァ!ちゃんと仲良くするように!じゃあ利瀬は…あそこだ、その天パの後ろの席な」
「はい」
ちょうど正面にあたる列の一番後ろが私の席か。
…ていうか、さっきからめっちゃ見てくるんだけどあの天パ。
「先生、天パは酷いんですけどー。第一声がそれだと第一印象が天パになっちまうだろ。あ、俺坂田銀時。よろしくな」
「うん。よろしくお願いします、坂田くん」
天パ…じゃなくて、坂田くんの横を通り過ぎて席に座る。
「あーあー、カタいカタい。銀時でいいし敬語もパスな」
「わかったよ。じゃあ、銀時で。よろしく」
少し微笑んで相槌を打つ。
ところで、私の隣の席の人なんだけど、えっこの人同級生なの?先生とかじゃなくて?という容姿をしている。
ていうかぶっちゃけ銀時も同級生と思えない。どう見ても年上なんだけど、どういう学校なのここ。
「…えっと、君は…?」
さっきから無言の視線が刺さるんだけどなぁ。
転校初日ってこういうものなのだろうか。
「あぁ、いや、悪ィ悪ィ。ずいぶん真面目そうな坊ちゃんが来たなと思ってよォ」
「だよなあ。あ、コイツは阿伏兎っつーんだ。見た目こんなんなのはもう数えきれないくらい留年してるからなんだってよ」
ぐっと体を回してこっちを向いた銀時がそう紹介してくれた。
そうか、留年生なのか…えっでも高校1年で留年って早すぎじゃね?
「ほっとけっつの。ま、そういうわけだから勉強のことは聞くなよ」
「は、はあ…。僕でわかることなら教えるよ」
一応これでも私、高校3年になる予定だったからね!1年の授業なんてもうとっくに習ったからね!
あ、そういう意味で弟の方は大丈夫だろうか。
「もしかして利瀬って割と頭いい方だったり?なら俺にも教えてくれよ」
「いや、僕はそんなに良くは…普通くらい、じゃないかな。うん、でもわかるところなら教えるよ」
「よっしゃこれでテストも安泰だな」
やけにぐいぐいくるなぁこの天パ。
なんて思っていたら、前方から白いチョークが真っ直ぐ飛んできて銀時の頭に当たってバキィッと音を立てて砕け散った。
え?威力おかしくね?
「坂田ァ…お前はまず、授業が始まったら前を向くことを学べ!」
「先生、銀時…坂田くんノックアウトしてます。返事がない、ただの屍のようです」
ぐったりとイスの背もたれに寄り掛かった銀時はピクリとも動かない。
「おっと久しぶりに飛ばしたからちょっと力加減間違ったな。まあいい、そのうち復活するからほっとけ」
「ま、こんなもんだぜー男子校なんてよォ」
嘘だ。信じない。
これはちょっと…弟にも同情するわ…。生きて卒業できるだろうか。
授業が終わり、昼休みになる。
男子校の授業風景というものの想像がつかなくて不安だったけれど、案外静かだった。
ほとんどの生徒が寝てるからだろうけど。
初日から弁当なんて用意はしておらず、購買部に向かったのに結果は惨敗。
「フフ…どういうことだよ…授業終わって少ししかしてないのに、売り切れって何なの…」
思わずそんな独り言がこぼれた。
どうしたものかな、と思いながら教室への帰り道を歩いていると階段の踊り場から声が降ってきた。
「何やってんだ、転校生」
逆光のせいで顔がよく見えず、誰かと思って首を傾げるとその人はトントンと階段を降りてきた。
「えっと…君は…?」
やっと顔が見えるようになって名を訪ねたけれど、すんごい目ェ鋭いよこの人。瞳孔全開なんですけど。
「…土方。土方十四郎だ」
「あ…僕は利瀬」
一応自分の方も名乗っておいた方がいいかと思って名を言うと、土方くんは少しだけ顔を緩ませた。
「言っておくが、お前と俺は同じクラスだぞ」
「え」
うっわ、思い切り初対面だと思ってしまった。
そういえばクラスにいたような…いなかったような…だめだ、銀時と阿伏兎の印象が強すぎて思い出せない。
「転校初日じゃ購買行きそびれてんじゃねーかと思ってな。ほらよ」
がさっとビニール袋を手渡され、まさかと思って中身を見ると、予想はぴたりと当たった。
「これ、パンと飲み物…!」
「明日からは自分でなんとかしろよ」
そう言って土方くんはフッと笑って再び階段を上って行った。
「あ、ありがとう!その…いつかお礼するよ!」
「これくらい気にすんな。クラス委員として、当然のことだ」
そう言い残して私に背を向けて去っていった土方くん。
あんな良い人がクラスにいたなんて。
うん、一週間…頑張れそうな気がしてきた。
始まりの月曜日
(「おっ、おかえり利瀬!ってお前それ…!よく購買行けたな!」「いや、親切な人がいてね」)
あとがき
ガッツリ一人称俺の〜だぜ!系キャラでもいいかと思ったんですけど、あえての僕タイプでいきます。
皆様の素敵な妄想力でイメージしてやってくださいませ。
ちなみに土方が持ってきたパンは、おそらく退が買いに行かされたものだと思われる。
2012/07/27