火曜日。男装生活2日目の朝は、目覚まし時計が鳴るより早く起きてしまった。
とりあえす顔を洗って身なりを整えていると台所から良い香りが漂ってきた。
私の言ったことをちゃんと守ってコンコンと部屋の扉をノックして扉越しに朝飯だぞ、と呼んでくれた銀時。
制服を着てしっかり弟のふりをし、朝ご飯を食べに銀時の部屋へと足を運んだ。
「…お前、部屋掃除しろ」
「それ前に住んでた奴にも言われたわ」
べつにゴミが散らばってるとかいう意味ではない。
物が収納されていない。出しっぱなし状態というやつだ。
ていうか教科書傾れてるんだけど、それ今日使うやつじゃないのか。
まだ眠そうにあくびをする銀時を引っ張るようにして学校へ向かう。
朝ご飯は想像していたより美味しかった。うん、べつに、へこんでなんかいない。…へこんでない!
「どうした?眉間にしわ寄ってんぞ」
「いや、別になんてことはないよ。それより早く教室へ行かないと…」
昇降口で靴を履き替えて教室へ向かう。
廊下を進んでがらっと教室の戸を開けると、そこにはまだ3分の1くらいの生徒しかいなかった。
「あれ。僕の時計が間違ってなければ、あと5分で始業のチャイム鳴るよね?」
「まだ5分もあるんなら、そりゃ皆来ねーよ。俺だって久々に遅刻しなかったわ」
がたがたと自分の席につくなり、おやすみと言って顔を伏せる銀時。お前何しに学校来た。
しばらくして朝のホームルームの時間がやってきた。
これといってすることも思いつかない私は自分の席に座って、目の前の銀髪もじゃもじゃをぼーっと眺める。
「…あれ、先生は?」
「どうやら今日のホームルームは休みのようだな」
ぽつりと誰にでもなく、独り言のつもりだったのに返事がきた。
右斜め前の艶やかな黒髪がさらりと揺れた。
「昨日はが転校してきたからな、珍しくホームルームがあっただけだ」
「え、じゃあ普段は…」
「察しの通りだろう。この通り、生徒も少ない」
なるほど、それで銀時は朝ご飯の後に普通に二度寝に入ろうとしたのか。
未だに教室の3分の1は空席状態だ。
そういえばこの人、名前ってなんだっけ。
「ああ、申し遅れた。昨日言いそびれたが、俺は桂小太郎だ。これからよろしく頼む」
「あっ、ああ、うん。僕は利瀬、僕の方こそよろしく」
一瞬頭の中を読まれたのかと思うほどのタイミングだった。
けど、まあ…それほど変な人でもなさそうな気がする。
「しかし銀時は朝からだらしないな!俺は今朝も屋上で日の出と共に朝を迎えたぞ!」
前言撤回。電波さんだった。
しかし、この学校普通の人はいないのだろうか。
そんなことを考えながら今日は購買へ走って自力で買った焼きそばパンを頬張る。
ここ、夜兎高校には屋上とは別で中二階にテラスがある。
如何せんテーブルやらイスが無いので、フェンスの傍のコンクリートブロックに座ってお昼を食べることにした。
「…利瀬は、ちゃんと私のフリできてるかな…」
ちゃんととして、生活できてるかな。
もご、と言葉になってないくらいの声音で呟いた瞬間だった。
ガチャッ、と少し錆ついた扉が開く音が背後で聞こえた。
「あれ、ここに先客がいるなんて珍しいな」
ギギギ、と厭な音を立てて閉まる扉の前に立つのは、見覚えのない男子生徒だった。
一瞬にして冷え上がった心臓を押さえるようにとんとんと胸元を叩き、片手に持つペットボトルのお茶を流し込む。
「悪い、ここもしかして君の指定席だった?」
「いや、違うよ。この学校変な人ばっかりだから…こういう落ちつく場所が欲しくて」
困ったように笑って彼は隣良い?と聞いてきた。
こくりと頷くと私の隣に座り込んで手に持っていたビニール袋からあんパンを取り出した。
それよりも気になるのは、さっき彼が言ったこと。
「君も…この学校変な人ばっかり、って思ってるんだ?」
「そりゃあ普通に近い人もいるけどさ、やっぱり変…いや、個性的な人多いと思うんだよね」
転校してきたばかりだけど、その言葉には盛大に頷ける。
「それ、僕も思うよ。僕のクラスも個性的すぎる奴らばかりでさ」
「……」
相槌を返すと、彼は非常に微妙そうな顔で固まった。
え?あれ?私、何かまずいこと言った?
「…あの、さ。俺、君と同じクラスだよ、利瀬くん」
「………ちょ、え、うわあああああ!ごっ、ごめんごめんごめん!!!」
バッと勢いよく頭を下げる。
なんてことだ、まさか同じクラスだったなんて。
「ほんとごめん、いくら転校してきたばかりとはいえ…見覚えないとか思ってほんとごめん!」
「見覚えもなかったの!?」
あっしまった余計な事言ってしまた。
「まあ、どうせ俺、影薄いからね…」
「うわああああ、そんなことないから!ほんとごめんってば!」
俯きながらずずずず、と音を立てて紙パックのお茶を啜る彼。
「あ、そうだ、名前!君の名前、教えてよ。絶対忘れたりしないから、な!」
ぽんと彼の肩を叩いて励ますように言うと、彼はぴくりと肩を震わせた。
「…ふ、あはは、やっぱり君とは仲良くなれそうだ」
「へ?」
あははと声を上げて笑いだした彼をポカンと見つめる。
「ふふ、そんな風に気にかけてくれる人なんてそうそういないよ。この学校じゃ、君も十分普通じゃないだろうね」
「え、あ…えっ?」
試されたというか、からかわれたと言うか。
笑い声を抑えながら彼は私と視線を合わせた。
「俺は、退。山崎退。君と同じ1年S組だよ」
衝撃の火曜日
(「分かった、退だね!さがるさがるさがる…よし覚えた!」「そ、そんな連呼しなくていいよ!」)
あとがき
普通の人がいない中だと大変だろうと思いまして。
実は同じクラスだった退と電波さんな桂のお話。
2012/08/12