窓の外から聞こえてくる雨音と、黒板を叩く白墨の音をぼんやり耳に入れる。

ああ、懐かしいなあ高校1年の授業って。

 

いつもより少ない人数の教室でノートをとる。

とはいえ本日ラストの授業である国語はそれほど書きうつさなければならないことも無く、眠気との戦いだったりする。

 

 

今日は私の前の席である銀時も欠席で、やけに黒板が見やすくて…少し落ち着かない。

別に風邪で欠席と言う訳ではなく、雨の日は髪が纏まらないから学校行く気もおきないらしい。

 

 

「じゃあ教科書49ページから…阿伏兎、読んでくれ」

へーい、とダルそうに返事をして立ち上がった阿伏兎をちらりと横目で見る。

 

 

「えーと………なあ利瀬、これなんて読むんだ?」

「君、大丈夫かい」

 

 

 

 

初歩的な漢字でつっかかる阿伏兎をカバーしながら終えた授業。

途中から先生が「もういいわ、お前が読め」って言いだしたのは少し困った。

さすがにこう、低めの声で教科書朗読っていうのはキツいものがある。

 

 

そこはかとなく今日の授業も終わり昇降口で靴を履き替えた時だった。

 

 

「ねえ、君が利瀬?」

 

 

声がした方へ顔を向けると、にこりと笑顔でこちらを見ている男子生徒がいた。

「あ、あ。うん。そうだけど…」

言葉に詰まってしまったのは、向けられている笑顔がどこか冷たく感じたからだろう。

 

 

上履きを下駄箱に入れてにこりと冷たい笑顔を浮かべる彼と向き合う。

「何か僕に用かな、えっと…たぶん初対面だと思うんだけど」

「そうだね、初対面だよ」

 

湿気を含んだ床と彼の上履きが擦れる音がやけに大きく耳に届く。

一歩ずつ近づく彼から離れるように私も一歩ずつ足を後ろへ進める。

 

 

「ふ、あはは。なるほどね、俺の殺気を感じ取るくらいのことはできるんだ」

「さ…!?」

殺気って言った!?この人今、殺気って言った!?

なんでこの学校にはこんなにも過激な人ばっかり集まってるんだ。

 

 

「俺が一方的に君を知ってるというのもなんだし、教えておくよ」

それはいいから、早く誰か来てくださいできれば先生!

 

「俺は神威。君と同じ、夜兎高校の1年生だよ」

「か、むい…くん」

君なんていらないと即行で切り捨てられ、口の中でもごもごと彼の名をもう一度呟く。

それを見てなのかにっこり、とキレイな青色の瞳を歪めて神威は笑った。

 

 

 

 

「恒道館高校、の弟…利瀬、で合ってるよね」

 

 

 

 

前言撤回。

頼むから今はだれも来ないでください。

 

 

「…どうして、姉さんを?」

ぞわりと厭な汗が背中を伝う。

 

 

「君のお姉さんが行ってる高校に俺の喧嘩相手がいてね。そいつと君のお姉さんが互角に喧嘩してるの見ちゃってさ」

 

 

何やってんだ愚弟め!!!!!

 

 

「お姉さんがあれだけ喧嘩強いなら、君も強いかなと思って勝負したかったんだ」

スッと目を細め姿勢を少し低くした神威はぐっと右手を握りしめて地を蹴る。

その一連の流れの早さは、素人のそれじゃない。

あまりの早さに頭も体もついていけず、ただ向かってくる神威の拳に息をのむ。

 

ってよ、避けなきゃッ!

 

 

 

「ッ!」

寸前の所でその場にしゃがんで神威の拳を避ける。

私の頭上を通り越した神威の拳は、私のすぐ後ろにあった掃除用具ロッカーを見るも無残に粉々にした。

ドゴオッという音はロッカーもその中に入っていた箒やちりとりも一緒に破壊したことを告げていた。

 

 

「えっ!?は、ちょ、威力おかしいよねこれ!?」

「あははは、いいね。それみたいにすぐ壊れちゃうようじゃつまらないし」

全くと言っていいほど手に衝撃を受けていない神威はまた少し距離をとって二発目の姿勢を整える。

 

 

待って、もう避けられる気がしない上に一発でも当たったら、死ぬよねこれ。

 

 

 

「ま、まった、僕はそういう喧嘩的なことはからっきしなんだ、だから…」

私の話なんて耳に届いていないのだろう神威は再び体勢を整えて殴りかかってくる。

もうだめだ、利瀬、お姉ちゃんはお前のせいで人生が終わったよ…。

 

 

ぎゅっと目を瞑って腕を顔の前でクロスさせるようにしてガードをする。

 

バシィィィ、と乾いた音が昇降口に響いた。

 

 

 

 

 

「…何するのさ、阿伏兎」

「悪いな。そいつ今日の俺の国語救世主だからよォ」

 

そっと腕の間から前を見ると、片手で神威の拳を受け止める阿伏兎の背中が見えた。

 

 

「大体、学校内で問題起こすとめんどくさいっつったのお前じゃねーの。何率先して問題起こしてんの」

「そんなこと言ったっけ?…ま、いいや。なんか興ざめしちゃったし」

つまらなさそうに冷ややかな目を阿伏兎に向けて上履きを履き替え、神威はちらりと私に一瞥を向ける。

 

 

「まあ勝負はできなさそうだけど、これから楽しくなりそうだね、利瀬」

「………」

ぱくぱくと口を動かすだけで何も言えない私の横をするりと通り過ぎていく彼を目で追う。

雨の中傘もささずに三つ編みにした後ろ髪を揺らしてさっていく彼は、本当に台風のようだと思った。

 

 

 

「ったく…思いっきりやりやがって」

神威の拳を受け止めた手を振ったり握って開いてを繰り返しながら阿伏兎は一人ごちる。

 

「あ、ありがとう阿伏兎…死ぬとこだったよ」

「気にすんなって。それより早く帰った方がいいぜ、その掃除ロッカー壊したのバレっと厄介だからよォ」

「あ」

背後で崩れ落ちた掃除用具ロッカーに目をやってからゆっくり立ち上がる。

 

 

「じゃあ俺も帰るから、利瀬も気をつけて帰れよ」

「うん、また明日…」

番傘のような傘を広げて帰る阿伏兎の背をぼーっと見送り、自分の手が小さく震えていることに気付いた。

 

 

同じ学年って言ってたよね。これからも会うかもしれないってことだよね。

…大丈夫だろうか、私。

あと今度弟に会ったら色々問い詰めてやらなくては。

 

 

 

 

 

恐怖の水曜日







(…いや、私がここにいるのはあと4日なんだから、大丈夫。ぜったい大丈夫、だよね。)

 

 

 

 

 

あとがき

雨降りにしか出てこないレアキャラ的存在の神威も同じ学校でした。

今後は晴れの日でも来るかもしれませんけどどうなることやら。

2012/09/01