日は傾き、舞い上がっていた砂埃は少しずつ空気中に散っていく。

さっきまですぐ目の前にいた眼帯の男、高杉は一瞬でその場から飛びのいたのか私より数歩離れた場所にいた。

その代わり高杉がいた場所には、現在の私の第一天敵である神威が立ちはだかっていた。

神威の背中越しに高杉が見える。

 

 

「君こそ、こんな良い天気は似合わないよ」

「これから夜が来る。その前のウオーミングアップってやつだ」

声音からおそらく神威も笑っているのであろう。

 

それにしてもこの二人の身体能力、人間離れしすぎじゃないだろうか。

神威はそういう種族らしいけど、高杉って一般人だよね?あれ?そうだよね?

 

 

 

「なるほどね。でも、そっちにも面白い奴が来たんだろ?だったらこっちにまで手を出さないでくれるかな」

「今までンなこと言わなかったのにどういう風の吹きまわしだ。余程そいつも面白いんだろうな」

すっと高杉の隻眼がこちらを向く。

やめてくださいこっち見ないでください。

 

 

「彼は俺の獲物だよ。ま、今は様子見ってとこだけど」

ちらりと振り返るように顔をこちらに向けて目を細めて笑う。

「阿伏兎を手懐けるなんて、俺も少し驚いてるんだ」

「手懐け…!?ふ、普通に友達になっただけだよ」

人聞きの悪いことを言わないで頂きたい。阿伏兎は親切なおばかさんだ。

 

 

 

「そういうわけで、観察中の獲物に横から茶々入れられたくないんだよね。わかるだろ、君も」

獲物という表現にツッコミたい気持ちはあるが、ふっと神威の纏う空気が冷たくなったことで口を噤む。

 

 

「…フッ。わかった、今日のところは引いてやらぁ。…目的は達成したからな」

 

 

 

一瞬私の方に目配せして高杉は公園の柵を飛び越えて去って行った。

なんという去り方。

 

 

「さてと。じゃ、帰ろうか」

「そうだね………え?」

今のイントネーションは、友達と今日一緒に帰ろうよーって言い合う感じだったのだけど。

 

「君も寮生だろ?俺も同じトコに住んでるんだけど知らなかった?」

「えっ……ええええええええ!?」

あれだけ頑張って避けていたのに、同じところに住んでいただなんて。

誰か一人くらい教えてくれればよかったのに…!

 

 

「なに、そんなに俺のこと嫌いなわけ?」

「いっ…いやいやいや、嫌いとかそういうわけではないんだっ」

怖いんだよ、纏ってるオーラが!

 

「その…僕は君が気に入るようなタイプじゃないと思うんだよ。喧嘩なんてできないし、強くもない」

だって女の子だもん。

 

 

「んー、なんか勘違いしてるね。別に俺が気に入るのは喧嘩が得意な奴だけじゃないよ」

もちろん喧嘩が得意だったり強い奴は好きだけどね、と言いながら寮への道を歩く。

ゆらゆら揺れる三つ編みを斜め後ろから眺めながら私もそのあとに続く。

 

 

「そうだな、面白い奴も好きだな」

「僕は面白くもないと思うよ」

「そうかな。阿伏兎を手懐けた時点で俺は面白い奴だと思ったけど」

「だから!手懐けるとか言わないでくれるかな、普通に仲良くなっただけだよ。隣の席だし!」

ずいっと身を乗り出すようにして訂正を叫ぶ。

えー、とまだ不服そうに否定の意を含んだ声を零す神威の隣を歩いて行く。

 

 

 

そしていつの間にか、私は寮の前まで辿りついていた。

それも無傷で、生還できたのだ。

 

 

「そういえば利瀬の部屋はどこなの?」

「僕は201号室」

外に備え付けられたポストを覗いてから階段を指差す。

 

「なんだ、俺の上か」

けろりとして笑い、ズボンのポケットから鍵を出す。

そしてその鍵が差し込まれた先の部屋番号は、101号室。

 

 

「なんで今まで会わなかったんだろうね」

「うん。ほんとに」

不思議そうと言うよりはおかしそうに笑った神威に、少し頬を引きつらせて笑い返した。

 

 

「じゃあ、またね利瀬。……あいつに殺されたりしないように、ね」

 

 

最後に不穏な言葉を残していった神威に、うん、と頷いて私も寮の階段を上って部屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

がちゃりと鍵を開けて部屋に入ると一気に脱力感が押し寄せてきた。

一体今日はなんだったんだ。

 

「随分遅かったなぁ。なーにやってたんだよ、優等生」

にやにやと笑いながら奥の部屋から出てきた銀時に一息吐いて鞄を床に下ろす。

 

 

「神威と高杉に絡まれたのに無事に生還した僕を褒めてよ」

「うげっ、マジかよ。よく無事に帰ってこれたな」

「それより銀時、君知ってただろ。神威が下の部屋だってこと」

「………」

ぴたりと足を止めて私の視線から逃れようと視線をうろうろさせる。

 

 

「あっははは、ほら、だって、言ったらお前部屋から出なくなるだろ?」

「でも学校は行かなきゃだし、ちゃんと部屋から出るよ。銀時を盾にするけど」

「やめろ俺が死んじゃう!」

両腕をクロスさせてバツ印を作りながら言う銀時。

 

 

「わーったよ、しょうがねーから今日は特別に俺の秘蔵のお菓子を分けてやるから!許せ、利瀬!」

「期間限定物で手を打とうか」

昨日コンビニで期間限定のお菓子を買っていたというのは、総悟からの情報提供。

なんやかんやで総悟ともあれから仲良くやっていけている。

 

「なんで知ってんだよお前!ぬぐぐっ…し、仕方ない…!」

「よし、交渉成立!」

ぱちんと指を鳴らしてにやりと笑う。

 

 

「ったく、お前まであいつらに影響されんなよなー」

「僕が影響されるとしたら銀時が一番だと思うけど」

主に糖分的な意味で。

 

「それにしちゃあ最初の頃より俺に厳しくね?」

言いながら銀時は床に置きっぱなしになっていた私の鞄を持ち上げる。

「ま、積もる話は夕飯食いながらな」

「うん、そうだね」

鞄ありがとうと言って銀時の背を追う。

 

 

 

「おっと。言い忘れてた」

ぴたりと足を止めて、くるりと私の方を向く。

 

 

「おかえり、利瀬」

今日一日の経験の所為か、銀時の前振りで少しだけ身構えた体の力がすっと抜けた。

 

 

「…ただいま、銀時」

 

 

 

 

 

 

 

安心と危険が共存する寮








(「ねえ銀時。今度また神威に会ったら、その時はおはようって言ってみようかな」「背後からはやめとけよ」)

 

 

 

 

 

あとがき

まるで夢小説のようですね。ここにきてやっとそれっぽいお話になってきました。

2012/11/03