噂と言うのは、なぜこうも早く広がるのだろう。

 

「あっ来た来た、利瀬ー!」

ダルそうにする銀時を引きずりながら教室に入ると、すぐに退が駆け寄ってきた。

「昨日、恒道館高校の高杉と…それから神威と三人で喧嘩したって本当!?」

「嘘だよ」

 

 

そして噂には尾ひれがつくものである。

 

 

「なんでィ、違うんですかい」

「違うにきまってるだろ。僕が喧嘩できるタイプに見える?」

「全然」

間髪いれずに返事をした総悟に、そうだろ、と相槌を打つ。

 

「はあ…びっくりした、利瀬は俺と同じ平和主義者だと思ってたから…」

「その通りだよ。まったく…誰だい、そんな噂流したの」

とりあえず自分の席に鞄を置く。

阿伏兎はまだ来てないみたいだ。

 

 

「まさか…」

「なんで俺を見るんだよ、俺じゃねーよ」

イスの背もたれに顎を乗せるようにして銀時がこっちを向く。

「それは分かってるよ、あれから今までずっと一緒にいたし」

 

「俺は沖田さんから聞いたんだけど」

「俺は天からのテレパシーで」

「うんわかった総悟だね、噂の出所」

こんなにあっさり犯人が見つかるとは思ってなかった。

 

 

「妙な噂を立てないでよ、ほんと昨日は死ぬかと思ったんだから」

「えっ」

私の言葉に退がぴくりと反応する。

 

「あ、いや、違うよ。喧嘩したんじゃなくて、高杉に絡まれた僕を神威が…助けてくれた、っていうか」

あれ。思い返せばそういうことになるんだよね。

なんだろう、神威と助けるという単語がイコールでつなげられない。

 

 

 

「そりゃ、喧嘩よりすげえことですぜ。神威が人助け、ねえ」

顎に手を当てて何かを考えるようにしながら総悟は視線を空白のままの神威の席へ移す。

 

「利瀬ってすごいね、あの神威にまで気に入られてるなんてさ」

「いや別に…獲物とか言われたし」

友好的な意味で気に入られているわけでもなさそうな雰囲気だったから、そこのところは何とも言えない。

 

「じゃあそのうち狩られるんでしょうねィ。ご愁傷様でさぁ」

「やめてくれるかな、そういうの」

洒落にならないんだよ。と付け加えておいた。

 

 

 

 

 

 

そんな話をしていると、教室の前方の扉ががらりと開いた。

そろそろホームルームだろうかと思うと、入ってきたのは先生ではなく土方くんだった。

 

「今日のホームルームと1限、それと2限は自習だってよ。…って相変わらず天気悪い日は人少ねぇな」

カツカツと黒板に自習という文字を書いた土方くんは手についたチョークの粉を払ってこちらへ来る。

 

「利瀬、お前怪我は」

「喧嘩なんてしてないから怪我もしてないよ」

言われる前に先に言ってやった。

 

 

「…総悟」

「ちゃんと俺は、利瀬が喧嘩してた、らしい、って言いやしたぜ。確定しちゃいねーやい」

「だったら妙な噂を広げるんじゃねぇぇぇえ!!」

どたばたと教室内で追いかけっこが始まる。

朝から自習なだけあって、止める人が誰もいない。

 

 

 

「まったく、朝からあわただしい奴らだ」

腕を組んで走り回る二人を見る桂くん。

 

「…そういえば、桂くんは聞かなかったよね、僕が喧嘩してたかどうか」

「俺はそんな不確かな情報には惑わされんからな」

少しだけ誇らしげにそう言い放つ。

 

「ハッ、昨日の夜に俺に電話かけて確認したくせに」

「銀時、そういう余計な事は言うもんじゃない」

今までぼーっとしていた銀時がぽつりと口を開くと物凄い速さで桂くんが言葉を上書きした。

 

 

 

「つーかなに、1限目と2限目は自習なわけ?」

「そうみたいだけど…どう考えても大人しく勉強するメンツじゃないよね」

苦笑いを浮かべながら退が教室内を見回す。

そもそも今日も生徒はクラスの半分くらいしかいない。

 

 

 

「…よっし、じゃあお前らァ!今から1年S組で校舎内全域を使って缶ケリ大会を行う!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

高らかに発せられた銀時の声で教室の生徒のテンションは一気に上がる。

すぐにじゃんけんで鬼と逃げる側を決め、総悟が飲んでたコーヒーの缶で缶ケリを行うことになった。

さすがに教室内で缶を蹴るわけにはいかないので、私たちは中庭に移動した。

 

 

「なんでこういう時だけ団結力すごいのさ」

「ふっ、侍の血が騒ぐな」

「桂くんは保健室とか行った方がいいんじゃないかな」

 

私と同じ逃げる側になった桂くん、そして銀時と退。

総悟と土方くんは鬼側だ。

他の生徒もワイワイと声を上げて騒いでいる。

 

 

 

「他のクラスは授業中なのに…いいのかな、こんなことしてて」

「いーっていーって。俺らは元々そういう奴らの集まりって他のクラスも分かってっから」

銀時にそう言われ、そういうものなんだろうかと無理やり自分を納得させた。

 

「じゃあいくぞー!せーのっ」

 

カンッと高く飛んだコーヒーの缶。

散り散りになって走る生徒たち。

 

 

「利瀬、行くぞ!いい場所があるんだよ」

「あ…うん!」

銀時に言われて私もその後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さすがに授業中というのもあって静まりかえっている校舎内。

ある意味これだと鬼も私たちを見つけやすいかもしれない。

たかが缶ケリ、されど缶ケリ…といったところだろうか。

 

 

「メロンパンとジャムパンとコロッケパンにいちご牛乳、合わせて530円ね」

「お姉さんそこは端数まけて、500円ぽっきりには…」

「いかないねェ」

購買のお姉さん…というには少し抵抗があるけれど、可愛いおばちゃんと銀時の攻防が繰り広げられていた。

 

 

「何やってんの銀時」

「あ?だってチャンスだろ、昼の戦争の前に好きなモン買っとけるんだぜ」

お前も今の内に買っとけよと言う彼の背にどすっとチョップをお見舞いしてやった。

 

「鬼には総悟がいるんだよ?つかまったら何をさせられるか…」

「まあそん時はそん時だろ」

暢気だなあと少し背後を気にしながらも、私もパンを買う。

…まあ、折角購買まで来たわけだし。買っておいて損はないだろうし。

 

 

 

「それにほら、考える事は同じなんだよ」

「え?」

そう言って銀時は購買の入り口を顎で指す。

 

 

「やはり銀時と利瀬もここだったか」

「あはは…考える事って同じなんだね」

財布を片手にやってきた桂くんと退と顔を見合わせ、思わずふっと笑ってしまった。

 

 

そして缶ケリは、続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

逃走の金曜日








(「S組の奴はいねがぁー!ドMはいねがぁー!」「やべ、来た!逃げるぞ利瀬!」「えっなにあれなまはげ?」)

 

 

 

 

 

あとがき

噂って広まるの早いですよね。

2013/01/18