そろそろ缶蹴ってくる、と言って中庭へ向かった桂くんとそれに引きずられるように連れ去られた銀時。
私はというと途中まで退くんと逃げていたのだが、退くんが沖田さんの気配がすると言うものだからお互い別行動をとることにした。
本当は二人の方が心強いのだが、見つかる可能性と逃げやすさを考慮した結果別行動になったのだ。
ちなみに本日のお昼ご飯は教室へ一旦置きに行った。
退くんが言うには、残り時間まで隠れてた方が安全とのこと。
いつも缶を蹴りに行くのは桂くんや他の活発系男子らしい。銀時は巻き込まれた可哀想な子だそうだ。
というかいつもやってるのか、缶ケリ。
隠れるとはいえ逃げ道は確保したい。
トイレや屋上、教室といった逃げ道の少ない場所を避けながら隠れる場所を探していた。
探すと案外みつからないもので、どこへ行くべきかと頭を捻っていた。
運動場では見晴らしが良すぎる。かといって中庭は缶がある鬼の本拠地。
「…あ、そうだ」
授業で使っていたら諦めようと思いながら向かった先は、体育館。
運よくこの時間は誰も使っていないようで、がらんとした体育館は少しだけ寒く感じた。
キュ、と靴裏が床と擦れて高い音を立てる。
これなら自分の居場所もバレるかもしれないが、誰か来た時にすぐ分かるだろう。
さすがに体育器具庫は鍵がかかっていたので舞台上に上り、カーテンの裏へ回る。
「わあお。すごいな、裏ってこうなってるんだ」
放送室というのだろう、色んなスイッチのついたボタンが並ぶ機械を眺めながら隠れる場所を探す。
体育館の二階、照明器具などを調整するための細い通路に繋がる階段に腰掛けて一息つく。
今日は木曜日。あと三日で私はここを去る。
弟からの情報によると、こっちの学校みたいに缶ケリしたりという日常は欠片も無いらしい。
いやそれが普通なのだけれど。
かといって、楽しくないわけではないそうだ。
そろそろ、入れ替わるための引越し準備をしなくては。
寂しくなんてない。だって、遠い地へ引っ越すわけじゃないのだから。
どうせ街中でばったり遭遇できるくらいの距離、大したことのない場所に移るだけなのだから。
「…あ」
ふと思い当った考えに思わず声が零れる。
そうだ、彼らが知っているのは利瀬であって、じゃない。私じゃ、ないんだ。
元の恰好、女の恰好になった私に彼らは気付くだろうか。
…いや、気付かれないようにしてきたのだから、きっと、街ですれ違っても私しか気付かないだろう。
キュッ。
思考を断ち切るように響いた音にぴくりとこめかみが震える。今のは、私じゃない誰かの足音だ。
そっと足音を立てないようにつま先で歩き、舞台のカーテンを揺らさぬよう放送室に向かう。
壁に背をぴたりとつけ、そこに備え付けられた窓から慎重に外の様子は見えないが、音を窺うように耳を傾ける。
「今回はなかなか手古摺らされてやすねィ。さすがに慣れてきたってやつか」
「どうするんスか沖田さん」
「ここは俺が探すんで、原田たちは…そうですねィ、裏門の方を見てきてくだせぇ」
了解と言って走り出した音がおよそ三人分。
残ったのは総悟か…よりによって一番キツイ奴が来てしまった。
しかしお前らほんと缶ケリやりすぎだろ。
「さてと」
キュ、と体育館に響く足音が時計の秒針の様に迫りくる。
なにこれ、無駄に怖いんだけど。
逃げるよりは隠れた方がいいのかもしれない。
隠れる場所を眼だけで探しまわった時、ふと非常用の扉が目に入った。
もしかすると、外へ出られるかもしれない。
原田くんたちは裏門へ行くと言っていたし…今なら、逃げられる。
そっと姿勢を低くして備え付けの窓から見られないよう細心の注意を払いながら非常口へ向かう。
回転式のノブに手を添え、ゆっくりそれを回し少しだけ扉を開ける。
大丈夫、人はいない。
心の中でさん、に、いち、と数えてゼロになった所で扉を跳ね飛ばす勢いで開けて走り出す。
しかし、すぐにその足は止まることになる。
「ひ…土方、くん」
「よォ利瀬。自分から飛び出してくるたァ良い子だな」
ニヤリと笑う土方くんとは逆に、私の頬は引きつる。
左は体育館の外壁、右は芝生でその先は校舎…あれは被服室か。
目の前には土方くん。
「こういうことに関してだけ、総悟の頭は妙に働くからな」
「まさかさっきの…」
最初からその場に土方くんもいたのだろう。
原田くんたちに裏門へと指示したのは、裏口は安全と私に思い込ませるためだったとしたら…。
「どんだけ缶ケリに本気なんだい、君たち」
「やるからには気合い入れねーとな」
少しずつ距離を詰めてくる土方くんから逃れるべく、私も少しずつ後ずさる。
右側へ走っても後ろへ走っても掴まってしまう距離だ。
これは、まずい。
どうしたものかと逃げ場を探すと被服室の窓が一か所だけ少し開いているのが目に入った。
あそこから教室内へ入れれば、少しは希望に繋がるかもしれない。
なんとか土方くんの注意を逸らすことができれば……。
「観念しろよ利瀬、ザキが向こうで待ってっからよ」
「退…!」
なんてことだ、平和同盟を築いた彼が掴まってしまっただなんて。
ぐっと手を握りしめ、すっと息を吸う。
一か八か、ひとつの賭けに出るしかない。
「あー!掃除のおばちゃんが持ってるゴミ袋に入ってるの、マヨネーズじゃないか!?」
「んだと!?マヨネーズ捨てるなら俺にくれって前にも言っただろ!」
ちょろい。
土方くん、ちょろいよ。
バッと勢いよく私が指差した方向、土方くんの真後ろへ視線を向けた瞬間に私は走る。
目指す先は被服室の窓。
全速力で走り、窓枠に手を掛け足を掛け、土方くんの「てめっ、利瀬!」と叫ぶ声を背に教室へ倒れ込むように入る。
そしてそのまま窓を閉め、鍵をかけた。
ドンドンと窓ガラスを叩き舌打ちをする土方くんに両手をあわせて、ごめん、と口パクで謝る。
そのまま被服室を走り出て廊下を進み、外から見えなくなったところで姿勢を低くしながら被服室へ戻る。
たぶんこれで土方くんは私が被服室から外へ逃げたと思うだろう。
「はあ…缶ケリってこんなに疲れるものだっけ…」
机の陰に隠れるように座り込む。まだ心臓がばくばくと音を立てている。
息を整えていると突然、ガタッと被服室の掃除道具箱が揺れた。
突然の事にびくりと肩を揺らし、まさか、と思いながら立ち上がって逃走準備をする。
しかし。
「っ、げほ、あーちくしょう。やっぱ狭いわここ」
「…ぎ、銀時…」
出てきた相手が銀時だったことで肩の力が抜けた。
「何してんのさ、こんなところで…それに桂くんは?」
「あー。ヅラな、ヅラは…犠牲になったのだ…」
置いて逃げてきたのか、こいつ。
中庭の方角を遠い目で見つめて銀時は私に向き直る。
「それより、さっきのすごかったな。意外と喧嘩の才能もあるんじゃね?」
「無いよ。さっきのはその…その場の勢いで、ね」
弟と昔、家の中で鬼ごっこしたせいで窓から入る事に慣れてるとかいうわけじゃない。断じて。
「まあでも、感謝してくれよー?窓開けといてやったの俺なんだからな」
「え」
そういえばそうだ。
よく考えれば誰もいない被服室の窓が一か所だけ、しかも私の直線状にある窓が開いているなんて不自然すぎる。
「あ…ありがとう。おかげで助かったよ」
「ん、素直でよろしい!」
満足そうに笑いながら銀時は私の隣に座り、机の陰に隠れる。
「なんか、お前良い匂いするな。なんつーか、すげえ落ちつく匂い」
「…同じ部屋に住んでるわけだし、使ってる石鹸が同じだからじゃないかな。そういう君はほこり臭いけど」
「マジでか」
がしがしと髪を掻きながらほこり付いてねえ?と聞いてくる銀時に適当に返事を返す。
「なあ利瀬」
「うん?」
声のトーンが少しだけ変わったかと思うと、銀時はやけに真剣な顔でこっちを見ていた。
え、なに、どうしたの。
「お前さ、」
そう言いかけた時。
キーンコーンと、2限目の授業が終わるチャイムが響いた。
「缶ケリ終了だね。はあー、逃げ切れた…。あ、それで何?」
「…お前さ、今日の昼どこで食べる?」
「教室かな」
「そっか。なら俺も教室にすっかな」
んじゃそろそろ戻るか、と言って立ち上がった銀時を見上げる。
本当にそんなことが聞きたかったのだろうか。
「どうしたよ、教室戻るぞ」
「あ、ああ…うん」
立ち上がって教室へ向かう。
その間も銀時とは他愛ない、今日の夕飯は何にするとかそういう話ばかりしていた。
缶ケリの結末
(「いやー、利瀬にはビックリしやした。まさかあの作戦を切り抜けるとは」「僕を甘くみないでくれるかな、総悟」)
あとがき
缶ケリに真剣になりすぎているいい歳した人たち。
2013/01/18