暗闇の中でコンコン、コンと不規則な音が響く。
何の音だろう。まだこのまどろみの中にいたいのに。
「オイ、利瀬ー!学校遅れるぞー!いいのか、皆勤賞狙ってるんじゃなかったのかー」
「は、あ?えっ学校?」
もそもそと布団から手を出して目覚まし時計を探す。
タイマー機能を止められたままの目覚まし時計は、午前7時30分を過ぎた所を指していた。
「昨日午前中の授業自習でつぶれただろ?だから振替なんだってよー」
部屋の扉の外から聞こえてくる銀時の声はいつも以上に気だるく、学校行きたくないオーラが出ていた。
「俺は行かないけど、お前は行くんじゃねーかと思ってさ」
「いや君も行くんだよ」
げっ、という銀時の声を扉越しに聞きながら私は布団から出る。
温まった体に部屋の冷たい空気が触れてぶるりと体が震えた。
ふわあ、と大きなあくびをした銀時につられて私もあくびが出る。
「そういやさ、利瀬って寝起きの時の声、高ェんだな」
「ああ。らしいね、家でも姉さんと間違えられることがよくあったよ」
あ、あっぶねえええええ!!!
今の切り返しは頑張ったよ!ちゃんとサッと返せたよ!
心臓はヒヤッとしたしドキドキしてるけど、大丈夫、表面上は冷静そのもののはず。
それからは家ってどのへんなの、結構近いじゃん、というなんてことない話をしながら学校へ向かった。
どうやら他にも授業が自習になっていたクラスがあったようで、今日は一斉振替日のようだ。
とはいえども、生徒はぽつぽつとしか見えず、学校もいつもよりずっと静かだった。
そんな静かな昇降口に向かって歩く銀時に続いて自分も昇降口へ向かい、下駄箱に手を伸ばす。
けれど私が伸ばした手首は突如パシッと誰かに掴まれた。
「やあ。おはよう、利瀬」
「か……ッ!」
どすっと首の後ろあたりに鈍く重い衝撃を感じ、ぐらりと世界が揺れる。
何すんだと文句の一つも言ってやりたいのに声が出ない。
ブラックアウトしていく視界の中、にこりと笑う神威が何か言った気がしたけど私の耳にはもう届かなかった。
「う……」
ゆっくりと目を開ける。
そこで見えたのは、どこか見覚えのある天井と蛍光灯。
「ここは…」
「俺の部屋。ああ、正確には俺と阿伏兎の部屋、かな」
急に聞こえた声にビクッと肩を揺らし、上体を捻って起こす。
「改めておはよう」
「神威…ってちょっと待った、僕、学校にいたと思うんだけど」
「うん、そうだね。本当は寮を出る時を狙うつもりだったんだけど、邪魔なのがいたからさ」
神威はベッドに腰掛けて足をゆらゆらと揺らす。
…こいつ、私を床に放置して自分はベッドに座ってたのか。
若干痛む背中を擦りながら座ったまま後ずさるようにして壁に凭れる。
寮の部屋のつくりが全部同じだとしたら、ここはおそらく銀時の部屋に相応するのだろう。
「学校だと、君すぐに逃げちゃうから。まあ、追いかけっこも楽しいけどね」
「逃げる原因は君にあるんだけど。君が僕に喧嘩ふっかけてくるどころか殺そうとするから逃げてるんだよ」
もっと平和に、退や阿伏兎みたいに話かけてくれたらいいのだけど。
「殺そうなんて思ってないよ、遊ぼうと思っただけだ」
とん、と軽い音を立てて神威はベッドから降りて私の前に立つ。
「尤も。今回は俺が遊ばれちゃってたみたいだけどね」
「は…?」
「ははっ、屈辱だよ。こんな感覚、久しぶりだ」
何を言っているのか、さっぱり理解できない。
私は遊んであげた覚えなんて無い。
「わけが分からないって顔してるね」
「実際わけが分からないんだけど」
私の前にしゃがみ込み、目線の高さが同じになる。
すっと開かれた神威の青い目に私が映る。
「ずっと、俺を…いや、俺達をだましていただろう?」
「……」
無意識に顔が強張る。
まさか、そんな、まさか。
「、。それが君の本当の名前だよね」
そう言って神威は、ひどく楽しそうに嗤った。
戦慄の土曜日
(あと、一日だったのに。あと一日で、すべてが終わり、正しい日々が進むはずだったのに。)
あとがき
ここでまさかの神威。
2013/05/04